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愛犬が教えてくれたこと

 友人夫婦のところに次男坊くんが生まれました。
シェアしてくれた写真は、子豚ちゃんのような可愛いお顔、でも、もう足は立派なボストンテリアです。しっかりとした手首が、これからきっとお兄ちゃんに勝るとも劣らないやんちゃぶりを発揮して、友人たちをてんてこ舞いさせる未来を教えてくれています。
 
 そのお兄ちゃんといえば、彼は少しでもおとなしくしていることがあるのだろうか。と思うくらいのパワフルボーイ。
両親の愛情を120%うけて、この10年近くを過ごしてきました。
「親戚のおばちゃん」としては、何とも彼の「赤ちゃん返り」が心配です。
先輩面をしながら私の愛犬との思い出をシェアした時、彼女が教えてくれたことへの思いがまた湧いてきました。きっと半世紀以上も前の出来事。
でも、いつまでも鮮明に消えない私の大切な思い出です。

私が生まれた頃、

 巷では「名犬ラッシー」というアメリカのテレビ番組が大人気だったのだとか。いつの時代も人気の犬種というものが存在するのは御多分に洩れず、私の両親もそんなコリーを家族に迎えました。
私の記憶の中にはいつも彼女がいて、私がいないと探せば犬小屋で寝てたというエピソードがあるほど私の大切な「妹」でした。

 これからのお話は、いつのことだったのか、私も記憶が定かではありません。
それでも、私も大好きだった人気テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」に同じようなエピソードが出てきた時、驚きもせずにおんなじだ!と思ったことを考えると、きっと幼稚園生の頃の出来事だったのかもしれません。

我が家には

 その頃チャボがいました。小さな鶏です。
そのチャボは、時々卵を温めてひよこが生まれていました。
気がついたら鶏小屋にひよこがいた。そんな笑える経験を何度かしました。のどかなものですね。
そしてその時もひよこが生まれて、私はそんなひよこ達に夢中だったのだと思います。

 ある日、愛犬が私の元にやってきて一瞬目があったかと思いきや、すぐに近くに放していたひよこを食べてしまったのです。
私は慌てて口を開かせようとしました。しかしガンとして口を開きません。
すぐに叩いて怒りましたが、それでも何も変わりません。
私はどれぐらい格闘したのでしょう。何も覚えていないのですが、しばらくの間、力の限り彼女を叩いて口を開けさせようとしました。
そしてもうどうすることもできないと諦めかけた時、彼女はふっと口を開けてくれたのです。
私はすぐに口を大きく開けて、彼女の口からひよこを取り出しました。

 あの時に喉の前にいたひよこ。黒く濡れた羽根の塊を私は今でも鮮明に覚えています。
なんてことをしてくれたんだ!と怒りを感じながも達成感に溢れてた私ですが、その次の瞬間、彼女の悲しそうな上目遣いの瞳に私は自分の大きな過ちを悟り、私はすぐに彼女を抱きしめて号泣したのです。

 彼女は最初から食べる気なんてなかった。
喉の前にいた、傷もついていない濡れたひよこが全てを語ってくれていました。
彼女はただ、私の関心がひよこに向いていることを変えさせたくて私にちょっとした意地悪をしただけ。
落ち着いて目を移すと、濡れたひよこは何事もなかったかのように庭で遊んでいました。彼女はどんな思いで私に叩かれ罵られていたのでしょうか。
私はこんな半世紀以上経っても、あの日の彼女の瞳と、許すように私を包んでくれた柔らかな毛の温もり、優しい匂いを忘れることができません。それほど私にとって大きな経験でした。
 あの日、確かに彼女は私の人生にとって大切なことを教えてくれたのです。それは人の気持ちを慮ること。もちろん私が至らないことはたくさんあることを知っています。それでも、そういう気持ちをもって努めること。その大切さを、あの日彼女は教えてくれたのだと思っています。

 今日は私の誕生日です。
家族をはじめ、沢山の友人達に祝ってもらいました。そんな今の私の幸せの礎は全てあの日の出来ごと。半世紀以上の年月が経っても、愛犬への感謝が薄れることはありません。

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StudioHyacinth
1992年からのアメリカ暮らし、ボストンはそろそろ四半世紀になりました。 「取材」と称していろいろ経験したり、観光ガイドも楽しんでいます。 https://locotabi.jp/loco/hyacinth 応援していただけたらとても励みに思います。