人と山に向き合うために林業会社が取り組む非属人的仕事術
この記事は株式会社百森(以下:百森社)スタッフへのインタビューを通して仕事の効率化・仕組み化を探ります。アナログな林業界において百森社が積極的にデジタルサービスを導入するのは山と人に真摯に向き合い、良い仕事がしたいからこそ。インタビュー第1弾は百森社の産みの親とよばれる林業おかん・長井美緒です。
使えるものは何でも使うが無いものは手づくり
ーまず長井さんの百森社での役割を教えてください。
長井 私の肩書は山守(やまもり)総括です。名前のとおり、山守を総括する仕事です。百森社には山守という山林管理スタッフが2人います。それぞれが西粟倉村内の団地(村内に数多ある山林区画)を受け持ち、地権者との交渉・契約、伐採業者の手配、補助金の申請などあらゆる業務を担当しています。私は山守2人が少しでもスムーズに仕事ができるように裏方に回って業務のサポートをしています。バックオフィスから山守2人のお尻をペンペン叩くのが仕事ですね(笑)
ー自分が現場に出るのではなく現場に出る人のサポートに徹しているんですね。長井さんは林野庁での勤務も長く、林業畑のご出身ですが、百森社は未経験者も多い林業ベンチャーです。百森社の仕事観はどんなものですか?
長井 そもそも百森社の代表(田畑)がITベンチャー出身で林業未経験者なんですね。だから会社自体も業界の当たり前を踏襲しない(というかできない)素人集団の林業ベンチャーです。土台すらないので良いと思ったものはまずは試してみようとすぐに動く会社ですね。誰かが手を挙げ、物事を決めるまでのスピードが早い会社です。今まで私が所属していた組織は古く大きかったので「提案のための提案」や「会議のための会議」といった仕事も少なからずありましたから。
ー百森社は少数精鋭で業務が多岐にわたるので常に猫の手も借りたい状態ですよね(笑)だからこそデジタルサービスを積極的に導入する。林業界では先進的な印象を受けます。現場では最新の林業機械が並ぶけど、事務所ではいまだにWindows XPでインターネットエクスプローラーを使っている林業会社も珍しくありません。チェンソーや林業機械と同じでデジタルサービスもまた生産性を高めるための道具ですもんね。
長井 林業会社あるあるですよね。百森社では誰がどんな仕事をやっているか可視化するように注力していますね。誰が抜けても滞らないように仕事を進めないと山主さんや役場をはじめ、関わってくれる人たちに迷惑をかけてしまいますから。
長井 便利なサービスを活用するだけではなく、自社で林業用日報サービスまで開発してしまうのが百森社の面白いところですね。私自身はアナログ人間ですが(笑)自分たちが仕事をする中で既存のサービスでは満足できなかったからこそ「ないものは作ろう」とゼロから作ってしまう無謀さがあります(笑)西粟倉村に移住しドローン空撮による森林解析を提供するForest Eyeの張桂安さんとも協業して効率化に取り組んでいますよ。
働く場所や時間の自由度を高める環境づくり
ー長井さんの働き方も聞かせてください。百森社を訪れると長井家の子どもたちが元気に遊び回っている様子を見かけます。子ども2人が遊ぶ隣で長井さんがキーボードを叩いています(笑)子育ての真っ最中ですが、長井さんは百森社でどんな働き方をしてますか?
