こちら、日向坂探偵局! File.02「サインボール~後編」
病院からタクシーで15分ほど。
僕らは再び空き地にいた。
2時間前まで僕と菜緒が掻き回していた草むらは、暮れ始めた光の中でより鬱蒼とした存在感を高めている。
その中に隠れるように佇む件の物置小屋。
そこにサインボールはあった。
同じ場所で持ち主の家族が倒れていた。
偶然にしては妙じゃないか。
それにあの圭太くんの目。
明らかに何かを隠している雰囲気がある。
引っ掛かりを覚えた。
だからもう一度、この小屋を調べてみようと思ったのだ。
扉を開けて小屋の中に入ると薄暗がりの中、左手に造りつけの棚がぼんやり見えた。
菜緒がペンライトをつける。
◯◯:用意がいいね
菜緒:探偵の必需品や♪◯◯も持っとかなあかんで
◯◯:了解っす
菜緒はペンライトを棚へ向けた。
棚には様々な物が置かれている。
農作業の道具があるかと思えば、古い玩具も置いてある。
昔、子供が勝手に入って秘密基地にでもしていたのかもしれない。
棚板に少し血が付着していた。
菜緒:ここに頭をぶつけたみたいや
その棚板に置かれている玩具の人形が倒れていた。
頭をぶつけた衝撃で倒れたのだろう。
今度は地面にライトを向ける。
小屋の地面は舗装されていないために土が剥き出しだ。
土が抉れている個所がある。
転んだ時に出来たのだろうか?
菜緒:学さんを見つけた時、地面は殆ど乱れてなかったから、争ったわけじゃなくて滑って転んだっていうのはホンマやと思う
菜緒は地面を観察しながら言った。
菜緒:さっき文子さんが学さんは昔からしょっちゅう何も無いところで躓いてたって言うとったしな
僕は頷いた。
それに、学さんはうっかり屋だとも発言していた。
地面には石も無いし、特段転ぶ要素が見当たらない。
学さんの生来の癖が発動してうっかり転んでしまったってことか?
◯◯:そう言えば、扉を開けた途端にボールが転がって来たよな?
僕は発見時の様子を思い出しながら言った。
菜緒は棚にあった古いテニスボールを取ると服が汚れるのも構わず地面に横になった。
◯◯:何してるんだよ?
菜緒:扉閉めて
◯◯:う、うん
戸惑いつつ言われた通りにする。
扉を閉めると蝶番が軋み音を立てた。
菜緒:ええよ、開けて
扉を開けるとテニスボールが転がって来る。
菜緒:やっぱりな
寝転んでいる菜緒がにやっと笑った。
◯◯:何がやっぱりなの?
菜緒:今ウチは学さんが倒れとった時の姿勢を再現してるんやけど…
菜緒は右半身を地面につけていた。
右手は扉の方へ伸ばされている。
菜緒:右手にテニスボール握らせて
僕はボールを拾って菜緒の右手に乗せた。
菜緒:この状態で扉を閉めると右手は扉に押されて自然と握ることになる
◯◯:学さんは気絶しているから体に力は入ってないよな?
菜緒:扉が開くと自然に右手も開きボールがこぼれ落ちる
◯◯:それってまさか…
菜緒は立ち上がって服についた土を払った。
菜緒:サインボールは学さんが持ってたってことやな
◯◯:猫を追い掛けて偶然サインボールを見つけたとか?
菜緒:小屋の周りには誰が植えたんか知らんけど、猫の嫌がるハーブ系の植物が生えてる
◯◯:へぇ、そうなんだ
菜緒:せやから猫は小屋に近づかれへん
◯◯:あ…
菜緒:学さんは嘘ついてる
菜緒は断言した。
菜緒:ボール見つけたことも黙ってたし
◯◯:なんでそんな嘘をつく必要があったんだろ?
菜緒:そのヒントはおそらく、ここ
菜緒は棚の一部をペンライトで照らした。
菜緒:ここにサインボールが置かれてたんとちゃうかな?
