「行旅死亡人」

約8ヶ月前に書いた戯曲『行旅死亡人』(こうりょしぼうにん)を公開します。
元々戯曲賞に応募したもので、しばらくは誰にも見せる気にならなかったけど、なんとなく公開しようと思ったので、良かったら読んでください。
今読み返してみると面白いところと面白くないところが色々あって、賞の〆切ぎりぎりに下北沢のガストで朝5時まで籠って一気に書き上げたことを思い出す。そのあと大学時代からまあお世話になりまくっている新宿南口のキンコーズで学生時代よろしく徹夜して印刷して、7部も刷らなきゃいけなかったんで印刷代がとんでもなくかかって、でもどうやらこれで応募には間に合いそうで、嬉しくなって、深夜2時頃これまたキンコーズ作業終わりによく行った南口のカラオケ歌広場に行って、休もうと思いつつもテンション上がってひとりで歌いまくって、始発に乗ろうと外に出たら小雨が降ってて、戯曲が濡れないように、傘をさしながら大切に紙袋を抱えて帰宅して、3時間くらい寝たあと起きて、郵便局行って速達で分厚い台本たちを送って、1時間くらい寝たあとバイトに行くために起きて、スッキリの水卜アナの占いコーナーを観てたら牡牛座が一位で、「絶好調!なんでもうまくいきます!」と書いてあって、クソ眠いけど最高な気持ちでバイトに行って、一日過ごした。まあ、賞には落ちましたが。
そんな感じの内容とは一切関係ない思い出がある戯曲です。
できあがるまで難産だったけど、最終的にはもう自分らしく書けばいいやと思って書いてたな。
よかったら暇つぶしにでもどうぞ。そして、上演したいという奇特な方がいたらご一報ください。上演を考えて書いてなかったから(だから落選するのだ)、演出家が上手にイマジネーションで解決してくれるだろうと、部屋が奥に消えるみたいな自分勝手なト書があったりしますが、気にせずに。気にするか。何はともあれどうぞ。

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「行旅死亡人」


パート1


部屋がある。こたつ、ベッド、冷蔵庫、棚などがある。
こたつの前には女が一人座っていて、なだらかに膨らんでいるベッドを眺めている。
しばらくするとインターホンの音が鳴る。

マリネ はーい。

立ち上がり、舞台袖へドアを開けにいく。

マリネ 元気にしてた?

話しながら男が一緒に部屋に入ってくる。手にはケースに入ったスーツ一式。

グンジ うん、まあなんとか。久しぶり。
マリネ ねー。最後に会ったのは四ヶ月前くらいかな。
グンジ まあ会ってるほうなんじゃない。
マリネ いまお茶淹れるね。
グンジ 言われた通りスーツ持ってきたけど。
マリネ ありがと。そこに掛けといて。
グンジ (適当な場所を見つけてスーツを掛ける)なんで持ってこいって?
マリネ あー。あとで説明するよ。
グンジ そう。(身震いして)え、この部屋寒くない?
マリネ そんなに厚着してるのに寒いの?
グンジ これ見た目の割に薄いんだよ。暖房つけていい?
マリネ ダメ。テレビならつけていいよ。

マリネ、はける。
グンジ、腰を落ち着け、納得いかない様子でテレビを点ける。

グンジ あ、仮装大賞やってる。

マリネ、お茶とナンをトレーに載せて持ってくる。

グンジ なんだこれ。
マリネ ナンだよこれは。
グンジ いやだからなんなんだよってナンかこれは。
マリネ ナンなんですこちらは。
グンジ なんでナンなんだよ。
マリネ なんというかね、見てこれ。

マリネ、冷蔵庫からナンを取り出す。そのパッケージには大きく「ナーン」と書いてある。

マリネ スーパー行ったらこれがあってさ。ナーンって書いてあるのよ。ナーン。変じゃない?
グンジ あー。
マリネ ナンの正式名称ってナーンなんだよ。
グンジ あー。
マリネ そんな認知されてないだろうに、こんなに自信ありげに大きな字でナーンって書く?ありえナン。
グンジ え、それだけで買ったのかよ。
マリネ うん。こんな自信ありげにされたら買わないわけにいかなくて。
グンジ カレーは?
マリネ ないよ。
グンジ なんだそりゃ。
マリネ ナーン。
グンジ ナーンじゃないよ。
マリネ え、仮装大賞観てるの?
グンジ うん。点けたらやってた。
マリネ 私さー、仮装大賞苦手なんだよね、昔から。
グンジ は。
マリネ なんか、こそばい。
グンジ こそばい?
マリネ 見てるとむずむずすんだよね、なんか。
グンジ なんでだよ。
マリネ いや、あれさ、老いも若きもみんな、顔を黒やら青やらめっちゃ塗りたくってさ、おまけに全身タイツ履いてモジモジくんみたいになってさ。で、合格点もらったら、ワーッて一斉にワラワラ出てきてさ。モジモジくんが。大量に。なんか、こそばい。
グンジ はー?
マリネ わかる?
グンジ わかんねー。
マリネ なんだろ、なんかさ、おばさんなんだよね。仮装大賞はおばさんなのよ。

仮装大賞の採点の効果音が流れ始める。だけど不合格。

マリネ あー。ダメか。あーでもホラ、泣いてる子供出てきた、泣いてる子供。泣きモジくん。
グンジ お前何言ってんだよ。
マリネ 審査員はこういうのに弱いのよ。多分この泣きのモジモジで追加点入るよ。仲間由紀恵あたりが入れんのよ。

ピッ、ピッ、と二点入り、合格。

マリネ ほらね!言ったでしょ!もー、なんなのよ。公平にやってほしいよ。欽ちゃんもさ、甘いんだよ。
グンジ お前はしゃぐなよ。賃貸だろここ。苦情くるぞ。
マリネ あーあーあー。
グンジ だからうるさいよ。(ナンを食べて)うわ、味しな。
マリネ あーあーあーあーあーあーあー。
グンジ だから何だよ。
マリネ お母さん死んだ。

間。グンジは食べかけのナンを飲み込む。

グンジ は?
マリネ だから、お母さん死んだ。
グンジ …。
マリネ マイマザーイズデッド。
グンジ お前の母さん、いま何してるんだっけ。
マリネ なんか、スーパーで働いてたらしい。
グンジ いつから連絡取ってなかったんだっけ。
マリネ 高校卒業してからはもう。縁切ったつもりで生きてた。
グンジ …なんで死んじゃったの?
マリネ 階段から落ちたんだって。
グンジ そっか。
マリネ うん。
グンジ 病院行った?
マリネ うん。
グンジ そっか。
マリネ …いまなんて言ったらいいか分かんないんでしょ。
グンジ うん。正直。
マリネ だよね。私も何言ったらいいかわかんない。
グンジ …。
マリネ 私がせいせいしてるって思ってる?
グンジ え。
マリネ してるよ。
グンジ …。
マリネ 最悪な母親。死んで当然。つまんねー死に方しやがってよー!!
グンジ …。
マリネ ナーン。
グンジ …。
マリネ って、思った。
グンジ そっか。
マリネ うん。

間。

グンジ お葬式は?
マリネ ん。
グンジ 通夜とか葬式とか。どうするんだよ。マリネが喪主やることになるよね。
マリネ まあ、そうですね。
グンジ いきなり大変だな。
マリネ グンジ。
グンジ 何。
マリネ お願いがあるですぞ。
グンジ ムック?
マリネ 私と一緒に、お母さんのお葬式してくれないかな?
グンジ え。
マリネ …。
グンジ あ、葬式の手伝いってこと?ああ、もちろんやるよ。雑務とかなんでもやるけど。
マリネ 違う。お葬式を私と一緒に開いてほしいの。ここで。
グンジ は?ここ?
マリネ うん。
グンジ え、あ、まあ、昔だったら故人の家で葬式やるのって普通だと思うけど、ここお前のマンションだし。
マリネ だから違うって。私がお母さんのお葬式を自分の手でやろうとしてるの。この部屋で。その手伝いをグンジにしてほしい、ってこと。
グンジ え。
マリネ 本当に、急なお願いでごめんだけど。
グンジ えー、つまり普通の、普通の?お葬式をしないってこと?
マリネ うん。
グンジ 式場も借りないってこと。
マリネ そう。
グンジ え、できるの?
マリネ できるかどうかは知らないけど。
グンジ えー。
マリネ でさ。あの、ちょっと今から腹筋して。思いっきり。
グンジ は。なんで?
マリネ いーから。