長井 もう無茶苦茶な働き方ですよ〜!でもその働き方を受け入れてくれるのが百森社の良いところですね。事務所にキッズスペースまで用意してもらって本当にありがたいです。スタッフの皆も子どもを可愛がってくれてますね。本来8時〜17時が勤務時間ですが、まずは朝8時に子どもたちと一緒に出社します(笑)そして、朝8時30分〜9時30分と夕方15時〜16時は子ども2人を隣町(鳥取・智頭町)の「森のようちえん」へ送り迎えするために途中抜けしています。毎日、車で往復2時間。これが大変っ!稼働時間が少なくなってしまうこともあり、家に仕事を持ち帰って子どもが寝静まった後にパソコンを開くこともありますね。
ーかつては同じ時間に同じ場所で働くことが当たり前でしたが、今や必須ではないですよね。Slackを使えばスマホでいつでも返事ができるし、毎度「お世話になります」と打たなくて済む。在宅しながらZOOMでミーティングもできるようになりました。
長井 子どもがいると家事や子育てもあるので独身時代のようには働けなくなりますからね。子どもが急に体調を崩して看病をすることも少なくありません。働く時間や場所の制約がある分、効率的に動かないと家庭も仕事も回りませんから。
担当者が変わっても品質は変えない仕組みづくり
ー百森社が効率化・仕組み化のために導入しているRedmineとDocBaseについて伺わせてください。
長井 Redmineはプロジェクト管理ツールです。山守2人が担当する施業現場をひとつひとつプロジェクト化して進捗管理を行うために使っています。現場によって納期やタスクはさまざまで、1ヶ月で終わる現場もあれば半年以上かかる現場もあります。所有者交渉から始めて1年以上の期間を費やす現場もありますね。山守は常に3〜4つのプロジェクトを回しています。すると、どうしても手つかずの仕事や納期に間に合わない仕事が発生します。天気の影響を受けて予定どおりに進まないことも多々あります。山守とは週に1度打ち合わせをしながら進捗状況を確認しています。私はプロジェクトを設計し全体を把握しながら「コレやった?」「アレやった?」とお尻を叩くことが役割ですね。
ーRedmineはいわゆるガントチャートとTO DOリストがセットになったサービスですね。スケジュール感とタスクが同時に把握できるのが良いです。タスクという言葉を使わずに作業をチケットという単位で管理しているのが面白いですね。プロジェクトに関わるメンバー間で「私の番は終わった!次は君の番だよ!」とチケットを手渡しするような雰囲気があります。
長井 Redmineと合わせて利用するのがDocBaseです。DocBaseは社内Wikipediaのようなマニュアル共有ツールですね。団地の設計方法から地権者との交渉手順、補助金申請の方法といった手順書やノウハウをなんでもかんでもデータベース化してます。分からないことは担当者に聞くのではなくて、分からないことはDocBaseを見れば分かるようにするのが狙いです。仕事の質を属人的にしない役割を果たしていますね。
ー仕事の品質を属人的にせず社内共有するって大切ですよね。小さな会社だと一人ひとりが担う役割が大きく、仕事が分業化されません。「あのお客さんは〇〇さんが担当」と任せっきりになりがちで社内共有されていない情報も多くあります。担当者が退職することになり慌てて業務を引き継ぐと「え、こんな仕事の仕方をしてたの!?」と驚くことも少なくありません。
長井 林業も同じで現場を属人的に管理する林業会社が多いんですよね。Excelを使っているならまだマシなほう。何年も前のボロボロの印刷物として残っているならまだしも、すべては担当者の頭の中なんてこともザラにあります。それでは担当者が変わった時に同じ品質の仕事ができないんですよ。
山と人に向き合うために属人的に仕事をしない
ー長井さんの仕事はいわば攻めのバックオフィスですね。定義を揃え、コミュニケーションを適切に促し、品質が偏らないような環境づくりをする。目の前の仕事がこぼれ落ちないように拾い続ける一方で、誰がいなくなっても回る強い組織づくりに直結しています。
長井 代表の田畑もよく言っていることなんですが、本当に時間をかける必要があるのは「いかに良い間伐をするのか」「良い作業道をつくるか」といった仕事なんですよね。そのために事務作業はとことん仕組み化して誰でもこなせるようにする。そのためにデジタルサービスも使い切る。現地に足を運び山の状況を把握したり、素材生産業者さんと話し合ったり、アナログだけど大切な仕事に集中するためにデジタルを活用したいですね。
ー林業界でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれて久しいですが、何のためにDXするのかを明確にしないと手段が目的化してしまいますよね。缶コーヒー片手に山主のおっちゃんに「調子はどうですか?」と挨拶する行為は一見非生産的に見えるけど、地権者との関係性の構築という点においては生産的であることも多いです。
長井 私たちの仕事は山林管理だけど、あらゆる山には持ち主がいますから。最後は人対人のコミュニケーションがすべてです。何度も何度も話を重ねて「そこまでウチの山のことを考えてくれるならアンタらに任せるわ」と言ってもらえることもありますから。
人の思いに寄り添いながら産業と生態系が両立する真の森林ゾーニングを探求したい
ー最後に、長井さんが百森社や西粟倉村というフィールドを通して今後やりたいことはありますか?
長井 山のグランドデザインがしたいです。山を持つ人や山に関わる人の思いをくみ取りながら、産業としても生態系としても理にかなった山のあり方を模索したいです。西粟倉村はそれができる規模だと感じています。大学院時代の修士論文は「人工林の施業方法による種多様度の違い」でした。これからの時代の森林ゾーニングとは何なのか、研究者の知見も取り入れながら長期計画を立て山を育てていきたいですね。そのためにはデジタルを活用して生産性を高めて、未来の山のあり方を考えられる時間を確保しないと。
ー全国の山々をフィールドワークし続けてきた長井さんらしい目標です。かつては木こりになろうと考えていた長井さんですから自分がグランドデザインした山を自分で世話できたら素晴らしいですね。
長井 すっかりおばさんになっちゃったけど、まだ木こりになる夢は諦めてないけんね!
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