血のついた棚板の一つ上の段に何かが擦れたような跡がある。
しかもまだ新しい。
菜緒:学さんはここからサインボールを取った瞬間に滑って棚板に頭をぶつけて、地面に倒れたんとちゃうかな?
菜緒の言葉を受け、脳裏に明確なビジョンが描かれた。
◯◯:学さんはここにサインボールを隠してたってこと?
菜緒:可能性は高いと思う
僕らが探していたサインボールは学さんが物置小屋に隠していた。
いったいなんのために?
◯◯:学さんがボールを隠していた理由っていったいなんなの?それに圭太くんはどう関わってるんだ?
菜緒:それをこれから確かめる
菜緒はスマホを取り出し電話をかけた。
菜緒:あ、愛萌?ちょっと調べて欲しいことがあんねんけど…
愛萌さんに頼んだ調べ物とは、学さんのギャンブルについてだった。
菜緒は学さんに借金があるのではないかと考えたのだ。
菜緒:もし借金があれば、ウチの推測が現実味を帯びて来るんやけどなぁ
◯◯:推測って?
菜緒:それはまだ言われへん。確証を得てないからな
気になりながら待つこと15分。
愛萌さんから折り返しの電話。
◯◯:早っ
菜緒:さすが愛萌!局長秘書の情報収集能力ナメたらあかんで♪
電話に出る。
スピーカーにした。
愛萌📱:局長の仰る通り、岸川学さんには借金がありました。額は100万円。周囲に間も無く返済出来ると言っていたそうです
◯◯:何かアテがあったってことですか?
愛萌📱:詳しいことは言ってなかったみたいです
菜緒:学さんと親しかったギャンブル仲間っておるんかな?
愛萌📱:います
その人物の名前と住所を教えてもらい、訪ねることにした。
岸川家の近くのアパートに住んでいるみたいだ。
ノックすると、無精髭を生やしタオルを首から掛けた目つきの悪い中年男が出て来た。
◯◯:(あれ、このタオル…)
日向坂フットステップスに所属している選手のタオルだ。
菜緒:こんばんは♪
◯◯:こんばんは。突然すみません。高田さんですか?
高田:そうだけど、あんたらいったい誰?
菜緒:日向坂探偵局の者です
高田:探偵?
胡散臭そうな目で見られた。
こちらが子供だからだろう。
だが、どちらかというとあなたの方がめちゃくちゃ胡散臭いです、とは口が裂けても言うまい。
◯◯:2、3伺いたいことがありまして
菜緒:岸川学さんをご存知ですか?
高田:知ってるけど、あいつなんかやらかしたの?
◯◯:そういうわけではないんですけど。岸川さんに借金があるって話聞いたことありますか?
高田:ある。まだ返してなかったのか
◯◯:借金について、何かお聞きになったことはありませんか?
高田:いや、知らないな
◯◯:そうですか…
高田さんはしきりに部屋の奥を気にする素振りを見せた。
菜緒:なんかしてはったんですか?
高田:オークションサイト覗いてて、入札に参加してたもんだから
◯◯:お邪魔してしまい申し訳ありません。これで失礼します。ありがとうございました
菜緒と僕は頭を下げてアパートを出た。
◯◯:手がかり無しだな
菜緒が何か考え込んでいる。
◯◯:菜緒?
菜緒:もしかして…
菜緒はスマホで何かを検索し始めた。
菜緒:やっぱり
◯◯:なんか分かったの?
菜:これ見て♪
菜緒のスマホを覗き込むとオークションサイトが開かれていた。
◯◯:あ!
出品品目の中にサインボールがあった。
すでに落札されている。
額は100万円。
◯◯:これって学さんの借金と同額だよな
菜緒:だんだん見えてきたな
菜緒の目が光った。
※
日付変わって3月30日、午前1時。
寝静まっているはずの岸川家のリビングのドアがそっと開き、何者かが入って来た。
暗がりの中忍び足で棚に近づき、影がサインボールに手を伸ばす。
突然リビングの灯りが点灯した。
その人物はハッとした様子で辺りを見回す。
菜緒:何かあるんちゃうかなと思って待ち伏せしてて良かったです
ソファの陰から菜緒が立ち上がる。
僕もカーテンの裏から出た。
打ち合わせ通り、タイミングを見計らってリモコンで電気を点けたのだ。
菜緒:そのサインボール、どないしはるんですか?岸川学さん
頭に包帯を巻いたままの学さんはバツが悪そうに「これは、その…」と口籠った。
ドアを開けて文子さんと孝子さん、圭太くんも入って来た。
学さんの企みを掴んだ菜緒と僕は、今夜病院から学さんが自宅に戻ることを思い出して文子さんに連絡を取り、協力を要請したのだ。
文子:学、どういうことなの?
