音楽考現学 「空気」が抜けていく。

 とかまあタイトルをつけると小難しいことを書きそうですがそんなことはないです。

 とっとと具体例を挙げます。ザ・ストリーツ(The Streets)というユニットがおります。天才と称されたマイク・スキナー(Mike Skinner)によるプロジェクトですね。彼の1st.『Original Pirate Material』と2nd.『A Grand Don't Come For Free』がとても素晴らしいことは良く知られるところです。「訛りがきつすぎて英語が聞き取れない」と言われていました。

 リリース当時の2004年には2nd.が最高傑作とされました。アルバムを通して描かれるストーリーの豊かさ、鮮やかな色彩がUKガラージというという音楽ジャンルを軽々と超えた完成度を誇りました。2004年、彼を評するのにボブ・ディランが引用されていました。

 20年を経て聞き直すとまた少し異なった印象を受けました。どちらかというと音に統一感がある1st.に好感が持てます。2nd.がドラマチックだったのに比べると1st.は単調な印象を持っていました。反対に2nd.アルバムは聴いていて散漫に感じてしまいました。オーディナリー・ボーイズ(The Ordinary Boys)とかちょっと小っ恥ずかしい。20年経つと再発される機会があるもんなんですが、レコードで欲しいと思ったのは1st.のほうでした。

 これは俺のリスニング環境によるところも大きいでしょう。現在音楽を聴くほとんどが自動車の車内だから、サウンドが似通っているほうが心地よい、という可能性があります。

 それともう一つ、「当時の空気感」があります。クセ(おもに訛り)の強い才人による、待望のニューアルバム。これまでのスタイルに固執しない、ポップミュージックとして素晴らしい強度を誇るアルバムの完成ってなもんです。

 20年経つと空気感を思い出すのが難しくなってくる。それでいてサウンドは同じに鳴る。最近これが面白いです。単に俺も歳をとったということですね。最近聞いてみて印象的だったのはレディオヘッド(Radiohead)の『Kid A』。当時は「レディオヘッドはシリアスに聴く」というのがトレンドでしたから、皆こぞって音の行間を読もうとしていました。20年経つとさすがにその作法も忘れられていて、とても心地よいサウンドが残っていたという。

 俺たち世代にとって神戸連続児童殺傷事件はけっこう深刻なんですよね。今思い出すとアホらしいけど「サカキバラは自分だったかもしれない」という"感じ"にそれなりのリアリティがあったんですよね。レディオヘッドをシリアスに楽しむ背景にはこういう感傷?があります。

 それからアメリカ同時多発テロ。ていうか2003年のアメリカによるイラク侵攻かな。先制攻撃を正当化したのって稀有なんですよ。なんなら史上初かもしれない。

 2000年前後はあっけらかんとしていて、いっぽうで翳りがありました。それはリスニングにも影響しています。心構えに影響してるというべきでしょうか。で、20年を経てその心構えは風化しました。ストリーツの2nd.を名作に押し上げたのはトホホだけど最終的には前向きになれるストーリー構成が「あっけらかんでいたいのに時代が許してくれない」心象に突き刺さったからなのでしょう。

 話があっちゃこっちゃしてますが、聴く態度がかなり異なっているわけですのでいい作品・そうでもない作品も当然異なってきます。そういうことなんだろうと思います。

 それこそわかんないのが"ストリングス・オブ・ライフ"。これはリリース当時の空気感を知らないんですよ。テクノ全体においても屈指の名曲で、「リリース当時は一晩に7回も8回もプレイされた。そしてその度に涙を流す者がいた」ってほんとかよ。誇張があるにしても一晩に何回かプレイされていたんでしょう。今、そういう曲はほぼないんじゃないかな。同じ曲をかけるは軽くタブーになってるし。外タレDJだと「この曲はかけないでねリスト」が事前に配布されるらしいし(その外タレがプレイするため)。と、いう感じで「一晩に何度もプレイされた」ってだけでもものすごいインパクトだったんだろうなと思います。

 これ、最も気軽に聞けたのがStrings Of Life じゃなくてStrings of The Stings of lifeってバージョンだったからてのもその理由な気がしますけど。このバージョンだとしっかりキックが入っていないんじゃないかな。だからドライブ感がうまく伝わらない気がします。これはこれでいいけど。DJツールな側面が強い気がします。

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