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一ヶ月経ったなあ、という話

何だかあれよあれよという間に一ヶ月過ぎてたよ、という話です。見出しで察しろ。

正直今に至るまで喪失感みたいなものはあんまり無くて、神楽EP30?29?そのあたりで切断の話をした時にはボロッボロ泣いてたんですけどそれ以降はそういうの全く無かったです。勿論寂しいのはずっとそうで、アプリも消せないままホーム画面に残ってるんですけど開いたのは確か9/1が最後(デイトラは直リンで見てるので)でした。繋がらないのが解ったうえで開くのは虚しくなってきて余計辛いのがわかったので。つまり悲しさをあんまり感じてないのかなぁ、と思います。社畜ライフで感情が摩耗してるとかそういうことではない……と思う。多分。だってシュタゲゼロのアニメラスト3話くらい毎週涙ぐんでたし。

こういう気分の時によく思い出すのが小学生の頃の事で。
当時の僕は今よりかなりグレードの高い陰気でヘタレでどうしようもないガキで。小2の頃の担任の先生はそんな馬鹿に根気よく付き合ってくれたとても良い方で、有り体に言えば恩師の一人なんですが、小6の時にその先生が癌でお亡くなりになったんですよ。
担任だったのは小2の1年間だけで、その後2年間はクラスは違ったんですが学年担当。で、翌年に他の学校に転出されたので1年とそこそこ経って久々に聞いた話が訃報だったんですね。少なからずショックはありましたし、その後に同学年の一同と保護者連れだって墓参りに行ったのですけど、実際に墓の前で手を合わせてみても悲しいとかそういう感覚が無かったんですよね。実感が無い、というのとも何か違って、ただただ何か終わってしまったんだなぁ……みたいな感じで。何なら帰り道で食べたチキンナゲットのことや、友達の持ってたヨーヨーのほうが印象に残ってる始末。その頃から、「自分は人のことで悲しめない冷たい人間なんだなぁ」と思いながら生きてきました。今でも変わりません。
これを読む中に優しい方がいたら、もしかしたら「お世話になったとは言っても他人だし、身内の事ならまた違うかも」なんて言ってくれるかもしれません。でも同じでした。母方の祖母と祖父が亡くなった時も似たような感覚でした。なので多分、誰が相手でもきっとそうなんだと思います。

まぁ、彼女は死んだわけでもないので同じように並べて語るのは何か違うんですが。

そんな僕でも……というか、だからこそ感じていた不安とか焦燥みたいなものもありまして。
こんな性格なので、多分僕はもう二度と何の連絡も取れなくても普通に過ごせる。過ごしてしまえる。そうやって「そんな事もあった」なんて時々思い出すだけの存在になって、その頻度も減っていつか忘れてしまう。それでもきっと何事も無かったみたいに生きて行ってしまう。それが耐えられないくらいに怖かった。
だって大事なんですよ。絶対に失くしたくないんですよ。それなのに、失っても平然としていられる自分が容易に想像できてしまうのが辛かった。それが誰にとっても生きていくために必要な機能なのは判ってるのだけれど、しんどいものはやっぱりしんどい。
そんなもんなのでちびちびとスクショ撮ったり録画したりしたいと思いながら、それを見返すことを考えたら嫌になってしまって何もしない……みたいなことが続いたのが7月終わり~8月頭でした。こんなんじゃ駄目だな、と思いつつ何をするわけでもない、特に解決策も無い。

だけどソラノキヲク聴いて、これでもまぁ良いのかな、って思えたんですよ。
もしもいつか忘れてしまったとしても、無かったことになってしまうわけじゃない。それなら今大事に想ってることだけを信じてもいいのかな、って。
それに何よりも、彼女はソラノキヲクが大好きだって言っていたから。
塔の外へ旅に出た少女のことを彼女が信じてくれているなら、後は僕が自分に納得出来るかどうかだと思ったので。
意味がわからない?わかられたら困ります。本当に。

実際にこの一ヶ月で思ったのが、いつの間にか自分の周りには思い出がいくつもあるなぁ、ということでした。それは物だったり場所だったり出来事だったり人だったりするんだけど、そういうものがある限りは当面自分は何とかやっていけるのかなぁ、と思います。
多分もう既に自分の中で形が変わったり忘れてしまったものもあると思うけど、そういうことも含めて、いつか笑って話せたらいいな。noteもそのために書き始めたところがあるし。何せ忘れっぽいので。……でもこれ、後から読まれたらさすがに恥ずかしいかもしれない。まぁいいか。

今月はオルゴールだし、また何か気持ちが変わるところもあるかも知れない。もしかしたら一気に決壊してボロボロ泣いてるかもしれませんが、そういうのも言葉になる限りは残しておきたいなーと思います。まぁ、今のところは。

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