学さんは唇を引き結んでいる。
菜緒:学さんはサインボールを売ろうとしていたんです
文子:えっ!
孝子:どうしてなの?
菜緒:ギャンブルでこしらえてしまった借金を返済するため、ですよね?
◯◯:ボールがネットオークションに出品され、落札されていることは確認済みです
僕はスマホの画面を掲げた。
学:くっ…
学さんは諦めたように頷いた。
文子:そんな…
文さんは絶句した。
孝子:借金ってどういうこと!?
孝子さんは掴みかからんばかりの勢いで学さんに迫った。
学:言えなかったんだよ。会社クビになって家族に迷惑掛けてるのに、借金まであるなんて言えないじゃないか
孝子:そんなのただの言い訳よ!
リビングはにわかに騒然とした。
菜緒:皆さん、落ち着いて下さい
全員が菜緒を向く。
菜緒:まずはあたしの話を聞いて下さい
菜緒はここに至るまでの経緯を説明し、
菜緒:今から真相をお話しします
僕はまだ全貌を聞かされていない。
リビングに集まった関係者たち。
その中心にいる探偵が真相を語る。
ミステリ小説みたいなシチュエーションに興奮を隠せない。
菜緒:100万の値がついたボール。これは文子さんの持ち物です。どうやって落札者へ送ろうか考えた時、学さんはある方法を思いつきました
学さんは顔を俯けている。
菜緒:それは、
菜緒は掌で圭太くんを示した。
菜緒:圭太くんにサインボールでキャッチボールさせ、失くさせるというものでした
◯◯:失くさせる?
菜緒:圭太くんはキャッチボールする度にボールを失くしてしまう。しかも毎度見つからない。それを計画に利用したんです。「存在しない物」なら自由に出来るやろ?
◯◯:なるほど
菜緒は圭太くんに近づき、目線が合うように屈んだ。
菜緒:圭太くん、話してくれるかな?
微笑み、優しく問い掛ける。
圭太:誰にも言うなって言われたの…
圭太くんがちらっと父親を見たのを僕たちは見逃さなかった。
菜緒:お父さんに言われたん?
圭太くんは頷いた。
孝子:圭太、話しなさい
圭太くんは父に目を向け、母と祖母を見、菜緒に視線を戻して少し考えた後口を開いた。
3月28日の昼過ぎに、圭太くんは友達からキャッチボールに誘われていた。
しかし圭太くんはこの間ボールを失くしたばかり。
新しく買ってもらっていなかった彼に、学さんが「このボールを使うとキャッチボールが上手になるよ」と言葉巧みにサインボールを渡した。
その際、ボールを父親から渡されたことを口留めすることを忘れなかった。
父親の言葉を無邪気に信じた圭太くんは学さんの目論見通り大暴投し、サインボールは叢に消えた。
探したけれど見つからず、困り果てた圭太くんは文子さんに正直に告白した。
圭太くんの隠しごとって、そういうことだったのか。
やっと腑に落ちた。
菜緒:話してくれてありがとう♪
菜緒は圭太くんの頭を優しく撫でると立ち上がった。
菜緒:学さんは圭太くんがキャッチボールしているところを見ていたのでしょう。思い通りになって喜んだに違いありません
◯◯:そして草むらの中を探してボールを見つけた、と…
菜緒:その通り♪
◯◯:物置小屋に隠したのは何故?
