ヒダクマさんにお伺いしました!レポ
こんにちは、株式会社百森の清水です。
スギヒノキの森林が広がる西粟倉ですが、その中にも点在するように広葉樹は存在し、もともと図鑑を使った樹木の同定が好きだった私はその残り香を追うようにして山を散策していました。
そんな私は下層植生が残り様々な広葉樹が見られる場所にあこがれを抱いていますが(もちろん西粟倉の森林も好きです!)、この度そんな環境をもつ岐阜県飛騨市、そしてその土地の広葉樹の活用に取り組んでいる「株式会社飛騨の森でクマは踊る(ヒダクマ)」さんの視察に伺いました!分量多めですが、レポートします!
ヒダクマとは
代表の松本さんは、森林・木材業を通して地域の持続可能性に挑む株式会社トビムシの一員でもありますが、飛騨市が消滅可能性自治体に入っていた2014年ごろ、当時個人的に交流があった市の職員さんから地方創生について一緒に考えてほしいという相談を受け、事業を始めることになりました。
飛騨市は急峻で豪雪地帯のため人工林の適地があまりなく民有林の67.5%が広葉樹林ですが、伐採されてもほとんどが製紙用・燃料用のチップとして市外に出てしまいます。ヒダクマでは、広葉樹、森の価値を高めて、飛騨市に残る形にすることに挑戦しています。
それではさっそく、飛騨市に出発しましょう!
飛騨市に到着!
飛騨市に到着しました!
この度の滞在では代表の松本さんに1日ご案内いただけることになったのですが、岡山からの移動だったため前泊します。宿泊はヒダクマが運営するFabCafe Hida。
FabCafe(ファブカフェ)は、リアルとデジタルの間を自由に横断して次のイノベーションを創造する活動“FAB”をキーワードに、世界13都市(2022年7月時点)に拠点が拡がるグローバル・ネットワークで、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル・ファブリケーションを一般の人でも楽しむことができます。
FabCafe Hidaでは、デジファブ以外の木工工具を使うことも出来る環境が整っているほか、宿泊・滞在もできることが大きな特徴です。今回はこちらに滞在します!
松本さんよろしくお願いいたします
ちゃんとしたお写真を撮れずじまいになってしまい恐縮ですが、今回はヒダクマの代表、松本さんに一日ご案内いただきました!
まずは、ヒダクマについて色々お話を聞かせていただきます。
「広葉樹の出口屋」
飛騨市の広葉樹の直径の平均は約26cmですが、これは家具を作るためには足りない大きさです。種類も多く、曲がりや太さ、コブなどによって規格どおりにはいかない木材を扱う上で、特定の商品をたくさんつくって売る木材そのものの活用より、どうしたら木材を扱うクリエイター、デザイナー、建築家がおもしろくなるか、つまり広葉樹の出口をどれだけ多様に作るかの視点が強いといいます。
森林の約7割が広葉樹林の飛騨市では木材生産の効率が低いため、多様な人に来てもらって多様な使い方を模索する必要があります。逆にいうと、手間がかかってもお客さんが関わって価値を感じてもらえたら高単価でも購入してもらうこともできます。
あるお客さんと広葉樹の二股の部分を脚にしたテーブルを作るために、森に一緒に入って使えそうな木を探したときのこと。みんなで上を見ながら森を歩き、最終的には三又になっている木を使ってサスティナブルをテーマにした内装のテーブルに使われました。
机上のデザイン的な観点からは採用されない木材でも、山に生えているところから探してその背景も含めて使われると、プロダクトの見た目、デザインの観点とは違う価値、意義が生まれます。
またあるお客さんと必要な木材を探しに山を歩いたとき。お客さんには必要な木にテープを巻いてもらいますが、その木材を搬出するために周辺一帯を帯状皆伐するので、周辺の木がまるごとなくなってその多くはチップになってしまうことをお話しします。その話を聞いたお客さんは事前の設計に合う木材だけでなく、そこからはみでる木材にも利用価値を見出して購入されることがあるそうです。
このような体験をしたお客さんは、そのあとも飛騨市に足を運んでくれるようになります。ヒダクマでは、このプロセスの企画やコーディネート、木材の使い手と地域の職人さんとの橋渡しなどを通して、地域の価値を消費するのではなく、地域の中に価値を残して高めるモノづくりをしています。
プロダクトそのものを定常的に生み出すわけではなく、また地域の職人さんにはなじみが少ないデジファブを取り扱っているため、ヒダクマ自体が何をやっているか分かりづらいと言われることもあるそうですが、「新しいことや現状を変えようとしたときにみんなが理解したら新しいことではない。」という松本さんの言葉が印象的でした。
モノづくりの民主化
FabCafe Hidaでは、ふらっと立ち寄った人でもデジファブや木工を楽しめるように、いくつか体験キットを用意しています。
アイデアがあっても技術がなければものを作れない、スキルがないと一定のクオリティを出すことができない、といったモノづくりのハードルを下げて一般に開いてくれる、いわばモノづくりの民主化にデジファブは大きく貢献しています。松本さんに店内を案内していただきました。
こちらは事前にレーザーカッターで型抜きされた広葉樹を紙やすりで削って好みの形にできる広葉樹スプーンキット。完成したら、その場で飛騨市の牛乳屋牧成舎のアイスクリームを食べられます!