グンジ、マリネに促されて床に寝かされる。マリネはグンジの足の上に座り、ロックする。

マリネ どうぞ。
グンジ いやいや、なんで?
マリネ いーから。

グンジ、渋々腹筋を始める。

マリネ 思いっきりだよ。はい、いーち。なんかさ、お母さん、私が高校卒業してからすぐ、にー。今のスーパーで働き始めたんだって、さーん。あんな母親だからキャバクラで働くのかなっててっきり思ってた、しー。でもコツコツコツコツまじめに週、ごー。で働いてたんだって。あの人きっとなんも趣味とかなかったんだ、ろーく。そうじゃなきゃそんなスーパーなんかに毎日いられないだろう、しーち。きっちり週5で毎日朝10時から夜6時まで、はーち。時間働いてたって。しかも880円で、最低賃金より下なんだよ、きゅー。料。なんだよそのスーパー。いつも黙々と働いてて、友達とかもいなくて、下の名前とか覚えられてなかったんだって。他の、じゅー。業員の人にも。
グンジ これ、いつまで、やればいいの。
マリネ もういいよ。立って。

マリネ、グンジの足からどいてやる。グンジ、ひどい息切れをしながら、立つ。

マリネ グンジ。
グンジ (まだ息切れしている)

マリネ、布団のカバーをめくる。そこには女が寝ている。

マリネ お母さん。
グンジ は、
マリネ お母さん。
グンジ (何かを言いたそうにするが、息切れ)
マリネ 病院で、お母さんどうしますかって聞かれて、私がいりませんって言ったらお母さんどうなるんですかって聞いたら、遺族の方が引き取りを拒否する場合は、こちらで遺体をお預かりして、直葬することになりますって言われたのね。で、直葬ってなんですかって聞いたら、お葬式しないで、そのまま火葬場行って、焼いて、お骨になったら、無縁塚に持ってかれて、他の身寄りのない人の骨と一緒に混ざって、それで終わりなんだって。


マリネが説明している間にもグンジは息切れしている。

グンジ なんで、急に、腹筋、
マリネ いきなり運動して身体が一気に疲れれば、死体がここにあるのを見てもそこまでびっくりしないかなと思って。
グンジ …。

マリネ、グンジに茶を飲ませる。グンジ、やっと一息つく。

マリネ びっくりした?
グンジ …したけど、確かに、息切れしててそれどころじゃなかった。
マリネ させといてなんだけど、たかだかちょっと腹筋したくらいでそんな息切れする?
グンジ めちゃくちゃ、運動不足だから。え、てか、それで、お母さん引き取ってきたのかよ。
マリネ うん。衝動的に、持って帰りますって言っちゃって、持って帰ってきた。なんかマックにいる気分になったよ、その時。持ち帰りしますって。
グンジ 遺体はハンバーガーかよ。
マリネ 違います。ごめんなさい。
グンジ お母さん、死んでるんだよな。
マリネ もちろん。
グンジ 寝てるみたいだな、本当に。
マリネ ありきたりなこと言うね。
グンジ しょうがないじゃん。
マリネ でも、私もそう思ったよ。お母さんの寝顔なんて、ほぼ見たことないんだけど。なんか、年取ったんだな。お母さん。当たり前だけど。

間。

グンジ ちょっと嫌なこと聞いていい。
マリネ それダメって言えないやつじゃん。
グンジ あんなにお母さんのこと嫌いだったのに、その直葬っていうのにはしなかったんだ。
マリネ うん。
グンジ もう二度と会いたくないって言ってたのに。
マリネ うん。言ったけど。なんか、お母さんが誰にも知られずにひっそり燃やされて、その骨が誰とも知らない人たちと一緒になって、跡形もなくなったところ想像したら、私の気が済まなくなった。表現しづらいんだけど、ずるいって思った。
グンジ ずるい?
マリネ うん。なんかね。ずるいって。そんなことさせないって思った。お母さんムカつくから、ムカついてたから、私の手で葬ってやるって気持ちになった。わかる?
グンジ うーん、わからん。
マリネ 私もよく分からないんだけどさ。私なりの復讐ってやつかな。
グンジ そっか。

間。

マリネ で、ちょっと手伝ってくれる?
グンジ え。
マリネ お葬式の準備。
グンジ え、いや、ちょっと待って。まだ状況が飲み込めてないよ、俺。
マリネ だよね。
グンジ そもそもここまでどうやって持って帰ってきたんだよ、お母さん。
マリネ おんぶしてきた。
グンジ えー。
マリネ だから腰が痛いんだよ。遺体だけに。
グンジ 笑えねーよ。
マリネ 笑ってよこんな時くらい。
グンジ 無理だよ。
マリネ 私とお母さんのこと知ってるの、グンジしかいなかったんだ。
グンジ …。
マリネ ごめん。無理だったらいいよ。

長い間。

グンジ 終わったら、なんかしてくれる?
マリネ え。
グンジ 飯おごったり。
マリネ もちろん。
グンジ 冗談だよ。別になくてもやるよ。俺、おばさんには何回か会ったことあるし。…確認しておきたいんだけど、犯罪行為にはならないんだよね?
マリネ うん。今の所。死亡届もちゃんとあるし。
グンジ そっか。
マリネ グンジ。
グンジ 何。
マリネ ありがとう。
グンジ いいよ。

仮装大賞のメインテーマが流れる。

マリネ さて。仮装大賞も終わったことだし。やりますかー。(マリネ、テーマに合わせてウキウキ踊りだす)
グンジ おい、人が死んでるのにウキウキ踊るんじゃないよ。
マリネ うるせえー。
グンジ で、まず何をどうすんの?てか、葬式ってまず何すんだよ。
マリネ まあ、棺桶はとりあえず必要だろうね。むき出しってのもなんだし。
グンジ 棺桶か。いくらくらいすんのかな。
マリネ あ。

マリネ、冷蔵庫へ駆け寄る。

マリネ これにしよう。
グンジ は?
マリネ 棺桶。これにしよう。
グンジ 冷蔵庫?え、どうやって?
マリネ 中のもの全部出して、棚とか取って、上下貫通させれば入るかも。この冷蔵庫大きいし。
グンジ いやいや、ちょっとそれは。
マリネ この冷蔵庫さ、私が実家出るとき、唯一持ってきたやつなんだよね。だからこんなでかいの。
グンジ あー、そういえば見覚えあるかも。
マリネ お母さん、ほとんどリビングにいない代わりに、キッチンにはいたんだよね。料理とかよりも、ほとんど換気扇の下でタバコ吸ってたけど。だから、この冷蔵庫にタバコの箱はっつけて、いつでも取り出せるようにしてた。だから、お母さんと冷蔵庫ってなんか私の中でセットでさ。ピッタリかも。
グンジ そうは言ってもなー。
マリネ ちょうど白いし。冷やせるし。
グンジ おいおい。
マリネ 言ったでしょ。大事なのは、私の手でお母さんを葬ることなの。
グンジ だからって冷蔵庫って。
マリネ よし。そうと決まれば、中の食材を使い切ろう。
グンジ え、今から?
マリネ うん。お葬式で、故人を悼んでみんなで会食するでしょ。その代わり。

マリネ、冷蔵庫を開け、中身をぼんぼんと床に出していく。

グンジ おい、こんなに食えないよ。
マリネ こんなことになると思ってなくて。ちょうど最近買いだめしちゃってたんだよね。
グンジ (冷凍食品を拾い上げながら)油淋鶏回鍋肉小籠包酸辣湯棒棒鶏愛玉子なんだこれー。
マリネ 最近中華にハマっちゃってさー。パスタもあるよ。
グンジ (拾い上げながら)ボロネーゼポモドーロジェノベーゼカルボナーラペスカトーレアラビアータ多すぎるだろ。
マリネ はいっ。

マリネ、リズムの合いの手と同時に、グンジに最後の食材を渡す。

グンジ 味噌?
マリネ さて、料理するかー。温めるだけだけど。

マリネ、いなくなる。グンジは味噌を持ったまま突っ立っている。
遠くからさながらダブステップのような電子レンジの音が聞こえる。
ブゥーン、チーン。ブゥーン、チーン。ブゥーン、チーン。
ブゥンチーンブゥンチーンブンチンブンブンチンブンブチブチブチ。

グンジ ねえ、何やってんの?