菜緒:そのまま持って帰って見つかってしもたらマズイと思ったんやろな。棚に飾ってあったボールが突然無くなるんやから騒ぎになるのは当然やし、あの小屋は最近使われてなかったから隠し場所には最適やと考えたんやと思う
学さんの反応を見るとどうやら図星らしい。
菜緒:でもまさか、文子さんがサインボールの捜索に探偵を雇うとは思いも拠らなかったんじゃないですか?
学さんは天を仰いだ。
◯◯:それを知った学さんは散歩と称して慌てて出掛け、小屋からサインボールを回収しに行ったんだね?
菜緒は頷き、
菜緒:そこで学さんの生来の気質というか癖が発動してしまったんや
◯◯:何も無いところで躓いてしまう癖か
学さんは悔しげな表情を浮かべた。
不慮の事故でサインボールが見つかってしまい切羽詰まった学さんはヤケになり、今夜こっそりサインボールを持ち出そうとした。
菜緒に指摘され、学さんはがっくりと膝を落とした。
文子:なんてことしてくれたのよ!
文子さんは嘆いた。
ご主人との想い出を蔑ろにされた気分なのだろう。
孝子:圭太まで利用して…情けない
学:すまない!
学さんは平身低頭である。
文子・孝子:すまんで済んだら探偵いらないのよ!
女ふたりの鋭い追求が始まった。
菜緒:ちょっと待って下さい!
舌鋒を菜緒が遮った。
菜緒:まだ続きがありまして。実は学さんに借金なんてないんです
全員が菜緒を見た。
◯◯:どういうこと?
推理の前提崩れないかそれ?
その時、菜緒のスマホにメールが入った。
メールを読んだ菜緒は微笑んだ。
菜緒:たった今、今回の事件の裏にいた人物が詐欺容疑で逮捕されました
急展開過ぎてついていけない。
※
詐欺容疑で逮捕されたのは学さんと一番親しいギャンブル仲間の高田さんだった。
高田さんがネットオークションを覗いていたことからサインボールが出品されている可能性に思い当たった菜緒は、同時にあることを発想して愛萌さんに調査を依頼していた。
それは、サインボールの落札者は誰なのかということ。
菜緒の勘は的中した。
なんと落札者は高田さんであった。
菜緒:高田さんに話を聞きに行った時、学さんに借金があることは知ってましたが、それ以外は聞いてないと言いました。引っ掛かりました。学さんは周囲に返済のアテがあることを喋ってたはずやのにいちばん親しい高田さんに話してないのはおかしい
学:それは変だ。俺が借金してたのは高田からだぞ。それにそのボールに100万円の価値があるって教えてくれたのもあいつだ
菜緒:やはりそうでしたか
菜緒は頷いた。
菜緒:◯◯、気ぃついてた?高田さんが首から掛けてたタオルに
◯◯:確か、日向坂フットステップスのタオルだよな
菜緒:せや。玄関からちらっと部屋の中を覗いてみたんやけど、日向坂フットステップスのグッズがいっぱいあった
そうだったのか。
高田さんに話を聞くのに夢中でそこまでは観察していなかった。
菜緒は全員に向き直った。
菜緒:あることを思いついたあたしは知り合いの刑事さんに高田さんの調査をお願いしました
タイミング良く、加藤さんと河田さんが高田さんを連れて岸川家へやって来た。
高田さんには手錠がはめられている。
史帆:やっほ~
陽菜:なんとなく来ました
高田:…
へにょへにょとぽかぽかの刑事に挟まれた高田さんは憔悴している。
学:高田…
学さんが呼び掛けても顔を逸らすばかり。
菜緒:ウチの読み通りでしたか?
史帆:うん。ばっちりだったよ~
陽菜:推理、今日も、イイね!
菜緒:ご協力ありがとうございます♪
菜緒曰く、高田さんは学さんと野球の話になった際サインボールのことを聞いた。
日向坂フットステップスの熱狂的ファンだった高田さんはそのボールが欲しくなった。
そこで一計を案じた。
学さんのうっかり気質を利用して金を借りたと思い込ませ、会話の中でさりげ無くサインボールの価値を吹き込んだ。
自身で立ち上げたオークションサイトにサインボールを出品させて自ら落札し、支払った100万円を学さんから返済金として受け取ることで損することなく、目当ての品を手に入れようと考えたのだという。
後日、加藤さんたちの捜査の結果、高田さんは狡猾な手口でコレクターなどからグッズを騙し取っていたらしいことも分かった。
学:高田!てめぇ!
