事件です!×日向坂探偵局 EP6(終)「大団円には程遠い」
サイレンを鳴らしながら、1台の覆面パトカーが疾走していた。
パトランプの赤が夜を切り裂くように駆け抜ける。
由依がハンドルを握る車内で、小池はニューナンブ・サクラモデルに弾丸を装填した。
拳銃サックに戻し、後部座席の◯◯を振り返る。
小池:くれぐれも無茶はしないこと。これだけは守ってくれ
◯◯:分かってます
由依:それはあんたもよ小池くん
土田:お前がいちばん危なっかしいからな
サクラを点検していた土田が苦笑する。
小池:俺がいつそんなことしました?
由依:いつもでしょ?
小池:こりゃ失敬
車内無線が鳴る。
茜🎙️:ライブ事務局に問い合わせたところ、中止は難しいという返事があったわ
理佐🎙️:上とも協議したけど、このまま事態を収拾するしかない
小池:なんとかならないんすか?
理佐🎙️:今中止にすればそれこそパニックになるわ。秘密裏にことを終わらせて
小池:そんな無茶な
由依:小池くんより無茶な人なのかも
小林は苦笑いだ。
茜🎙️:周辺道路は封鎖済み。もし被疑者が逃走しても万全の態勢を敷いてるから
小池:助かります。でも逃がしはしません
茜🎙️:当たり前よ。あと拳銃の適正使用、頼んだわよ
小池:はい。適正使用します
茜🎙️:(小声)なんだか不安ね
理佐🎙️:警備部長にSATの出動を要請してるから
◯◯:マジですか!
土田:そりゃ心強い
理佐🎙️:部長は大分渋ってるけどね。このヤマは刑事部マターだから
由依:縦割りの弊害ね
理佐🎙️:あたしが責任を持って根気強く説得する
小池:いろいろありがとうございます
理佐🎙️:礼はいらない。仕事だから
小池:カッコいいっすねぇ
理佐🎙️:茶化さないの
小池:はーい
由依:見えて来たよ
前方に櫻坂メッセの建物が姿を現した。
※
一時は箱に閉じ込められていた菜緒だが、今はパイプ椅子に縛りつけられている。
さっきから手足を捩っているが、解けそうにない。
スマホは古野に踏み潰されてしまった。
菜緒:(お気に入りの機種やったのにな。データ無事やろか?)
壁の向こうからうっすら歓声が聴こえる。
ライブ会場だろうということは分かる。
室内を見回すと、どうやら休憩室か何かのようだ。
目の前にはスマホを耳に当て、貧乏揺すりをする古野がいる。
菜緒:(攫われるなんて一生の不覚や)
状況を打開出来ないか考えていると、
古野:くそ!
古野は苛立たし気にスマホを直した。
どうやら相手が出なかったらしい。
菜緒:お仲間に見捨てられたとか?
古野:黙りなさい
菜緒にサクラの銃口が向く。
菜緒:そんなん探偵にはなんの脅しにもなれへんわ
古野:大人しくしていれば何もしない。無駄な殺生は好まんのでね。手帳の中身を写したカメラは、確か君が持っていたな
菜緒のパーカーのポケットに手を伸ばす。
菜緒:近寄んな変態!
身を捩って抵抗する菜緒を押さえつけてポケットの中を探る。
スティック型のカメラを取り出すと、真っ二つに折りダメ押しに踏み潰して粉々にしてしまった。
菜緒は歯噛みしつつ、
菜緒:智樹さん殺害は必要な殺生やったとでも?
古野:組織を守るためだ
菜緒:人の命奪ってまで守らなあかん組織ってなんやねん!そもそもあんた警察官やろ?
古野:子供の君には分からんよ
菜緒:人を殺したらあかんって子供の頃に教わらんかった?
古野:こそこそ嗅ぎ回るからああいう目に遭うのさ。自業自得だ。
菜緒:不正を働いてたのはあんたらやろ?
古野:さっきからなんだ。目上の者に対してその口のきき方は。礼儀知らずの小娘が
菜緒:悪人に礼儀なんかいらんわ
破裂音の後、二の腕に熱い痛みが走った。
古野:射撃にはちょっとばかし自信があってね。次は当てるぞ
菜緒は古野を睨みつけた。
※
パトカーを降りた小池たちは軽く打ち合わせし、小池と◯◯は正面入口から、土田と小林は物品搬入口からそれぞれ櫻坂メッセ内に侵入して建物内を検索することに決まった。
小池:これ着とけ
小池は◯◯に防弾ベストを手渡した。
◯◯:重っ
小池:死ぬよりマシだろ?