牧成舎の牧場では、広葉樹加工の際に出たおがくずを牛の寝床に使っており、そこで育った牛の牛乳で作られたアイスを食べる…という地域の循環を味わうことができます。
こちらは好きな広葉樹を選んでお箸づくりが出来る体験。デジファブではなく昔ながらの木工工具カンナを使うところがとても素敵です。削り過ぎないように専用の台があって、木工未経験者でも体験後の成果物にクオリティが担保される設計はとても重要だなあと感じました。
カフェのメニューボードはアクリル板にUVプリントしたマグネット。普段デジファブに触れることがない人に、カフェという場で目にしてもらうことで自分もやってみたいという動機づけにもなります。
お店の奥には蔵があって、木工工具でも工作ができます。そこで出た端材は「蔵出し広葉樹」として、1g1円で量り売り販売されています。
木工工具による木そのものの加工だけではなく、新しい素材の開発実験なども行います。これは水性アクリル樹脂「ジェスモナイト」に木片などを混ぜ込み硬化させたもの。こちらの素材が出来た経緯は、こちらの記事よりご覧いただけます。
農産物の直売所「飛騨産直市そやな」
ヒダクマが内装を請け負った「飛騨産直市そやな」では、ただ広葉樹を見た目に映えるように使うことをゴールにせず、あくまで旬の食べ物を引き立たせて、直売所の性質を受け止めるような工夫が凝らされています。
こちらの壁は様々な広葉樹材がちりばめられていますが、ただのタイルとしてではなく、季節によって販売品数が多く変動する産直市において、木枠をさしこむだけで棚になる機能ももっています。
またその一部は樹皮が使われています。設計を担当する建築家の方を森に案内したときに樹皮を使いたいというアイデアが出ましたが、そのままでは幹から樹皮が剥がれてしまうため、食品を扱う場ではふさわしくないとお返事したそうです。しかし家具材の圧縮の工程で蒸す過程があり、それを参考に皮をはがしてプレスすることで素材として使えるようにして、内装に樹皮を使うことができました。
建築家さんなどを森に案内する意味として、森のことを知ってもらったり材料を使ってもらうだけではなく、インスピレーションを得てもらったり無理だと思うことも試行錯誤して実現する面白さがあると松本さんが話してくださいました。
また、平場の商品かごにもたくさんの広葉樹材が使われています。ひとつひとつに樹種名が刻印されています。
飛騨市役所
木が際立つ応接室
今回の視察では、飛騨市役所の方にもお話を伺う機会をいただきました。
まずは応接室を拝見しました。こちらも広葉樹を用いた内装をということで公募を経て、ヒダクマさんがプロデュースされた内装です。
ヒダクマさんHPによりかっこいい写真がありますので、ぜひそちらもあわせてご覧ください。
部屋の中央にあるテーブルは、ナラの木を梁のように土台にし、その上に広葉樹の長方形の集成材を天板として置いています。天板は取り外しができて、現在の飛騨市の広葉樹の平均胸高直径26cmをもとにした広葉樹の円形の集成材を天板として置き換えることができます。
砂田さんの背景にある壁はホオノキ。もともとは外側から内側にかけて木目の色がグラデーションになるように配置していたが、日に当たって徐々に風合いが変わってきたとのこと。何を隠そう私清水はホオノキが樹木の中で一番好きなのですが、板材として面に敷き詰められているのを見たのはこれが初めてでした。こっくりとした風合いと穏やかに波打つような凹凸感にとても引き込まれます。
また天井はブナをカツラ剥きにしたシェードが吊り下がっており、木目がとてもかっこいい。夜は間接照明的に見えて外から見ても映えるそうです。
この部屋自体はがらんとしたコンクリート造の空間ですが、そこを全面的に木で覆うのではなくピンポイントで造形の異なるものを配置することで、木の個性が際立つのはもちろんですが「木を使わないといけないから使った」というのを全く感じさせない、温度感に動きのある応接室に感じられました。
農林部林業振興課の砂田さんのお話し
続いて、農林部林業振興課砂田さんのお話し。ここでは飛騨市の政策や森林施業に関することを中心にお聞きしました。
