夜明けに消えた約束
薄明かりの中、僕は駅のホームに立っていた。夜明け前の空気は冷たく、吐く息が白く浮かぶ。目の前を行き交う列車の音が、僕の心にざわめきを残す。
あの日もこんな朝だった。
「待っていてほしい。必ず戻るから。」
そう言って彼女は僕の前から消えた。僕たちの間に交わされた約束。それが守られることはなかった。彼女は二度と戻らなかったのだから。
あれから5年。僕はまだ彼女の面影を追い続けている。
「本当にこれでよかったのか?」
問いかけても答えはない。ただ、この街に留まり続ける理由は、もうその約束しかなかった。
「優也、また朝からここにいるの?」
ふと背後から声が聞こえた。振り返ると、幼馴染の理沙が立っていた。彼女は心配そうな顔で僕を見つめている。
「何となく、ね。」
曖昧に答えると、理沙はため息をついた。
「もう5年だよ。そろそろ前に進んでもいいんじゃない?」
「わかってる。でも…」
理沙はそれ以上何も言わなかった。ただ、そっと僕の隣に立ち、一緒に空を見上げた。いつもそうだった。彼女は僕に何も押し付けず、ただそばにいてくれる存在だった。
その日、いつものように家に帰る途中、僕は古びた喫茶店の前で足を止めた。「夜明け」という名前のその店は、彼女とよく訪れた場所だった。
「まだやっているのかな?」
引き寄せられるようにドアを開けると、中には懐かしい匂いが漂っていた。カウンターの奥で、白髪混じりの店主が微笑む。
「久しぶりだね、優也君。」
「覚えていてくれたんですね。」
「当たり前さ。君たち二人は常連だったからね。」
その言葉に胸が締め付けられる。僕たち—彼女と僕が、ここで過ごした時間は確かにあった。
「そういえば…」
店主は棚から一冊のノートを取り出した。それは来店した客が自由に書き込むメッセージブックだった。
「彼女が最後にここで書き残したものがあるよ。」
ページをめくると、そこには彼女の筆跡でこう書かれていた。
"優也へ…約束、きっと守るから。"
その言葉を見た瞬間、僕の胸に忘れていた感情が溢れ出した。
翌朝、僕は再び駅のホームに立っていた。しかし、今度は違う目的で。彼女の書き残した言葉に従い、僕は新しい一歩を踏み出す覚悟を決めた。
約束は果たされるものではなく、果たすもの。そう彼女が教えてくれたように。
夜明けの光が差し込む中、僕は列車に乗り込んだ。その先に何が待っているのかはわからない。でも、きっと大丈夫だ。
約束は消えたわけではない。その言葉が、今でも僕の中で息づいているのだから。