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もはや中流ではない――第2次トランプ政権とアメリカの「今」

「アメリカはもはや中流社会ではない」――2024年の大統領選の結果が出た瞬間、そう思った。今回の選挙では、カマラ・ハリスが各種人権の保護・拡大を訴えるのに対し、ドナルド・トランプはインフレの解消や不法移民の排斥を掲げたが、有権者は後者に傾いた。ペンシルバニア州やミシガン州など、選挙の命運を左右すると言われた7つの「スイング・ステート」は、すべてトランプを支持した。

この結果は、人との「共生」よりも「他者」を排除してまでも自分を守ろうという「保身」の傾向が強く出たものと思っている。その裏には女性、有色人種、クィアな人々への「ヘイト」や、ガザ/イスラエルやウクライナ/ロシア問題に対する不満もあっただろうが、日々アメリカ人と接していると、経済的理由からトランプに票を入れた人々のことが目についてならない。そうした国民の多くは、(良い)仕事に恵まれず、貯金を切り崩し、手取りの収入でやっと日々をしのぐ生活を強いられている。トランプの言動が好きでなくても、彼に一票投じざるを得ないと思った人たちが意外と多い。

そんな現状を見ると、アメリカはもはや「中流社会」ではなく、「下流社会」もしくは「低所得者社会」になってしまったのではないかと思えてくる。まず、ガソリンから卵まで、物価が依然コロナ前の価格に戻り切っていないため、ホールフーズ・マーケットのような「高級スーパー」はおろか、トレーダー・ジョーズのような比較的値段が良心的な食品店でも買い物できず、仕方なく値段格安のウォルマートやダラーストアへと足を向ける。貯蓄は、クレジットカードに依存する習慣も手伝って、ほとんどない。以前なら我が家を持つことが「中流」のシンボルだったが、不動産の価格がここへきてまた上昇している現在、マイホームに手が届かない。

さらに、「中流」なら高等教育を受けていることが一般的だったはずだが、学費の高騰により、子供を大学にやることがもはやままならない状態だ。学生1人につき一年間で6~7万ドル(約930万〜1094万円)かかる学費・生活費をどう賄えばいいというのか?(ちなみにタフツ大学やウェルスリー大学ではそれが9万ドル、つまり約1400万円を超えてしまった――注1)仮に奨学金をもらえたとしても、ローンを組んでそれを卒業後に支払い続けなくてはならず、「大卒」の箔が無事職へとつながるのか、仕事の給料がそれまでにかかった教育費に見合ったものなのか、など不安が重なる。今回の選挙では、高卒以下の層(特に男性)がトランプを強く支持したようだが、そこにはこの「教育格差」に対する不満や怒りも反映されていることは間違いない(その一端は、例えば大学への進学を諦めざるを得なかった者が、学費のローンを免除するバイデン政権の政策に対してどう思っているか想像してみればわかるかもしれない)。

このような苦しい経済・社会事情は、確かにここ数年悪化している節もあるが、長期的な傾向によるところも大きい。例えば、科学技術の発展とともに作業がオートメーション化され、企業は中国やメキシコなど海外からの輸入に依存するようなビジネスを展開している。その煽りを受けて国内の工場は閉鎖し、その周囲の町の景気が廃れてきた。政治学者ロバート・パットナムが書いた『孤独なボウリング――米国コミュニティの崩壊と再生』(柏書房、2006年)という重要な本があるが、そこでは1960年代以降、教会、市民団体、家族などを通した人同士のつながり(ソーシャル・キャピタル)が年を追うごとに衰退してきたことが指摘されている。現在は、SNSの台頭と共に、フェイクニュースや陰謀説を盲信する「マージナル」なコミュニティが、アメリカの「衰退」に対する不満や怒りを爆発させている。

政治がここまで分断し、価値観が分化してしまった現在、アメリカを「総中流化」させるのは難しいし、非現実的ですらある。以前なら、日本のような国と比べたらアメリカは4年ごとに「変化」するダイナミックな国だと思えただろうが、今のアメリカは、二大政党の拮抗が逆に足かせとなっており、長期的な経済政策を組むことはまずできない。おそらく救いは、建設的な意思決定を望む政治家や一般人が左にも右にもまだ存在することだ。そうした者たちが手を取り合って支持層を広げ、時には妥協も辞さず政策を打ち出してゆかなくてはならない。それこそが、「保身」から「共生」へと道を戻す方法ではないだろうか。

注1:Zenebou Sylla, “Some New England Colleges and Universities break $90,000 Barrier for Total Cost in Upcoming School Year,” CNN.com, March 27, 2024 (https://www.cnn.com/2024/03/27/business/college-tuition-new-england-ninety-thousand/index.html

<参考文献>
『孤独なボウリング――米国コミュニティの崩壊と再生』(柏書房、2006年)。原書はRobert D. Putnam, Bowling Aline: The Collapse and Revival of American Community (Simon & Schuster, 2000).

<画像>ノースキャロライナ州でトランプ支持者にインタビューを行うグッド・ライアーズのダヴラム・スティーフラー
https://www.youtube.com/watch?v=TuCWvzL58tM

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