直後に爆発音とともにマリネの悲鳴。グンジも驚く。

グンジ え、おーい、大丈夫?

マリネ、アフロヘアになって戻ってくる。

マリネ ごめん失敗しちゃった。
グンジ えー。料理に失敗してアフロヘアになる奴って本当にいるのかよ。
マリネ 料理ほとんどだめになった。
グンジ いやいいけどさ。今そんな腹減ってないし。それよりその髪どうするんだよ。
マリネ これカツラだよ。(アフロを取る)
グンジ なんだよ焦ったなー。てかなんでそんなの持ってんだよ。
マリネ これさー、お母さんの遺品らしい。
グンジ はあ?
マリネ 預かった遺品の段ボールに入ってた。
グンジ なんで遺品にアフロなんだよ。
マリネ わかんない。生前、アフロに用事あったんじゃない。
グンジ アフロになんの用事があるんだよ。
マリネ さあねえ。お母さん、こういうの好きじゃないと思ってたけど。
グンジ アフロに好きとか嫌いとかある?
マリネ 何かあったのかな。パーティとか?…まあ、もう一生聞けないけど。
グンジ …。
マリネ まあ気を取り直してご飯食べよ。
グンジ 全部ダメになったんじゃないのかよ。味噌しかないぞ。
マリネ いちおうまだ無事なやつもある。(床に散らばった食材を探して)えーと、食パンとー、パクチー。
グンジ 味噌と食パンとパクチーでどうしろってんだよ。
マリネ あっ、ナンプラーもある。ナンプラー。
グンジ えー。
マリネ まあ、挟むよね。食パンで。
グンジ えー。
マリネ しょうがないでしょ、これしかないんだから。ほら座ってよ。

マリネ、グンジを座らせ、食事の準備。皿、スプーンを持ってくる。
パンに味噌を塗り、パクチーを挟み、ナンプラーを垂らす。

グンジ うわー。
マリネ (作りながら)ナンプラーで思い出したんだけど。
グンジ 何。
マリネ 業務用の使用済みパンツってあるじゃない。
グンジ 業務用の使用済みパンツってなんだよ。
マリネ そういう趣味の人のために業務的につくられている使用済みパンツだよ。
グンジ ナンプラーでなんで思い出すんだよ。
マリネ いやね、その使用済み感を業務的にどう量産するのかというと、ナンプラーをパンツに塗るんだって。
グンジ えー。
マリネ タイの人たちは、ひたすら幾千ものパンツにナンプラーを塗りまくって、日本に輸出してるらしいよ。
グンジ えー。
マリネ まさに今この瞬間もパンツにナンプラーを塗っているタイの人たちがいるわけよ。
グンジ 食べる前にやめてくれよ。
マリネ できた。はい、どーぞ。お悔やみサンドウィッチです。
グンジ うわー。(渋々、嫌そうに食べる)
マリネ どう?
グンジ うわー。もー。しょっぱいのとエスニックなので。
マリネ えー?(食べる)うわー。なーんだコリアンダー。
グンジ お前のせいでパンツ食べてる気分になってきたよ。
マリネ あ、これお供えしよう。
グンジ え、これを?
マリネ だから今はこれしかないの。

マリネ、母親の分もサンドウィッチをつくる。

グンジ あのさー。
マリネ 何?
グンジ また嫌なこと聞いていい?
マリネ またそれ?
グンジ お父さんって知ってるの?おばさんが死んじゃったこと。
マリネ さあ。
グンジ さあって。
マリネ 私もう、お父さんも今どこでどうしてるか知らないから。
グンジ そっか。
マリネ うん。新しい女の人と出てって、それきり。
グンジ そっか。
マリネ お母さんには自業自得だなって思ってたけど。残される娘のことを考えてほしいよねー。
グンジ …お父さん、知ったらビックリするだろうな。
マリネ きっといつか知るんだよ、こういうのって。しかも別に知りたくもないタイミングで。
グンジ まあ、そうかもな。

マリネ、母親にサンドウィッチを供え、手を合わせる。
しばらく、二人は黙々と食べている。

マリネ マズいね。これ。
グンジ うん。マズい。なんでこんなん食べてるんだろうって気になってくる。
マリネ こんなことにならないと一生食べなかったね、こんなん。
グンジ うん。
マリネ お母さんが死ななかったらこんなん食べてなかっただろうし、ある意味、お葬式にふさわしいご飯なのかもね。
グンジ これがなー。

また黙々と食べる。マリネがあまりにも黙々食べているので、

グンジ 何考えてるの?
マリネ ナンプラーパンツのこと考えてた。
グンジ まだそれ考えてたのかよ。
マリネ 一度考えちゃうとね、なかなかね。
グンジ お母さんのこと考えないのかよ。
マリネ 考えてるよ。でもお母さん死んでからずっとお母さんのことばっか考えてたから、やっと気が抜けた感じしてさ。このサンドウィッチ食べたら。
グンジ そっか。
マリネ グンジには感謝してるよ。昔から付き合いがある人って、グンジしかいないし。もし今一人でいたら、ちょっとさすがにやられるよねー。本当、グンジがいてよかった。
グンジ なんでぇ、よせやい。(鼻をこする)
マリネ 何それ。
グンジ 古いタイプの照れてる人。
マリネ なんで鼻こすってるの?
グンジ 昔の人は照れると鼻水が出たんじゃない。
マリネ なんだそりゃ。

なんだかんだとしているうちに食べ終わる。

マリネ ごちそうさま。(棚の上に気づいて)あ、そういえばミックスナッツもあったんだった、ミックスナッツ。食べる?
グンジ いや、もういい。
マリネ あ、そう。
グンジ あーきつかった。
マリネ ちょっと待ってて。

マリネ、どこかへ行き、大きい段ボールを何箱か持ってくる。

グンジ 何それ。
マリネ これも遺品なんだけど、全部洋服。お母さん、昔から白か黒の洋服しか持ってなかったんだよね。
グンジ ふーん。
マリネ 適当な服のままだし、着替えさせたほうがいいのかなと思って。
グンジ まあね。
マリネ なんかさー、いるよね、黒と白の服しか着ない人ね。
グンジ まあ、いるね。
マリネ 私嫌いなのよそういう人。
グンジ なんで。
マリネ まあお母さんがっていうのもあるけど、昔付き合ってた人がさ、白黒しか着ない人だったんだよね。
グンジ うん。
マリネ 私がどんなにカラフルな洋服を着ていっても、白黒が強すぎて無効化されるんだよね。
グンジ 無効化?
マリネ うん。なんかね、対等な気持ちになれなかったの。
グンジ それ服のせいなのかよ。
マリネ その人は服に人間性が現れてたのよ。白黒のバランスがおかしかったの、その人。
グンジ バランス?
マリネ 帽子から靴まで、例えば黒、黒、白、黒、白とかならわかるじゃない。でもその人、上から白、白、黒、黒、白、黒、黒、白、黒、最後にちょっと白って感じで、刻んでくるの。隣にいると落ち着かなかったんだよ。プライドのない白黒の使い方なんだよね。
グンジ はー。
マリネ 使ってるものまで全部白黒なの。徹底して。あるとき家でね、その人が電話しながら黒いブロックメモに修正液でメモ取ってるの見て、もう限界だと思って別れた。
グンジ えー。
マリネ 最初はタイプだなって思ったんだけどねー。
グンジ 白いメモに黒いペンじゃダメだったのかな。
マリネ 俺は他の奴とは違うって感じの人だったからねー。
グンジ なんだそりゃ。その人、今は何してんの?
マリネ よさこい。
グンジ えー。
マリネ その点、お母さんはけっこう白黒に対してプライドあったかもなー。
グンジ なんなんだよ白黒へのプライドって。
マリネ ねえ、グンジってどんな人がタイプ?
グンジ え。
マリネ いいじゃん、教えてよ。
グンジ …雨降ってるのに傘差さない人。
マリネ え。
グンジ 小降りじゃなくてもうけっこう耐えられない感じで降ってるときね。
マリネ え、なんで?
グンジ あ、いいんだ。傘差さないんだ。って思って。そういうところに惹かれる。
マリネ なんか…気持ち悪い。
グンジ じゃあ聞くなよ!あーーーもーーー。
マリネ 急にキレないでよ、現代の若者だなー。
グンジ 現代の若者だよ。
マリネ それにしてもいっぱいあるなー、服。私が小さい頃に見覚えあるのもあるし。