◯◯:ありがとうございます
小池:俺から離れるなよ
◯◯:分かってますって
小林が拳銃サックから取り出したサクラをしげしげ見つめる。
由依:こういうの久しぶりだからなんか緊張するな…
土田:盗犯係だもんな
由依:奢ってもらう店グレードアップしなきゃ
小池:勘弁して下さいよ
土田と小林は裏に回った。
小池が扉に手を掛ける。
小池:行くぞ
◯◯:はい
中に入ると、ホールの分厚い扉越しにライブの音が漏れ聞こえて来た。
素早く周囲を確認するが、古野はいない。
袖口のマイクのスイッチを入れる。
小池:理佐さん。今メッセ内に入りました。古野の捜索に掛かります
理佐🎙️:了解。くれぐれも注意して
小池:了解
◯◯:待ってろよ菜緒!
◯◯は走り出した小池に着いて行った。
小池の受令機に小林の声が入る。
由依🎙️:裏に渡邉管理官の公用車が乗り捨ててある
小池:了解です
通信を切り、
小池:やはり古野と菜緒ちゃんはここにいる
◯◯:そもそもなんでライブ中の会場に来たんでしょう?
小池:さぁな
小池はトイレに入り、個室をひとつひとつ確認している。
◯◯:仲間と落ち合うとか?
小池:あるかもな、それ
◯◯:ライブ会場なら人も大勢いますし、いざという時人混みに紛れて逃げることも出来るからじゃないでしょうか?
小池:冴えてるじゃないか。さすが探偵だな
◯◯:まだ助手ですけど…
照れた◯◯は頭を掻いた。
小池:でもまぁ、仲間なんて来ないだろうな
◯◯:どうしてですか?
小池:古野は俺たちに真相を看破されたことで、言わば失敗したわけだ。そんなヤツを守るほど敵は優しくないだろうさ
◯◯:なるほど…大人の世界って怖いですね
小池:怖いことばかりでもないけどな
※
古野はまたもや繋がらないスマホを怒りに任せて放り投げた。
壁に当たったスマホの画面が割れる。
菜緒:諦めたらどないですか?
古野:うるさい!
菜緒:見捨てられたんやあんたは
古野:黙れ!
菜緒:潔く自首しぃや
古野:黙れって言ってるだろ!
古野が引き金を引いた。
弾丸が菜緒の足元の床に当たって埃が舞う。
※
微かに、漏れ聞こえるライブの音とは別の種類の音が聞こえた。
◯◯:小池さん。この音って…
小池:銃声かもしれない。近いぞ
小池と◯◯は慎重に通路を歩いていく。
無線のスイッチをオンにする。
小池:銃声らしき音が聞こえました。小林さんたちもこっちにお願いします
由依🎙️:場所はどこ?
小池:従業員専用通路にある第三控室です
由依🎙️:すぐ行く
第三控室の鉄扉に耳を当てる。
男の怒鳴り声が聞こえた。
小池:(小声)古野だ
◯◯:(小声)菜緒の声もします!
小林と土田がやって来た。
小池:(小声)ここに古野と菜緒ちゃんがいます
土田:(小声)踏み込むか?
小池:(小声)もちろんです
由依:(小声)◯◯くんは下がってなさいね
◯◯:(小声)僕も行きます!
土田:(小声)子供には危険だ
小池:(小声)菜緒ちゃんは必ず救い出す。だからここで待機だ。な?
◯◯:(小声)…はい
小池:(小声)みなさん行きますよ
土田と小林が頷く。
小池:(小声)せーのっ
ガタン!
小池:古野!
突然の乱入に動揺している古野に、3人が銃口を向ける。
古野:銃を捨てろ!
古野が窓を背にし、菜緒の後頭部にサクラを向けた。
3人は躊躇した。
古野:捨てろ!
小池たちはサクラを床に放った。
両手を挙げる。
古野:ちょっとでも動いたらこの娘の命は無い!
◯◯:菜緒!
我慢出来ず控室に入って来た○○が叫ぶ。
小池:こら!入って来るな!
菜緒:◯◯!来たらあかん!
古野:黙れ!
古野が強く銃口を当てる。
菜緒:痛っ!
◯◯:菜緒を離せよ!
古野が撃鉄を押し込む。
古野:撃つぞ!本気だ!
小池:くそ…どうすれば…
銃口に押さえつけられている頭をじりじり上げ、菜緒が小池を見つめる。
小池:?
意を決したように菜緒は目をつぶると拘束されている椅子ごと床に倒れた。
古野:おい!