◯◯:だめですよ学さん!
掴み掛かろうとする学さんを押し留めた。
高田:うっかり騙される方が悪いんだよ!
悪態をつく高田さんを、
陽菜:大人しくするしかねぇので
史帆:ほら行くよ~
加藤さんたちに連行されていった。
学:なんて野郎だ
孝子:あなたも大概よ
文子:ま、良かったじゃない。借金が無いなら安心よ
孝子:今度こんなこと考えたら承知しないわよ
学:すまん…
文子:取り敢えずうっかり癖を直しなさい
学:はい…
菜緒:一件落着やな♪
◯◯:そうだね
僕らは岸川家を辞去した。
※
ドアベルがカランと音を立てる。
菜緒:ただいまっ♪
◯◯:ただいま戻りました
僕らが探偵局に帰って来た時には午前2時を回っていた。
愛萌:おかえりなさい❤️
愛萌さんが出迎えてくれた。
◯◯:待ってて下さったんですね!
僕は感激した。
愛萌:当然です。局長秘書ですから。それに◯◯さんが心配だったし…
上目遣いで僕を見る。
なんて優しい人なんだ!
涙ぐみそうになっていると、
菜緒:愛萌、そんなこと言うたら◯◯が勘違いすんで
◯◯:そんなことねぇし
愛萌:そっか。◯◯さん変態ですもんね?
◯◯:愛萌さんまでぇ
愛萌:冗談ですよ、ふふ❤️
あぁ、天使!
それにしても大変な1日だった。
まだここに来たばっかりなのに。
僕はぐったりソファに座り込んだ。
愛萌:初日から盛り沢山でしたね
愛萌さんが飲み物を出してくれた。
愛萌:愛萌特製ハーブティーです。疲れがとれますよ
菜緒:これウチめっちゃ好きやねん♪◯◯も飲んでみ飲んでみ♪
◯◯:ありがとうございます
一口含む。
ほど良い味の中に爽やかなハーブの香りが広がって、心が癒やされていくようだ。
◯◯:とてもおいしいです
愛萌:良かったぁ
本当の癒しはその笑顔ですよ、愛萌さん!
見惚れていると、
菜緒:愛萌をヤラしい目で見るな
菜緒がジト目で僕を見る。
その目つき、なかなか心を抉るんだよ。
菜緒:愛萌、今夜襲われんように気ぃつけや
愛萌:うん❤️
◯◯:襲わねぇよ!第一愛萌さんの家知らないし…
愛萌:あれ、言ってませんでしたっけ?あたしもここに住んでますよ?
◯◯:あ、そうだったんですかぁ…って、えぇーーーっっっ!
愛萌さんまでひとつ屋根の下とは!
◯◯:ここは楽園か何かですか!?
菜緒:瘤もう一つ増やしたろか
菜緒がジト目で僕を見下ろしている。
◯◯:ヤラしいことは何も考えてないよ!
愛萌:まぁまぁ菜緒。◯◯さんもお年頃なんだから許してあげなよ
愛萌さん!
あれ、遠回しに変態呼ばわりされてる?
菜緒:ま、なんにしても、今日はお疲れさんやったな。期待してるで助手くん♪
◯◯:頑張るよ
愛萌:あ、そうだ!
愛萌さんが手を叩いた。
愛萌:明日…というかもう今日だけど、夜ご飯で◯◯さんの歓迎会やりませんか?
菜緒:お!ええやん!やろやろ♪
◯◯:ありがとうございます!
愛萌:料理はあたしが腕によりをかけますから楽しみにしていて下さいね❤️
◯◯:はい!
愛萌さんの手料理かぁ。
絶対おいしいに決まってる!