マリネ、ふと部屋を見渡す。

マリネ あ、そうだ。これ飾ろうか。
グンジ 飾る?
マリネ うん。こんだけ白黒の服あるからさ。今のままじゃただの部屋だし。いっぱい壁に掛けたら、お葬式で使う黒と白の幕みたいにならないかな。これ。
グンジ 鯨幕?
マリネ あれって鯨幕っていうの?
グンジ うん。
マリネ すごいね、よくそんなこと知ってるね。
グンジ よせやい。(鼻をこする)
マリネ 画鋲とか打って掛けよっか。
グンジ だから賃貸だろここ。いいのかよ。
マリネ うん。いいよ別に。一通り終わったら引っ越すし。
グンジ え。そうなの?どこに?
マリネ うーん。わかんないけど。どっか。
グンジ …。
マリネ だからね、何してもいいよ、もう。バレたら修繕費でもなんでも払ってやるよ。ガッハッハッハ。
グンジ 何その笑い方。
マリネ 蛮族。ガーッハッハッハッハ。
グンジ つーかこれ全部って、本当にやるのかよ。
マリネ よーし、そうと決まれば、始めますかー。
グンジ おーい。
マリネ いくよー。
グンジ お茶。
マリネ スタート。(指パッチン)

合図で音楽が流れる。早回しの軽快な音楽。それに合わせて二人はまるで早回しの映像のようにサカサカ動き始める。
洋服を次々とハンガーに通し、縦に3、4着、白が一列終わったら次の列は黒…とどんどん壁にかけていく。
半分まで終わったところで二人で笑いあっている。言葉も聞き取れない早回しで会話している。
途中で現実の速度に戻る。音楽も普通の速度になり、二人はものすごく楽しそうに会話している。

マリネ いやいや、それじゃまるでモンゴリアンチョップだよ。
グンジ あーそっか。確かになー。
マリネ そうだよー。もーグンジはバカだなー。

二人、笑う。また音楽が早回しになり、二人もまた早回しで作業に戻る。
しばらくして、今度は二人で口論をしている。また速度が現実に戻る。

マリネ だからそれは卍固めだって言ってんじゃん。
グンジ いや、どう考えてもサソリ固めだから。
マリネ 逆エビ固めと間違えてんじゃないの?
グンジ はあ?そんなわけないだろ。
マリネ あーもういいよ。話になんない!
グンジ いいよ別に分かってくれなくても!

また早回しに戻る。
全ての服を壁に掛け、作業を終えて、音楽も終わる。
二人は息切れしている。

マリネ あー終わったー。
グンジ はー。
マリネ いやー、壮観だねー。
グンジ 確かに、パッと見葬式会場っぽくなったかも。まあパッと見だけど。
マリネ パッと見そうなっただけでかなり成功だよ。
グンジ いや、よく見たらめちゃくちゃ部屋干ししてる人の部屋だけど。
マリネ うるさいなー。あー、もう、これ以上は無理だ。今日はいったん寝よう!
グンジ どこで寝ればいいの?
マリネ もうそのへんで寝るよ。ベッドは使えないから。
グンジ こたつで寝ると風邪ひくんだよ。
マリネ ちょっとくらいなら大丈夫だって。
グンジ つーかこの部屋寒いよ。寝るときくらい暖房つけたいんだけど。
マリネ ダメ。あったかくしたらお母さん腐るし。
グンジ えー。
マリネ 明日は起きたらまず急いで冷蔵庫の改造からはじめよっか。
グンジ えー。
マリネ なんのために食材全部出したと思ってんの。
グンジ まあそうだけど。

二人、こたつに潜る。一瞬の間。

マリネ もう寝た?
グンジ 一瞬で聞くなよ。まだだよ。
マリネ なんか修学旅行みたいで楽しいな。お母さんには悪いけど。
グンジ 本当に悪いよ。
マリネ 修学旅行でさ、寝る前に好きな人いる?っていうやつあるじゃん。
グンジ うん。
マリネ 中学生の時、みんなでそういう話になって、で、私はもうその時付き合ってる男の子がいたのね。
グンジ え。そうなの?誰?
マリネ 四組の四万十川くん。
グンジ は、お前、四万十川と付き合ってたの?
マリネ え、そうだよ。
グンジ え、え、マジかよ。俺知らなかったよ。うわー、確かにあいつ、彼女いるとか言ってたなー。
マリネ え、なんで聞かなかったの?そこで。
グンジ なんか悔しくて、それ以上聞けなかった。
マリネ ださー。
グンジ 中学生って何よりプライドが大事じゃん。
マリネ あー、でね、みんな、やれ誰が好きだ、やれ言いたくないだで盛り上がってんのよ。
グンジ 言わなかったんだ、四万十川のこと。
マリネ まあ、言ったら色々聞かれるんだろうなーと思って、めんどくさくって黙ってた。
グンジ 冷めてんなー。
マリネ そしたらさ、一人、あたし四万十川くんが好きなのって言い始めた女の子がいてさ。
グンジ え。
マリネ もちろん、何も言えず黙ってたんだけど。
グンジ まあなー。
マリネ なんで四万十川くんが好きなの?って聞かれて、その子、他の男子と違って、清潔感がある感じが好きって答えててさ。
グンジ 清潔感ないからなー、中学生男子。
マリネ で、私うっかり、あいつ、背中の毛すごいよって言っちゃったんだよね。
グンジ …。
マリネ 背中の毛、すごすぎて、寝て起きると、グルグルになって、台風の目ができるんだよって。
グンジ お前さ、生々しいからやめろよそういう話。
マリネ もう昔の話だし。で、そしたら、なんでそんなこと知ってるの、変だよって問いつめられて、観念して言っちゃったんだ、付き合ってること。
グンジ あー。
マリネ で、その女の子泣いちゃってさ。もう最悪な空気だよね。
グンジ そりゃな。
マリネ しかもそれ、修学旅行初日だったんだけど、次の日から無視されちゃって、一人で自由行動した。奈良。
グンジ えー。
マリネ 楽しかったけどね、一人で回る奈良。
グンジ 言ってくれればよかったのに。
マリネ 別にいーよ。もともとそんな仲いいグループじゃなかったし。
グンジ 冷めてんなー。
マリネ そのあとすぐに四万十川くんとも別れたなー。
グンジ あいつ今何してんのかな。
マリネ よさこいだって。
グンジ えー。なんでお前の付き合う男は全員よさこいに行くんだよ。
マリネ 私はよさこいアゲマンなのかもね。
グンジ なんだよよさこいアゲマンって。
マリネ あー。眠くなってきた。
グンジ なんだったんだよこの話。
マリネ さあ。
グンジ さあって。
マリネ もう今日は疲れたわ、私。もー寝よ。じゃ、おやすみー。(即大きいイビキをかきはじめる)
グンジ え、もう寝たのかよ。えー。のび太じゃあるまいし。あー、こたつは寝づらいし嫌いなんだよ。あーあ。おやすみー。

グンジも即大きいイビキをかいて寝始める。
部屋がだんだんと薄暗くなっていく。
しばらくして、マリネが寝ている場所がぼんやりと明るくなる。
マリネの音声が流れはじめる。

マリネ その日、私は夢を見た。まぶたを閉じているのに夢を見るっていつも変だと思う、見てるんじゃなくて夢は思うものなんじゃないかと思うけど、それでも私は夢を見た。私が小学校四年生の頃の夢。私は家庭科の授業が大嫌いだった。手先が不器用でなんにもつくれなかったからだ。授業で半ズボンを作りましょうと言われ、必死でつくっていたらいつのまにか私は半ズボンの足を通す穴を全部縫って塞いでしまっていた。(寝ているマリネ、起き上がり、こたつから足を通す穴が塞がっている半ズボンを取り出す。)この履けない半ズボンを見たクラスの男の子からすごい馬鹿にされて、すごく悔しかった私はその男の子をぶってしまった。ビンタの打ち所が悪く、男の子は泣いて自分の母親を呼ぶ始末になった。先生も大人に解決してもらったほうがいいと判断したのか、私のお母さんにも連絡をした。