驚いて隙が出来た古野に小池が飛び掛かる。
動転したのか、古野は小池にではなく菜緒に銃口を向けた。
◯◯:菜緒っ!
◯◯は咄嗟に菜緒に覆い被さった。
背中に古野の放った銃弾が突き刺さる。
◯◯:うっ!
◯◯は激痛に耐えながら菜緒を強く抱き締めた。
菜緒:◯◯!
小池が古野に掴みかかり、サクラを奪い取ろうとする。
振り払われ、胸元に銃口が当てられる。
身構える小池。
菜緒:5発撃ち尽くしてます!
菜緒の言葉と同時に引かれた引き金の音が虚しく響く。
小池:うぉぉぉぉぉ!
小池は猛然と古野に掴みかかった。
が、思ったよりも古野の力が強い、
足払いを食らい床に倒れる。
土田と小林が飛び掛かったが、必死に抵抗する古野に突き飛ばされた。
古野は小池のサクラを拾い上げる。
古野:死ね!
小池が銃口を睨み据えたその時、
パリンッ…
窓ガラスが割れ何かが床に転がった。
その何かが瞬時に炸裂し、眩い閃光と耳をつんざく音響が控室を満たした。
古野:うわ!
古野がよろめく。
小池も目が眩んで何がどうなっているのか分からない。
閃光と音響が止んだ瞬間目に飛び込んで来たのは、黒のコンバットスーツに身を包み、H&K・MP5を携えた男たちに取り押さえられている古野の姿であった。
※
櫻坂メッセの外は多くの警察車両と警官でごった返していた。
小池たちが古野を連行して正面入口から出て来る。
土田:あー。まだ耳ボワボワしてやがる
由依:目もチカチカするんだけど
小池:まさかほんとにSATが来てくれるなんてびっくりしました
黒のコンバットスーツ姿の集団はSATの第二中隊だった。
屋上からロープを垂らし、突入してくれたのだ。
◯◯:菜緒。怪我大丈夫か?
菜緒:へーき。かすり傷やから。◯◯こそ、撃たれたかと思ったやんか。あほ!
菜緒が涙目になる。
◯◯:ごめんごめん。防弾ベスト着てても痛いんだね
小池:無茶すんなって言っただろ?
◯◯:ごめんなさい…
土田:勇敢もほどほどにな
由依:好きな娘を守りたいって気持ちは買うけどね
◯◯:べ、別にそんなんじゃ!///
菜緒:やめて下さい由依さんっ///
覆面パトカーのそばで一息ついていると、短波無線機を持った男が歩いて来た。
土田:おぉ、対馬じゃねぇか
SAT第二中隊長の対馬警視であった。
対馬:久しぶりだな
小池:お知り合いなんですか?
土田:四谷署にいた時コンビ組んでたんだよ
対馬:あの頃の土田は尖りまくっててついてけなかったよ
由依:土田さんにもそういう時期あったんだ
土田:昔の話だよ
ミニパトが止まり、理佐が降り立つ。
理佐:お疲れ様
小池:お疲れ様です!来てくれたんすね
理佐:よくやったわ。褒めて上げる
小池:SAT呼んでくれてありがとうございます。助かりました
理佐:なら良かった
土田:上から怒られるんじゃないか?
理佐:そんなの平気。責任はあたしが取るわ
理佐は手錠を嵌められ項垂れている古野に向き合い、
理佐:潮時よ、古野
古野:ふん…
古野はそっぽを向いて黙ってしまった。
理佐:連行して
小池:了解です
小池たちはパトカーに乗り込んだ。
菜緒と◯◯は救急車で病院へ運ばれることになった。
菜緒:大したことないのに…
◯◯:念のためだよ
菜緒:◯◯こそ痛そうやん
◯◯:僕こそ大したことないよ…いてて
菜緒:小池さんも言うとったけど、ほんまに二度とあんなことしたらあかんで!◯◯になんかあったらウチ…
また菜緒の目に涙が溜まっていく。
◯◯:ほんとに悪かったよ。もうしないから泣かないで?な?
◯◯が指で菜緒の頬に伝う涙を拭う。
菜緒:約束やから
◯◯:分かってる
※
翌日。
東京駅の新幹線ホームに菜緒と◯◯、小池の姿があった。
小池:もう傷は大丈夫なの?
菜緒:はい。おかげさまで。助けていただいてありがとうございました
小池:礼なんていいよ。仕事だからね
◯◯:理佐さんみたいなこと言ってる
小池:うるさいよ
小池が◯◯の頭を小突く。
◯◯:いてっ
菜緒:古野さんはその後何か話しましたか?