飛騨市では、小径木ではあるものの資源量自体は豊富な広葉樹の利活用と、それを活用するために必要なリソースを作ることを目的に平成27年から「広葉樹のまちづくり」に取り組んでいます。当時は94%がチップ利用、6%が市内の製材所に分配されていましたが、課題はチップそのものというよりは、チップという素材の形で地域外に出てしまい地域内に価値が残らないことでした。
そこで大きな動きとして2つの改革を行いました。一つめが主体を作ること、二つめが流通の仕組みを変えることでした。
一つ目については、まさにヒダクマのことです。飛騨市、株式会社トビムシ、FabCafeを運営する株式会社ロフトワークの3者が出資し、第三セクターの形でヒダクマは設立しています。
二つ目は、今まで直接チップ工場に運ばれていた規格外材をもっと作り手に届けられるように「飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアム」を設立したことです。これまでは各事業者が広葉樹の製品を製造・販売していましたが、林業者、木工業者、建築業者と市など合わせて17事業者・団体が連携してさらに多様な製品の製造、新たな販路拡大を目指しています。
様々な関係者の努力や体制の整備の甲斐もあり、現在は作り手とともに基準を確認しながら20~30%が規格材に該当するようになり、地域内で広葉樹の価値を高め続けています。
また広葉樹施業の際は、「飛騨市広葉樹天然生林の施業に関する基本方針」がガイドラインになっています。これは平成28年から試験伐採などを行い蓄積したデータ、伐採地における天然更新状況調査のデータ、また専門家や有識者の意見がもとになっています。また広葉樹伐採に関する補助金がない岐阜県において飛騨市では独自に補助金を設けていますが、その際もこちらの基本方針が基準となっています。
補助金対象事業の実施にあたっては、天然更新や災害リスク低減のための評価を行い、評価基準に合致しない林分は補助対象から除外することで広葉樹天然生林の施業の手法を限定しており、持続的な広葉樹施業のためにさまざまな対策を検討、実施しています。
現在飛騨市ではシカの被害はまだあまりみられず皆伐後も天然更新に任せていますが、最近シカを目にするようになってきたとのことです。このガイドラインも完成ではなく、状況に合わせながら更新していくのだそうです。
いよいよ山に!ヒダクマ社有林
飛騨古川市街地から20分くらいのところにヒダクマの社有林があります。約20ha(針葉樹林1ha、広葉樹林19ha)で、ヒダクマ設立時に市より現物出資されたものです。
ヒダクマでは、「ヒダクマ山観日」と称して月1回程度、飛騨のいろいろな森を開放して、一般の方だけでは普段なかなか入ることができない森に入って自由に過ごしてもらいながら一緒に森のことを考えたり話したりする取り組みをしており、この社有林でも調査をしたりニッチな花の花見をしたりしています。
入口から(大変嬉しい意味で)うっそうとした下草の茂み、高木から低木までの階層が見られる木本、動物の痕跡にあたりをきょろきょろしっぱなしで歩きました。
夕方も近い時間でしたのであまり長くいられませんでしたが、ここで植生調査や観察をしたらとても楽しいのだろうなあ…
時間的にも空間的にも遠く離れていますが、シカがいない時代の西粟倉にどうしても思いを馳せてしまいます。気候や標高的には、飛騨市で見られる植物と西粟倉で本来見られる植物は重複したものが少なくないはず。
飛騨市で見られる植生に心を奪われながらも、同時に今まだある西粟倉の植生をもっとちゃんと記録しなければなと気合いが入る時間でもありました。
個人的な趣味趣向ですが、大きな堰堤もあったので喜びました◎
道際にクマの爪痕。かっこいいですね。
流通の拠点「柳木材」
下山後、伐採された広葉樹の中間土場である柳木材さんに伺いました。ここでは、飛騨市広葉樹活用コンソーシアム独自規格に基づく丁寧な仕分けを行っています。
ここに集められる広葉樹は、直材を取れるか否かに関わらず一律2.1~2.3mの長さで造材されて運ばれてきます。材をとれるように造材していたら使えない部分があまりに多くなってしまい、現場の手間もかかり広葉樹の価値を高める目標にも合致しないためです。