寝ている母親もぼんやりと明かりに照らされる。
やがてゆっくりと起き上がり、背を向けて壁に掛けられている服に着替える。
マリネ、それを眺めている。

マリネ しかもたまたま、今日は男の人のところへ行かなかったのか、お母さんは家にいたらしく、学校にやってきた。どうせ来ないだろうと思っていたからびっくりしたし、こんなことでお母さんが学校に来るのが本当に嫌だった。お母さんはいつも通り黒い服を着ていた。お母さんを見た先生は葬式帰りか何かかと思ったらしく、あの、失礼ですが誰かお亡くなりになったんですか。お忙しいところご連絡してすみません。と言う先生に対してお母さんは、
母   いえ。
マリネ とだけ言った。形式だけのごめんなさいを相手の親と交わして、(母とマリネ、二人で並んで頭を下げる。)二人でそのまま家に帰った。なんだかすごく色んなことが嫌で、今にも泣きそうだった。でも泣いたら全部に負ける気がして、私はずっと何も喋らなかった。家に着いてすぐ自分の部屋に戻ろうとしたら、いつもほとんど私に話しかけない母親が、
母   何をつくったの。
マリネ と聞いてきた。お母さんは私に興味がないと思っていたから、本当に驚いた。でも、今日のことを思い出して、お母さんはきっと怒っているのだと思った。わざわざ自分の手、いや足を煩わせて、学校まで歩かせたことを怒っているのだ。嫌だったけど、私はお母さんにつくった半ズボンを見せた。

マリネ、母親に半ズボンを差し出す。
母、それを受け取り、無表情でじっと見つめる。穴が塞がっていることを確かめる。
と突然、母親が吹き出し、大きく笑いはじめる。笑いを抑えようとしても次から次へと漏れてくる。
マリネ、ぽかんとしているが、やがてつられて面白くなり笑い出す。二人でしばらく笑っている。

マリネ お母さんが笑ったのを見たのはそれが初めてで、それきりだった。私とお母さんはしばらく笑っていた。履けないズボンをつくった悔しさはその時にはもう忘れていた。

母親、笑いながら、ベッドへと戻り、だんだん静かになる。
マリネも笑いながらこたつに戻り、また元の体勢に戻り、静かになる。
だんだん暗くなっていき、暗転。

パート2


明転する。
冷蔵庫の前に立つグンジとマリネ。作業用の装い。

マリネ あとはこうしてー。よし、できたーーーー!完成!
グンジ (座り込む)あーもーやっとだよ。疲れたー。
マリネ ありがとね。
グンジ あーもう絶対一生やんねー。
マリネ 心配しなくても冷蔵庫改造するのなんて一生やらないよ。
グンジ 完成はしたけどこれからおばさん入れなきゃだろ。
マリネ そうだね、あともう少しだな。棺桶できたし部屋もつくったし。

グンジ、壁にかけてある服が昨日と違うことに気づく。

グンジ あれ?あんな服あったっけ?
マリネ (マリネ、服をじっと見つめ)知らない。
グンジ 知らないってこたないだろ。
マリネ だって本当に知らないんだもん。幽霊じゃない?お母さんの。
グンジ シャレにならねー。
マリネ まあ、自分が死んでる横でいろいろやられてお母さんもなんか思うことあるでしょうよ。
グンジ ちょっとだんだん感覚麻痺してきたよ。どうかと思うけど、おばさんが死んでるの忘れる。
マリネ それくらいがいいよ。死んだ人との距離感なんて。
グンジ 物理的には今めちゃくちゃ距離近いけど。
マリネ グダグダうるさい男だな!!ケツの穴小さいんだよ!!
グンジ びっくりしたー。いきなりキレるなよ。現代の若者だなー。
マリネ 現代の若者だよ。
グンジ とりあえず早いとこおばさん入れてあげよう。冷やさないと。
マリネ あ!
グンジ 今度はなんだよ。
マリネ 遺影。遺影撮ってない。
グンジ えー。

グンジ、咄嗟にマリネの口を塞ぐ。

マリネ あにふんのー!
グンジ いや、いえーいって言おうとしてる気がして。
マリネ (グンジの手をどけて)え、しないよ。
グンジ あ…そうなんだ。
マリネ うん。
グンジ ご、ごめん。
マリネ ていうか、遺影でいえーいって、ちょっとどうなの、それは。
グンジ …。
マリネ もういいよ。私はケツの穴めちゃくちゃ大きいから許してあげる。
グンジ それも、ちょっとどうかと思うけど。
マリネ お母さんの写真とか全然ないんだよね。一緒に撮ったこともないし。免許証とかも持ってなかったみたいだし。
グンジ じゃあどうする?
マリネ うーん。今撮る。
グンジ え。
マリネ 今撮るしかないでしょ。
グンジ いやいやいや。てか、カメラは?
マリネ あ、チェキならある。すぐ写真にできるでしょ。

マリネ、棚からチェキを出してくる。

グンジ 遺影がチェキって。
マリネ ねえ、せっかくだから一緒に写ろうか。みんなで。
グンジ せっかくってなんのせっかくだよ。
マリネ この折りにふれて記念写真って感じかな。
グンジ えー。
マリネ あー、そしたらあれだ、お母さんに化粧しようかな。私。
グンジ 死化粧ってやつ?
マリネ うん。私がそもそもあんまり化粧しないから、うまくできるか分かんないけど。ちょっと手伝って。

マリネ、布団をめくり、寝ている母親を覗き込む。

マリネ あれ?こんな服着てたっけ?…まあいいか。そっち持って。
グンジ う、うん。(マリネと協力して母親を抱える)あー、今俺、遺体を触ってるんだよな。
マリネ そりゃそーよ。いいからもうちょい支えてー。
グンジ そりゃ多少抵抗あるに決まってるだろ。
マリネ ただの心の容れ物と思えばいいのよ、肉体なんて。あ、なんか私今良いこと言ってない?
グンジ 言いたいことはわかるけどさ。うわ硬っ。
マリネ 死後硬直やばいね。
グンジ 俺たち今かなり犯罪者っぽいよ。
マリネ 確かにね。
グンジ 死生観変わりそう、俺。
マリネ ちょっとそのまま持ってて。

マリネ、いったん離れて、近くにある椅子と、化粧ポーチを持ってくる。

グンジ 早くー。
マリネ はい、こっちこっち。

戸惑いながらも二人でなんとか椅子に母親を座らせ、マリネは母親に化粧を始める。
グンジ、手持ち無沙汰でそれを見つめる。

マリネ 何?
グンジ いや、化粧のこと、一生知らずに死んでくんだろうなーって思ってた、自分が。
マリネ あー。
グンジ 道具だけ渡されて、化粧してみって言われても絶対できない。
マリネ BBクリームって知ってる?
グンジ 名前だけ知ってる。
マリネ CCクリームもあるんだよ。
グンジ えっ。じゃあAAクリームもあるの?
マリネ あるわけないだろバカ。
グンジ えー。何が違うんだよ、その二つは。
マリネ 知らない。
グンジ えー。
マリネ 知らないまま使ってる。
グンジ 適当だなー。
マリネ みんなそうだよ。気分でなんとなく使ってるだけ。
グンジ ふーん。
マリネ 人に化粧ってしたことないかも。
グンジ まあ、なかなかしないだろうね。
マリネ 初めて人に化粧するのが死体ってのもなんだかなー。
グンジ はっはっはっはっはっ。
マリネ (睨む)
グンジ ごめん。
マリネ お母さん、化粧はうまかったからなー。
グンジ 確かに、記憶の中のおばさんってすごいキレイな人って感じだったな。
マリネ 常に何人かの男と会ってたから、家でもずっと化粧したままでさ。だからお母さんが死んで、初めてすっぴん見た。
グンジ …。
マリネ お母さんと一緒に寝たことも、ちゃんと顔を付き合わせた記憶もあんまりないから、顔のこんなところにホクロあったんだって今気づいた。
グンジ そっか。
マリネ そうです。

間。

マリネ 何ずっと突っ立ってんの。
グンジ いや、やることないからさ。
マリネ 化粧してるとき、男は無力だよねー。
グンジ じゃあ何すればいいんだよ。
マリネ 自分で仕事もらいにいきなよ。新入社員じゃないんだから。
グンジ すみません。
マリネ やることないなら踊りでも踊ってて。
グンジ 踊りってなんの踊りだよ。
マリネ それは自分で考えてよ。新入社員じゃないんだから。
グンジ えー。

音楽が流れ始め、グンジが踊り始める。めちゃくちゃに上手い。
だんだんグンジにスポットが当たり始める。マリネは気にせず化粧を続けている。
ディスコのように場がキラキラ光る。白熱するダンス。
やがてグンジ、盛大に棚に頭をぶつけ、棚の上に置いてあったミックスナッツが大量に落ちて散らばる。
音楽が止み、照明も元に戻る。