想像するだけでよだれが…
菜緒:何ニヤけとんねん、気色悪いな
◯◯:菜緒のジト目マジでキツい
自然と笑いが起きた。
まだ2日しか経っていないけれど、このふたりといると心がとても温かくなることに気づいた。
祖父の死の真相は気になるし、何者かに狙われていることへの不安はあるけれど、ここにいれば大丈夫な気がした。
◯◯:菜緒。愛萌さん
僕はソファから立ち上がった。
◯◯:改めてよろしくお願いします
愛萌:こちらこそです❤️
菜緒:もちろんや♪
菜緒と愛萌さんが声を揃える。
「「ようこそ、日向坂探偵局へ!」」
※
埃っぽい雑居ビルの一室。
あたしは仕事の真っ最中だった。
?:特に恨みは無いけど、命もらうね
男:ま、待ってくれ!
命乞いをする男を突き飛ばして転倒させると馬乗りになり、腰から抜いたナイフを構え心臓に狙いを定める。
男:ひぃぃっ…あぐっ…ぅっ…
刃先が柔らかな皮膚を切り裂き、肉や臓物を突き破って標的の命を絶つ。
返り血が飛ばないよう慎重にナイフを抜く。
せめて目蓋は閉じさせてあげよう。
一仕事終え、街に出た。
夜の雑踏を歩く。
あてどもなく歩く。
こうしている時がいちばん解放的。
人通りの多い道を外れ、いかがわしいネオンの光る店が集まる路地に入る。
非合法が服を着ているようなヤツらばかりがたむろしている。
そんな連中があたしに視線を向けて来る。
卑猥な成分が含まれている視線だ。
ほんとうんざりする。
その後の展開も容易に想像出来た。
チンピラ1:なぁ、俺たちと遊ばない?
無視して歩き続ける。
チンピラ2:無視しないでさぁ、行こーよ
それでも無視していると、
チンピラ3:ちょっとかわいいからってナメんじゃねーぞ!
肩を掴んで来た手を捻って押し返す。
チンピラ3:うわっ
男たちがボーリングのピンみたいに倒れた。
この分だとナイフを抜くまでもないな。
チンピラ1:こいつ!
殴り掛かって来た男をかわし様、膝蹴りを鳩尾に食らわす。
チンピラ1:へぶっ
目を剥いて路面に沈んだ。
チンピラ2:クソアマが!
?:(ボクサー崩れか…)
動きがしなやかで鋭い。
それでもあたしにはその動きが見える。
もう1人が後ろから襲い掛かって来たけれどそいつもいなして顔面に蹴りを食らわし、さらにボクサー崩れの拳を受け止めると素早く相手の背後に周り、そいつの腕で首を締め上げ昏倒させた。
チンピラ1:こ、こいつやべーぞ!
チンピラ3:逃げろ!
ふたりがかりで気絶したボクサー崩れを引き摺って退散していった。
なんの感慨も無く見送り、再び歩き出す。
昼間は暖かかったけれど、夜になると冷えるなぁ。
?:そろそろ帰ろっと
家路につく。
しばらく歩き、夜の喧騒から外れた地区の一角にある廃ビルの外階段を、カンカンと無機質な靴音と共に上り切る。
2階にあたしの部屋はあった。
部屋と言っても必要最低限の家具しかない。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し一口飲み、ベッドに寝転んだ。
いつの間にか微睡んでいたらしい。
スマホのバイブレーションに目が覚めた。
あたしの雇い主からだ。
?:もしもし
雇い主:新しい仕事だ。今から送る画像の男を探し出して、殺せ
送られて来た写真を確認する。
?:誰なの?
雇い主:佐々木〇〇。この間死んだササキ・コーポレーション社長、佐々木粂蔵の孫だ。現在行方不明。坂道市の自宅から逃げ出したところまでは把握しているが、その後の足取りは不明だ
?:なかなか骨が折れそうね
雇い主:今度の仕事、成功すれば客から相当な報酬が約束されてる
正直金はどうでも良かった。
雇い主:しっかりやれよ、スノープリンセス
?:そのコードネーム、あんまり好きじゃないんだけどな…
雇い主:決まりだから我慢しろ
?:はいはい
あたしは通話の切れたスマホを置き、寝返りを打った。
to be continued…