小池:それが全然でね…
小池は参ったという感じで後頭部を叩いた。
古野は貝のように口を閉ざし完黙している。
菜緒:トカゲの尻尾切りなのかもしれませんね
小池:だとしても簡単に切らせはしないよ。必ず一網打尽にしてみせる
◯◯:頼もしいです!
菜緒:小池さんたちならやって下さるって信じてます!
小池:期待に応えられるよう頑張る
小池は姿勢を正し、
小池:この度のご協力、感謝します。ありがとう
最敬礼した。
菜緒:そんな!やめて下さい!ウチなんて、捕まって迷惑掛けてしまいましたから!
小池:君たちの協力があったからマル被を確保出来たんだ。本当は警視総監賞を送らないといけないところなんだけど、恥ずかしながら身内の不正に繋がっている事件だから…
菜緒:気にしないで下さい。ウチらも仕事なんで♪
◯◯:犯人逮捕出来て、智樹さんの仇とれましたし
菜緒:違うで◯◯。不正を暴かんとほんまに仇討ったとは言われへん
◯◯:そうだな…
菜緒:小池さん。これ…
菜緒はポケットからSDカードの入ったケースを取り出した。
菜緒:智樹さんの手帳の写真のデータです
小池:それってカメラごと古野に壊されたんじゃ…?
菜緒:SDカードだけ抜いておいたんです。バレなくて良かったです
◯◯:さすがだな…
菜緒:当たり前やん
小池:ありがとう。真相を暴いて、被害者の死を無駄にしないように頑張るよ
小池はSDカードを受け取った。
下りのひかり号が入って来た。
菜緒:お世話になりました
菜緒と◯◯が頭を下げる。
小池:また会えるといいね
◯◯:はい!
菜緒:今度は事件関係無しにお会いしたいです♪
小池:その時は東京を案内するよ
菜緒と◯◯がひかりに乗り込む。
菜緒:お元気で!
◯◯:櫻坂署のみなさんにもよろしくお伝え下さい!
小池:分かった
◯◯:特にミニスカポリスさんたちに!
菜緒:キモ…
小池:ふたりとも気をつけてな!
ひかりが走り出す。
小池は手を振った。
ひかりが見えなくなるまで。
小池:よし。やってやるぞ
※
土生:小池くん。大変よ!
東京駅から戻った小池に土生課長が駆け寄って来た。
小池:どうしたんすか?
土生:古野管理官…じゃなかった。古野の身柄が本庁に移されることになったのよ
小池:え!
小池は理佐に連絡を取った。
小池:どういうことなんですか!?
理佐:電話口で大きな声出さないで
小池:なんで落ち着いてられるんすか!
理佐:半ば予想通りだったからよ
小池:予想通りって…
理佐:古野を自分たちで囲って、真相を隠蔽するつもりなのかもしれない
小池:そんなこと許されません!
理佐:分かってるわよそんなこと。でもあたしにはどうすることも出来ない
確かに理佐は、今は警備部にいる。
畑違いの部署にいることは分かっているが、それでも言わずにおれない。
小池:でも、何か手立てがあるはずです!
理佐:無い、ってのが正直なところ。警視庁の上層部もグルだろうから、ヘタに動いたらこっちが危ない
小池:そんな…泣き寝入りしかないってことですか?
理佐:反撃のチャンスは必ず来る。今はこらえて
小池:ちくしょう!
通話を切った小池は留置室に向かった。
小池は留置係に会釈して入口を開けてもらい古野が留置されている檻の前に立つ。
小池:あなたの身柄を警視庁に移すことになりました
そう告げた小池は唇を噛み締めた。
古野は黙ったまま、小池のことを見ようともしない。
小池:まだ黙ってるつもりですか?
古野:……
小池:なんとか言ったらどうです?
古野:……
小池:そこまでして守らなきゃならない組織ってなんすか?
古野が小池を見た。
古野:…同じことを訊かれたよ
小池:え?
古野:今君が言ったことを、あのクソガキの探偵にね
小池:クソガキなんかじゃない。立派な探偵だよ。それを言うなら、クソガキって思ってるヤツにあんたは負けたんじゃないか。あんたこそクソだ
古野:辛辣だね
小池:このままで済むと思わないで下さいよ
小池の語気に古野が顔を上げる。
小池:この事件の闇は必ず暴いてみせます
古野は溜息をつき、
古野:真っ直ぐだな。君は
フッと笑うと、また黙った。
※
車窓に流れる景色を見ていた菜緒がくしゃみをした。
◯◯:大丈夫か?