グンジ いてー。
マリネ ちょっと、何やってんだよー。
グンジ ごめん。
マリネ あーあーもー、ミックスナッツが、ミックスナッツが。
グンジ だって、踊ってろって言うから。
マリネ 私のせいじゃないよ。

グンジ、情けなくミックスナッツを片付ける。

マリネ よし、できた!ねえ、まだ片付いてないの?
グンジ すみません。
マリネ じゃ、写真撮ろっか。

マリネ、チェキを椅子の前に置き、撮影の準備。
と、椅子に座っている母親、バランスがうまく取れず倒れそうになり、グンジ、慌てて支える。
安定したかと思ったらまた崩れる。支える。崩れる。支える。
なんとか母親が安定しそうなポーズに固定する。

マリネ よし。(振り返り)何、そのポーズは。
グンジ いや、重さで倒れちゃうから。
マリネ ちょっとどうかと思うなー。
グンジ しょうがないじゃん。
マリネ せめてもうちょっと美しい感じにしてあげようよ。(ポーズを直す)
グンジ それだと倒れるんだよ。
マリネ じゃあどうするの?
グンジ こう、両手もって支えるとか。

二人、母親の両手をそれぞれ持つ。

マリネ これ、捕まった宇宙人だよ。
グンジ 確かに。やめよう。
マリネ もっとこう、きちんと膝の上で手組んでる感じにしよう。(直す)で、グンジそのままね。私はここ。

マリネ、セルフタイマーの準備をする。

マリネ いい?いくよー。10秒ね。
グンジ はーい。

マリネ、母親の横に戻る。そのまま三人でじっとしている。
やがて時間が来て、

マリネ いえーい。
グンジ え。

パシャ。シャッターが切られる。チェキから写真が出てくる。

マリネ ちゃんと撮れたかなー。(チェキから写真を取り出す)
グンジ お前さあ。
マリネ 何?
グンジ …いや、いいや。

二人で並んで、現像されていく写真を眺める。

マリネ なんか。
グンジ ん?
マリネ 家族写真みたいだね。
グンジ 確かに。
マリネ 家族写真って一度も撮ったことなかったな、そういえば。

マリネ、棚の上にあった写真立ての中に写真を入れる。

グンジ いい写真だね。
マリネ そお?グンジ変な顔してるよ。
グンジ …。
マリネ よーし、お母さん、冷蔵庫に入れよ。

マリネ、ベッドの上の布団やシーツを取り始める。

グンジ お母さん冷蔵庫に入れよって。
マリネ もう二度と言わないだろうね、お母さん冷蔵庫に入れよなんて。
グンジ まあ文字通りだからなあ。

二人、冷蔵庫を持ち上げ、ベッドに横たわらせる。
冷蔵庫の蓋を開け、悪戦苦闘しつつ、なんとかその中に母親を入れる。

グンジ うわー、入れちゃったよ。
マリネ すごいね。
グンジ なんか窮屈そうだな。
マリネ そう?ピッタリだよ。冷蔵庫だからそう思うんだよ。棺桶も冷蔵庫も同じ箱なんだから変わんないって。
グンジ そういうもんかな。
マリネ そういえば冷蔵庫なかったんだよね。お母さん家。
グンジ え。
マリネ お母さん持って帰ってくる前に、お母さんが今住んでる家に初めて行ったのね。で、なんか変だなと思ったら冷蔵庫がなかった。
グンジ ご飯とかどうしてたのかな。
マリネ ゴミ箱見たら、スーパーのお弁当の空箱がいっぱい入ってた。
グンジ …。
マリネ 働いたあと、毎日廃棄になるお弁当もらって帰ってたっぽい。で、毎日三食それだったんだよ。たぶん。
グンジ そっか。
マリネ もともと、食には興味なかった人っぽかったしなー。
グンジ うん。
マリネ 確かにただ食欲を満たすためだけならスーパーのお弁当で十分かもね。ハンバーグ弁当、海老フライ弁当。
グンジ うん。
マリネ 牡蠣めし弁当とかもあるし。
グンジ うん。
マリネ それと、お母さんの家、匂いがしなかった。
グンジ 匂い?
マリネ うん。人の家行くとさ、何かしら匂いがするじゃない。その人の生活の匂いっていうか。自分じゃない匂いがするんだけど。
グンジ うん、わかる。
マリネ お母さんの家はなんの匂いもなくて、無臭だったんだよね。なんかもともと誰も住んでないみたいだったな。生活感がなくて。六畳一間で狭くて。
グンジ うん。
マリネ てっきり今はどこかの誰かと暮らしてると思ってたんだけどなー。
グンジ うん。
マリネ 何、さっきからうんうんって。
グンジ うん。
マリネ 気遣ってる?
グンジ そんなには。
マリネ ならいいや。

マリネ、冷蔵庫からプラグを延ばし、コンセントに差し込む。

マリネ これがほんとのコールドスリープ。
グンジ …。
グンジ なんちて。

マリネ、冷蔵庫の蓋を閉める。
チェキが入っている写真立てを冷蔵庫の近くに置く。

マリネ うん。一気にお葬式らしくなってきたな。
グンジ そうかー?
マリネ あーそうだ、グンジ、喪服に着替えよっか。
グンジ 喪服?
マリネ うん。スーツ持ってきてって言ったじゃん。
グンジ え、あれって喪服ってことかよ。
マリネ そうだけど。
グンジ 俺がもしこれ断ってたらどうするつもりだったんだよ。
マリネ グンジならやってくれるって思ってたし。
グンジ えー。
マリネ でもそうでしょ。
グンジ なんか納得いかないなー。
マリネ じゃ、私も着替えてくるから。よろしくー。

マリネ、着替えにいく。
グンジ、ため息をついて、スーツに着替え始める。
着ていたTシャツを脱ぎ、上半身裸になり、後ろを向くと、背中の毛が台風の目をつくっている。
グンジが着替え終わると、マリネも喪服に着替えて戻ってくる。

マリネ いい感じじゃん。
グンジ めちゃくちゃ安物のスーツだけど。
マリネ えー、このあとは何したらいいかな。
グンジ まあ、葬式といったらお坊さんの読経じゃないの。
マリネ 読経かー。
グンジ お坊さん呼ぶの?
マリネ うーん。ここまで来て、急に第三者に頼むのもなー。あ、ユーチューブ探したらあがってないかな、ユーチューブ。(携帯で検索する)
グンジ えー。
マリネ あ、あった。
グンジ あるのかよ。
マリネ なんでもあるね、ユーチューブ。
グンジ スマホが読経って。
マリネ そういえば、お坊さんってお経読んでる時いつ息継ぎしてるんだろうと思って、昔親戚のお葬式で確かめたら、お経の間のわずかなスキマで息吸ってた。
グンジ へー。
マリネ 私なんだかガッカリしちゃってさ。さも当然のように息継ぎするから。
グンジ お坊さんに求めすぎるなよ。
マリネ そうなんだけど、なんかショックだったんだよねその時。
グンジ えー。
マリネ どっかでお坊さんは息継ぎしないって思ってたんだよ。
グンジ わかんねー。
マリネ あ、しかもお線香買うの忘れたー。
グンジ 俺、タバコ持ってるよ。
マリネ え。
グンジ 代わりになるかは分かんないけど、一応。(タバコの箱を取り出す)
マリネ おー、やるじゃん。グンジも板についてきたんじゃない。
グンジ なんの板だよ。

グンジ、タバコに火をつけ、冷蔵庫の側に供える。

マリネ なんか臭いなー。これなんのタバコ?
グンジ わかば。
マリネ うわ、おじさんが吸うやつじゃん。
グンジ うるさいな。安いしおいしいよ、わかばは。
マリネ どうかと思うけどなー。
グンジ ほっとけよ。

間。マリネ、辺りを見渡す。

マリネ では、始めましょうか。
グンジ …うん。
マリネ グンジ。
グンジ 何。
マリネ ありがとう。
グンジ いいよ。
マリネ (伸びをして)えーっ、と。最初は喪主の挨拶だよね、やっぱり。