買い手ごとにこのような材であれば使えるという独自の基準があるため、それに沿って事業者や樹種ごとに選木されています。
使えるか使えないかを決めるのは川下側になるため、大きな腐りや穴があるなどして使い道がないと思われる木でも、いきなり山土場からチップには持って行かず中間土場を挟んでいます。数ヵ月(季節によって状態が悪化するまでに)買い手がつかなければチップ材として販売されます。
ヒダクマさんの土場には、その中でもさらに曲者が集まっています。
産業効率の観点だけではない木材の活用方法、そして活用のためのコーディネートを一日お聞かせいただきましたが、常に新しい企画を動かし続けるヒダクマのパワーの何%かは、ときどきここで出会うであろう「なんだこの木は!」という驚きによるものなのかもしれません。
森の端オフィス
ヒダクマのスタッフさんはスタッフは頻繁に森や土場に行くため、柳木材の敷地に隣接する場所にも自分たちの拠点となる森の端オフィスを作りました。ここは広葉樹活用のイメージをしやすくするためのショールームの役割も兼ねており、さまざまな木材、加工方法が内装に施されています。
以下、構造的な部分のお話はツバメアーキテクツさんのページを参考にしております。
広葉樹を利用することは決まっていましたが、森に入って木を選ぶところから始めたため、利用できる材の条件に合わせて設計を調整する方法で進められました。
飛騨市は積雪が多い地域で曲がった木が多く長尺の材を確保できないため、短い材を組み合わせて三角形の構造(トラス構造)を骨組みにしています。
耳部分の曲線が残るように、また1本の木から製材された板が重ね合わせの際に一緒の構造になるようにして、木の丸みを再現しています。
オフィス内には階層上に勾配があり、一番下の層は土間っぽい感じ。
実はここを沢に見立てて、勾配が下のフローリングほど沢沿いに生える樹種が使われています。下の階層からトチノキ、クリ、ホオノキ(!)、ブナ、サクラの床です。
節や割れ、幅や長さの都合で構造材に利用できなかった木材も、家具やフローリング、デッキ等に利用されています。
また、こちらは広葉樹の集成材で作られた椅子。曲げ加工などはなく、1枚の板から背もたれの曲線部分と座面の板を切り出してそれぞれ加工したものです。座面はスタッフの方数名のおしり型から削り出されており、ふしぎなフィット感がありました。
また、加工の過程で発生したかんな屑なども、このように木質ボードや断熱材に活用されていて、建築のために選んだ木材を余すことなく使い切るような工夫が随所にされていました。
あっという間の1日でした
森の端オフィスを出るころにはすっかり夜が近付く時間になっていました。松本さんには1日ご案内いただき、本当にありがとうございました。
私は普段の業務で木材そのものに関わることは少ないですが、「森に関わる人を増やさなければならない」という点において共感するところも多くお話を聞かせていただきました。
樹種によって表情が多種多様で、その分色んなプロダクトや関わり方ができることにあこがれを抱きますが、同時にそれは画一的な商品を作りにくいことの裏返しであり、常にいろんな新しい人を巻き込みながら進み続けなければならないことはとても大変であることも想像できます。
また、ヒダクマにはいわゆる「森の専門家」がいるわけではなく、それぞれがそれぞれの興味関心の分野で森に切り口を作っていることが印象的でした。
どうしても自然が好きで森林に携わっていると、森や自然、またその自然の美しさを重視し過ぎたデザイン、また反対にデザイン的な観点が重視されない体験、製品、成果物が多い印象で、森に関わり得る人に対する自分のすべてのアウトプットも、「自然が好き」というフィルターを通してしまっていないか、森に関わる人の入口を常に開くものでありたいなと改めて認識をしました。
またヒダクマさんに伺う機会がありましたら、ぜひまた社有林を探索し、人を森に連れてこられるような体験や機会を一緒に考えられたらとても嬉しく思います!