another morning with you
例えば、コーヒーを一口飲むだけでも君のことを考えるんだ──実際にそう言ったら、君は「大袈裟だよ」って言うかも知れない。けど、本当のことなんだ。それに限らず、何をしてたって頭の何処かにはいつだって君が居て……あれ?じゃあコーヒーは別に関係ないか?
まだ熱いブラックコーヒーを一口啜って、そんなことを考えていた。有楽町線飯田橋駅を出てすぐの交差点、有名コーヒーチェーンの前。約束した待ち合わせ場所に、彼女はまだ来ていなかった。それも当然で、まだ約束の時間まではだいぶ余裕がある。万一遅れてしまって待たせるのは嫌だと思って早目に来たのだけれど、いくら何でも早すぎたかも知れない。年の瀬の空気はよく冷えていて、コーヒーで温められた息は外に出た途端に視界を白く染める。……まぁ、この寒い中で待たせるよりはずっと良いかな。
携帯が震えているのに気付いて確認すると、彼女からメッセージが一件。
”ごめんね、ちょっと遅れちゃぅかもヾ(。>﹏<。)ノ゙”
ふむ、何かトラブルでもあったかな?とは言え文面を見る限り、そこまで深刻でも無さそうなので「焦らなくて大丈夫だから気をつけて来て」とだけ返信しておく。もう一口飲んだコーヒーは、早くも温くなり始めていた。彼女はいつものように短めのスカートで来るんだろうか。何度聞いても大丈夫だって言われるし、実際大丈夫そうではあるんだけどここまで寒いとやっぱり心配になるのは仕方ないと思う。時期が時期だし、ロングスカートなんかでも可愛いと思うんだけどな……とは言いつつ、脚が見えてるとそれはそれで嬉しくなってしまう……いやだけど他の奴が見てくるのは駄目なので困るな……それもこれも全て彼女の可愛さに理由があるわけで俺の恋人が可愛すぎて困る……。
口をつけたコーヒーがすっかり冷めていたので、そんな益体もないことを考えてる間にそれなりの時間が過ぎていたことに気付いた。約束の時間まではあと少し、彼女の顔が見られるまではまだかかりそうだ。焦る必要は全然無い。今日という一日は、まだ始まってもいないのだから。冷たいコーヒーを一気に飲み干して、大きく息を吐いた。
ああもう、困ったなあ……どうしよう……。
今日のわたしは、朝起きてからずぅーっと悩んでます。ううん、本当は昨日の夜にはもう悩んでたんだけど。すっごく楽しみにしてたデートの日だし、ちょっとだけ特別な日だから、一緒に居て恥ずかしくないように目一杯おしゃれしなきゃ!って思って神楽ちゃんやアーヤさんにも相談して、お化粧の練習したり色々考えたんだけど、お洋服をどうしようか決められなくて……せっかくの特別な日なんだし、大人っぽく決めていけば隣に並んでも見劣りしないかな?見違えたよ、なんて言ってもらえるかもヽ(•̀ω•́ )ゝ✧でもでも、わたし元々が子供っぽいみたいだし、似合わないって思われたらどうしよう……やっぱり可愛い系の服にしたほうが、おかしくならないかな?だけど、それで子供っぽく見えちゃったら嫌だな……なんて気持ちが頭の中でぐるぐるして、もう目が回っちゃいそう。どんな服がいいかな?ってそれとなく聞いてみたんだけど、「きっとどっちも似合うよ」なんて言われちゃった。わたしはどっちがいいか選んで欲しかったのに、そんなこと言われたら困っちゃうよね。似合うって言ってくれたのは、嬉しいけど(/ω\)
きっと、少し前までのわたしなら、こんな風に悩んだりしなかったんだろうな。それに、ドキドキもワクワクも無かったと思う。今日みたいな日にも何とも思わずに過ごしてたかも……そう考えたら、わたしも少しは成長したのかな?してるはずだよね、うん、きっとそう。誰から見てもお似合いだねって言われるような素敵な大人になるんだから、今からステップアップしなくちゃいけないよね。だから、今日だってちゃんと大人のデートを……あれ?大人のデートって、どういうのだろう?うーん……タキシードとドレス着て一緒に踊ったり、ピアノの曲が流れてるお店でお酒を飲んだりするのかな?どうしよう、わたしまだお酒は飲めないし、踊ろうとしたら転んじゃうかも。それにドレスも持ってないし……丈の長いワンピースとか着れば、それらしくなるかなぁ?何を着たらいいか聞いてみようかなぁ。
──って、そう!着て行く服!
もうこんな時間、考え事してる場合じゃなかったよ!ああもうどうしよう、このままじゃ遅れちゃうかも知れないし、とりあえず連絡しなきゃだよね……えっと、ちょっと遅れちゃうかも、っと……。わ、もう返信来た。もう待っててくれてるのかな?早く準備して行かなくちゃ──うん、決めた。これにしよう!急いで着替えて、寝癖付いてないか鏡見て、忘れ物無いか確認して、お気に入りのコート着て──薄着して風邪引いたりしたら心配させちゃうもんね──よし、行こう!
こうして小走りで待ち合わせ場所まで行く間も、今どうしてるかな、ってずっと考えちゃう。今日は寒いし、温かいコーヒーを飲みながら待ってくれてるかも。もしそうなら、一口だけわたしも飲ませて貰いたいな。苦いのはちょっと苦手だけど……でも、そんな気分なんだ。
ああ、早く会いたいな。顔見たら、何て言おうかなぁ。
──もうそろそろ来る頃かな。
何か飲み物でも買っておこうか。焦らなくていいって言ったけど、きっと彼女は急いで来るだろうから。コーヒーをもう一杯……いや、キャラメルラテとか甘いほうがいいかな?両方用意して、片方は自分で飲めばいいか。うん、そうしよう。
さて、彼女が来たらまず何を話そうか。よく眠れた?とか、今日はよろしくね、とか、今日も可愛いね、とか──いや、これはちょっと恥ずかしいから言えない気がするけど。
「「でも、きっと顔を見たら、今考えてることなんて全部飛んで行っちゃうんだろうな」」