菜緒:うん。誰か噂してんのかな?
鼻を擦った菜緒が「あ」と声を上げる。
菜緒:みんなへのお土産買い忘れた
◯◯:そういえば…
◯◯は苦笑し、
◯◯:それどころじゃなかったしね。仕方無いんじゃない?
菜緒:それもそやな♪
菜緒は顔を赤らめ、
菜緒:◯◯…
◯◯:ん?
菜緒:助けてくれてありがとーな///
◯◯:いや。僕は、何も…
菜緒:ウチのこと庇ってくれたやん
◯◯:咄嗟に体が動いた。我ながらびっくりした
防弾ベスト着てなかったら死んでたよな、と◯◯は今さらながら身震いする。
菜緒:もうあんな危ないことはしてほしないけど、正直言うとあん時の◯◯、カッコ良かったで
◯◯:あ、ありがと…菜緒がそんなこと言うなんて珍しいじゃん
菜緒:たまには助手のこと褒めたらんとな。それに…
◯◯:それに?
菜緒:ウチ、あんな風に家族以外の男の人に抱き締められたん初めて
◯◯:あ、あれは、その、不可抗力っていうか…
菜緒:照れんなや変態
◯◯:またそんな風に言うだろぉ
菜緒:ま、頼りにしてるで
菜緒は微笑み、また車窓に目をやった。
※
古野が警視庁に移送される時刻となった。
壁の時計を見た小林が、
由依:悔しいわね
小池:あのふたりになんて言えばいいのか
小池は今朝駅で別れたばかりの菜緒と◯◯を思い浮かべた。
小池:でもね、俺が絶対暴いてやりますよ
土田:俺たち、だろ?
小池:土田さん…
由依:自分のいる組織、良くしたいしね
小池:そっすね…
小池は心強い仲間の存在に胸が熱くなった。
小池:せめて見届けますか
3人は署の裏門に向かった。
ちょうど留置場から古野が出て来たところだった。
古野はこちらを一瞥し、警視庁の捜査員に左右を固められ、護送車へ連れて行かれる。
空気を切り裂くような小さな音がしたかと思うと、古野が地面に倒れ伏した。
小池たちは咄嗟に屈み、周囲を見回す。
小池:いったい何処から!?
ビルの屋上にぱっと見人影は見当たらない。
小池は倒れた古野に駆け寄り抱き起こした。
胸に1発。
出血がひどい。
古野は口からごぼりと血を吐き咳き込んだ。
小池:しっかりしろ!
古野は虚ろな目を小池に向けたが、やがて体から力が抜けた。
小池:おい!しっかりしろ!おい!
揺するが、すでにこと切れている。
小池:くそ!
小池はアスファルトを殴りつけた。
※
三村智樹殺害事件は被疑者死亡で幕切れを迎えた。
古野の狙撃事件はマスコミには公表されず、被害者の妻・雪絵には古野の死は病死と説明された。
古野を狙撃した被疑者は逃走し、行方は掴めていない。
科捜研が弾道を解析し狙撃ポイントを割り出したが、なんの痕跡も発見することが出来なかった。
古野の死から2日後。
櫻坂署の屋上に、小池と理佐がいた。
小池が缶コーヒーを呷り、
小池:なんの痕跡も発見出来なかったっておかしくないすか?
理佐:たぶん、証拠を揉み消したんでしょう
小池は溜息をついた。
小池:敵が内部にいたんじゃどうしようもないっすね
理佐:早くも諦めモード?あなたらしくもない
小池:諦めてはないっす。宣戦布告の狼煙を上げる準備は出来てます
理佐:まさか…
小池:はい
小池はニヤッと笑った。
小池:美波に菜緒ちゃんから託されたSDカードを渡しました。明日、記事になります
理佐:そんなこと迂闊に言わないの。あたしが敵だったらどうするのよ。圧力かけて潰すかもしれない
小池:理佐さんに限ってそんなことしないでしょ。信頼してますから
理佐:全く、あなたらしいわね
理佐は微笑んだ
理佐:あたしも出来る限り探ってみる
小池:気をつけて下さいよ。敵にいちばん近いところにいるんだし
理佐:そんなこと言われなくても分かってるわ。あたしを誰だと思ってんの?
小池:天下無敵の理佐様でした。期待してます
理佐:あなたにもね
小池は照れ隠しに中身の無くなった缶を弄んで、ふと空を見た。
綿毛のような雲がぽっかりとひとつ、浮かんでいた。
fin