マリネ、母親の横に立つ。グンジ、座る。

マリネ えー。みなさん、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。お日柄もよく、故人を送り出すにはいい日になったんじゃないかと、思います。こうやって、幼なじみのグンジにも協力してもらって、なんとか、お葬式を開くことができました。グンジ、ありがとう。えー。私は、正直、母のことを全然、知りません。何の食べ物が好きだったのか、テレビは何チャンネルがいいのかとかも、なんにも知りません。何も知らなかったけど、今日、ちょっとだけわかる部分があった気がします、ホクロの位置とか。私が母に好かれていた娘だったのかどうかは、未だに分かりません。良い意味でも悪い意味でも、死人に口無しって感じで、こうやってお葬式をするのも、母にとっては嬉しいのかどうか、もう聞くことはできません。まあ、私もお父さんも出て行ってしまって、頑張ってここまで生きていたんだろうから、天国に行くのか地獄に行くのかは分からないけど、一旦ちょっと、休んだらいいんじゃないかなと思います。えーと。それでは、続いてはお経の時間です。

マリネ、携帯からお経を流し始める。
グンジ、立ち上がり、マリネと一緒に冷蔵庫の前で手を合わせる。
しばらくそのまま、二人で手を合わせている。

マリネ ねえ。
グンジ ん?
マリネ こういう時って何を考えればいいのかな。
グンジ そりゃもちろん、故人のことじゃない?
マリネ そうなんだけど、お母さんについて覚えてること、少ないから。改めてってなると、困る。
グンジ まあ安らかに眠ってくださいって思えばいいんじゃない。
マリネ そっか。

またしばらく二人で手を合わせている。

マリネ ねえ。
グンジ なんだよ。
マリネ お葬式で読むお経って、若く志半ばで死んだ人が成仏できるように、っていう内容なんだって。
グンジ そうなの?
マリネ だから、充分に生きたって人に読むのは本当はちょっと違うんだって。
グンジ へー。
マリネ お母さんはどうだったのかな。
グンジ え。
マリネ お母さんって、充分に生きたって思ったかな。
グンジ どうなんだろうね。
マリネ もう、分かんないけどね。
グンジ 分かんないね。
マリネ 聞いとけばよかったかもな、生きてるうちに。
グンジ そうだね。

間。

マリネ 歌でも唄おっか。
グンジ え、なんで?
マリネ ずっとお経じゃね。楽しくないし。(お経の再生を止める)
グンジ 葬式なんだから楽しくなくていいだろ。
マリネ 誰が決めたの?そんなこと。お葬式だって楽しくてもいーじゃん。
グンジ それは、そうだけど。え、何唄うの?
マリネ んー、決めてない。
グンジ こういう時って故人が好きだった歌とか、馴染みのある歌を唄ったりするんじゃない?
マリネ あー。マイケルジャクソンが死んだ時は、みんなでスリラーを唄ったのかな。
グンジ 葬式でスリラーはまずいだろ。
マリネ マイケル蘇っちゃうね。
グンジ つーかおばさんの好きな歌は?
マリネ 知らない。
グンジ はー。
マリネ あ。
グンジ なんか思いついた?
マリネ ポポーポ、ポポポ。ポポーポ、ポポポ、ポッポポポッポッポー。ポー、ポポー。

マリネ、呼び込み君のメロディーを唄いだす。

グンジ えー。それスーパーで流れてるやつじゃん。
マリネ だってお母さんに馴染みのある曲って言ったらさー。
グンジ なんだかなー。
マリネ あ、ちょっと待ってて。

マリネ、部屋を出て、アコースティックギターを持って戻ってくる。

グンジ なんだよそれ。
マリネ グンジ、ギター弾けたよね。
グンジ え、弾くの?
マリネ うん。私唄うから。伴奏してよ。
グンジ なんでこんなの持ってるんだよ。
マリネ なんか夜中にテンション上がって、弾けないのにアマゾンで買っちゃったんだよ。
グンジ だから賃貸だろここ。
マリネ もし苦情来ても、今葬式やってるんでって言ったら許してくれるよ。
グンジ えー。
マリネ はい。(ギターを渡す)
グンジ なんだかなー。

グンジ、受け取って音出しをする。

マリネ 準備オッケー?
グンジ いいよ。
マリネ じゃあ、お願いしまーす。

グンジがリズムを取り、伴奏が始まる。

マリネ ポポーポ、ポポポ。ポポーポ、ポポポ、ポッポポポッポッポー。ポー、ポポー。ポッポポポッポッポー。ポッポポポッポッポー。ポッポポポッポポッポッ、ポッポッポッポ。

照明暗くなり、二人にスポットが当たる。
繰り返し唄ううち、ギター以外の伴奏もだんだん加えられていく。

マリネ ポポーポ、ポポポ。ポポーポ…ポ…うっ、うっうっ…。

マリネ、突然泣き始める。
グンジ、マリネが泣き始めたことに気づき、演奏を止める。

グンジ どうした?
マリネ わかんない、なんか…。うっ、うっ…。
グンジ 大丈夫かよ。
マリネ だいじょう、ぶ、う、う。うわーーーーーん。
グンジ えっ。えっ。
マリネ あーーん。うわーーーーーん。
グンジ (おろおろしている)
マリネ あーーーーーーーん。あーーーーーーーーん。
グンジ おい、泣き止めよー。うわーんって泣く人初めて見たよ、俺。
マリネ うわーーーーーーーーーーーーーん。
グンジ いないなーい、ばー。いないなーい。ばー。
マリネ うわーーーーーーーーーーーーーん。
グンジ あーーもーー。

グンジ、マリネの両頬を手で挟む。

マリネ ぶっ。
グンジ あ、止まった。
マリネ …。

マリネ、そのままグンジにキスをする。
そのまま床になだれ込み、二人でこたつに潜る。
こたつから手が伸び、下着がぽいと外に投げ出される。
暗転。

マリネ あ、台風の目。

パート3


明転。普段着に着替えているマリネ。タバコを吸っている。

マリネ やっぱ臭いな、これ。

グンジが身震いしながら戻ってくる。少し髪が濡れている。

マリネ おかえりー。
グンジ なんで水しか出ないんだよ。
マリネ いま給湯器が故障しててさ。
グンジ 冬なのにやばいだろ。
マリネ やばいんだけどさ、なかなか直せなくて。
グンジ 死ぬかと思った。
マリネ まあでも、慣れると一周まわってあったかいような気がしてくるんだよ、水。
グンジ なんねーよ。

間。

マリネ 昨日、なんで最後までしなかったの?
グンジ え。
マリネ グンジって童貞?
グンジ 違うよ。
マリネ じゃあなんで?
グンジ なんか嫌じゃん、幼なじみとなんて。
マリネ えー、なんで?
グンジ なんか、小さい頃がちらつくじゃん。
マリネ うわー。
グンジ なんか嫌じゃんそういうの。
マリネ 情けないなー。別に気にならないけどなそんなの。
グンジ 俺が気になるんだよ。
マリネ わからんなー。(タバコの火を消す)

間。

グンジ これからどうするの?
マリネ ん?
グンジ 葬式は終わったじゃん。これからどうするんだよ。
マリネ あー。
グンジ あーって。つーか、結局気は済んだのかよ。
マリネ わかんない。
グンジ えー。
マリネ ごめん。
グンジ ここまでやっといてかよ。
マリネ まあ、そうだね。ごめん。
グンジ いや、いいけどさ。
マリネ うーん。なんかさー。お葬式って、すごい自己満足なんだなって思った。
グンジ え。
マリネ 私の気が済まないからって、もちろんそこからなんだけど。お母さんの前で手を合わせてるときも、なんのために手を合わせてるのか分かんなくて。お母さんのためじゃなくて、よくよく考えたら、自分のために手を合わせてるんだなって思った。
グンジ …うん。
マリネ 別にお母さんが自分をどう葬ってほしかったかなんて知らないし。もしかしたら葬式をしてほしいなんて、お母さんは思ってなかったかもしれなくて。
グンジ うん。
マリネ 完全に、私がしたいからしてて。私が後悔したくないから手を合わせてて。あんな母親だったけど、お母さんの気持ちはどこにあったのか、生きている間も、死んじゃってからも結局わからなくて。で、分からなくなって、それでなんか、気づいたら泣いてた。
グンジ そっか。
マリネ そうです。
グンジ …。
マリネ どうしたの。
グンジ いや、言うべきことは何かなって。
マリネ 何も言わなくていいよ。すぐに言葉が出てこないなら、言うべきことなんて何もないんだから。
グンジ …そっか。
マリネ まあまず、お母さんはどうにかしないとなー。
グンジ 結局、お墓とか立てるの?
マリネ あー。
グンジ あーって。それも決めてないのかよ。
マリネ どうしようかなー。
グンジ まあとりあえず、火葬はしたほうがいいんじゃない?冷蔵庫だとかさばるし。
マリネ うん。そうだね。

