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【実話怪談】その人をその人足らしめるもの

〈第一話〉

私は相貌失認症です。生まれつきそうだったもので、それが普通で当たり前の世界だと疑いもせずに育ちました。

ただ、人の顔を覚えるのが苦手、表情を読み取るのが苦手、それだけのことです。

同じ相貌失認症でも、きっと感覚には個人差があると思います。私の場合は、人の顔が覚えられないぶん、相手の声や仕草、立ち振る舞い、服の感じ、全体的な雰囲気を感じ取るのが上手でした。

私が今、保育教諭の仕事をしているのは、その能力を最大限に活かすことができるからです。

お子さまは生まれた時から個性の塊ですから、その全体的な特徴が際立ちます。

私はお子さまの些細な変化を察知する能力に長けており、クラスを眺めるだけで具合の悪いお子さまの動きが見えます。いつものその子らしくない動きが、違和感となって私にはよく見えるのです。いつもとは違う、些細な風邪症状も、傷も、私には違和感となり浮き出て見えました。もちろん、些細な心の動きも。

そんな私が中学生だった時の話。

クラスメイトのAちゃんは、クラスの人気者でした。当時引っ越してきたばかりの私が、1番最初に名前と動きとを結びつけて覚えることのできた、いわゆる目立つタイプの女子でした。今だと陽キャ、というのでしょうか。華やかで、休み時間などよく教室に響き渡る笑い声を上げて、クラスの誰よりも目立ち、友人も多く、異性にも人気があるようでした。私はというと、真逆の女子だったと思います。

二学期の、ある日のことでした。
教室に入った私は、強い違和感を感じました。
なんだろう、いつもと違う…一体何が?
ゆっくりと周りを確認していきます。
みんな、いつもと変わらないように見えました。

(気のせいかな…。)

そのまま席に座り、2時間目の休み時間、体操着に着替える時に、ようやくその違和感の正体に気付きました。

(あれ……?

そこにいるのは、誰?)

見たこともない女の子がいました。
その子が、Aちゃんの体操着を着ています。
髪型や、体操着袋などの持ち物、席は、Aちゃんと一緒です。
でも……顔はよくわかりませんが、それは、Aちゃんではありませんでした。

とてつもない違和感に、軽く目眩がしました。

Aちゃんが単に風邪を引いているとか、そんなことではない、強い違和感。思わずまじまじと、その得体の知れない誰かを眺めました。
その誰かが、発する声までもが、Aちゃんと一緒でした。

(だとしたら…私はなんで、あれがAちゃんじゃない、なんて思うの?)

頭に浮かんだ疑問に、自分が自分で恐ろしくなりました。その人をその人と認識する基準が、自分でもわかりません。その事実に深く恐怖しました。

それからは、Aちゃんを避けて過ごしました。私にとって得体の知れないそれが、やはり恐ろしかったのです。

その学年の終わりに、私はまた引っ越すことになりました。

最終日、クラスメイトからお別れのメッセージが書かれた色紙をもらい、帰宅してから何気なく、その色紙に目を通しました。
他愛のない、無難な言葉が書かれたメッセージの中に、それはあったのです。

「今までありがとう。こわかったよね、驚かせてごめんね。」

名前が書かれていないそのメッセージは、紛れもなく、Aちゃんの字でした。

これは私の実話です。

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