間。

グンジ 引っ越すって言ってたじゃん。
マリネ うん。
グンジ どこに引っ越すの?
マリネ もう決まってるんだ、実は。
グンジ え。どこ?
マリネ んー、秘密。
グンジ なんだよ、それ。
マリネ いいじゃん別に。私も秘密のある女になりたいんだよ。
グンジ それもなんだよ。
マリネ で、今から早速引っ越そうと思ってさ。
グンジ え、今から?
マリネ うん。
グンジ この家どうすんだよ。
マリネ まあ、あとでどうにかするよ。
グンジ え、お母さんは?
マリネ とりあえず持ってく。
グンジ え、持ってくって、冷蔵庫ごと?
マリネ うん。
グンジ またレンタカー借りてーとか言うなよー。
マリネ 言わないよ。
グンジ え。
マリネ 一人で持ってく。
グンジ 一人でって、無理だろ。冷蔵庫。二人でもきつかったのに。
マリネ いけるいける。
グンジ はー。
マリネ なんか今の私なら、いけそうな気がするんだよね。
グンジ どういうことだよ。
マリネ んー、見てて。

マリネ、冷蔵庫の前に立つ。

グンジ え、何すんの?
マリネ 気合い入れる。
グンジ 気合い?
マリネ うーーーーん、ハーーーーーーッ!

マリネ、冷蔵庫を軽々と持ち上げる。

グンジ はー?
マリネ ガーッハッハッハッ。
グンジ え、何で、何で?お前なんかズルしてるだろ、ズル。
マリネ なんのズルができるっていうのよ。
グンジ ちょっと貸して。
マリネ えー。いいけど。知らないよ。

マリネ、グンジに冷蔵庫を渡す。
グンジ、重すぎて倒れそうになる。

グンジ うわ、ちょっと、ちょっと無理。助けて。
マリネ だから言ったじゃん。

マリネ、またひょいと冷蔵庫を持ち上げる。

グンジ お前なんで急にそんなことできんだよ。
マリネ 意志があるから。
グンジ はー?
マリネ さてと。じゃあ行こうかな。

マリネ、冷蔵庫をおんぶする。

グンジ え、もう行くのかよ。
マリネ うん。
グンジ 部屋は?
マリネ またあとで荷物取りにくる。
グンジ 手伝わなくていいのかよ。
マリネ うん。大丈夫。グンジ。もう、帰ってもいいよ。
グンジ …。
マリネ じゃあね。

マリネ、歩き出そうとして、止まる。

マリネ グンジ。
グンジ 何。
マリネ ありがとう。
グンジ いいよ。
マリネ 本当にありがとう。
グンジ よせやい。(鼻をこする)
マリネ じゃあ、行ってきます。

マリネ、前へとゆっくり歩き出す。
部屋がグンジと共にどんどん奥に引っ込んでいく。
だんだんと二人の距離が離れる。

グンジ マリネ!
マリネ 何ー?
グンジ お前の葬式さー。
マリネ 何ー?
グンジ 俺はちゃんと、意味あったと思うよー、たぶーん。
マリネ あーりーがーとー。
グンジ マリネー!
マリネ なーーにーー?
グンジ たまにはー、連絡ー、しろよー!

マリネ、笑ってグンジに手を振る。
部屋とグンジ、消える。
マリネ、そのまま、舞台上を冷蔵庫を抱えながら歩く。
最初は足取りが軽いが、だんだん冷蔵庫が重くなっていき、マリネの足取りも重くなり、よろよろする。
マリネの息切れが響く。

マリネ はあ、はあ、はあ…。

やがて、冷蔵庫を下ろす。

マリネ はあ、もー、疲れたよー。やっぱりお母さんってムカつくなー。(その場に倒れ込んで)やっぱ、なんの匂いもしないなー。ここ。

しばらくぼんやりと天井を眺めている。

マリネ お腹すいたなー。ごはん食べないとなー。なんか食材買ってこようかな。あ、でも冷蔵庫…。あー。とりあえず仕事探すか!よし、やるぞー。

ある一点が照明で照らされる。
マリネは商品をレジに通している。

マリネ セロリがいってーん。カイエンペッパーがいってーん。クミンパウダーがいってーん。クレソンがいってーん。チョリソーがいってーん。マミーポコパンツがいってーん。

また別の場所が照らされる。
マリネはスーパーの弁当を食べながらテレビを見ている。

テレビ えーただいま、東京よさこい祭の会場に来ておりまーす。すごい熱気でーす。みなさんこれ見よがしに、一心不乱によさこいを踊っていまーす。
マリネ あ、グンジだ。

暗くなり、明転する。マリネが商品をレジに通している。

マリネ 鳥もも肉がいってーん。ナツメグがいってーん。パプリカがいってーん。チリペッパーがいってーん。メリーズパンツがいってーん。

また別の場所が照らされ、マリネがスーパーの弁当を食べながらテレビを見ている。

テレビ えー、ただいま、東京よさこい祭りの会場に来ておりまーす。すごい熱気でーす。えー、ではここで、よさこい祭のリーダーの方に話を聞いてみましょう。こーんにーちはー。
グンジ こんにちはー。
マリネ あ、グンジだ。
テレビ あなたにとってよさこいとは、なんですかー?
グンジ 僕にとってよさこいとは、何というか、祈りのようなものですかね。
テレビ 祈りってなんですかー?
グンジ 僕がよさこいを始めたきっかけは、幼なじみなんです。
テレビ えー。ロマンチックな話ですかー?
グンジ いや、もう、その幼なじみには全然会ってなくて。今どこにいるかも分からなくて。
テレビ えー。最後に会ったのはいつですかー?
グンジ 彼女のお母さんのお葬式が最後です。
テレビ やっぱりロマンチックな話じゃないですかー。
グンジ そうですかねえ。
テレビ そうですよー。え、じゃあ、彼女にまた会いたくてよさこいやってるってことですかー?
グンジ まあ、そんなところですかね。このまま続けてたら、いつかはって。
テレビ 超ロマンチックですねー。
グンジ そうですかねえ。
テレビ 幼なじみの彼女さーん。もしこれを観てたら、テレビ局まで連絡をくださーい。

マリネ、テレビをじっと見つめている。
また暗くなり、明転する。マリネが商品をレジに通している。

マリネ ウスターソースがいってーん。ココナッツミルクがいってーん。パームシュガーがいってーん。ケチャップマニスがいってーん。(ふと、手を止める)…ナンプラーが、いってーん。パンパースがいってーん。

また別の場所が照らされ、マリネがスーパーの弁当を食べながらテレビを見ている。

テレビ …続いてのニュースです。よさこいの権威、よさこいの父と言われ、全日本よさこい協会の会長を務めていた軍司ヨシミさん80歳が、都内の病院で亡くなりました。すでに身内のみで葬儀は執り行われたということです。軍司さんは、よさこいを日本中に広め、その発展に大変尽力しました。各業界から、軍司さんの死を悼むメッセージが届いています。…

マリネ、テレビをじっと見つめている。
暗くなり、明転すると、冷蔵庫の横にマリネが縮こまって座っている。
しばらくの間、座ったままでいる。

マリネ あー…。なんか、目が霞むなー…最近。今頃、スーパーは品出しの時間かなー…。

と、しばらくして、冷蔵庫がカタカタと揺れ始める。

マリネ なんだ?

更にガタガタと大きく揺れる。

マリネ うわ、うわ、うわ。

マリネ、冷蔵庫を押さえつけようとするが、止まらない。
やがて振動が止まり、扉がゆっくりと開く。
中からは強い光が漏れ、マリネの母親が出てくる。

マリネ お母さん。
母   …。
マリネ え、夢?
母   マリネ。
マリネ うわ、しゃべった。
母   これはマリネの夢だよ。
マリネ やっぱりなー。お母さん、私の名前呼んだことなんてないもん。
母   あはは。
マリネ ほら、お母さんあははとか笑わないもん。
母   それは分からないよ、本当のところはどうなのか。
マリネ でもなー。
母   マリネは私に興味がなかったから。
マリネ 興味がないわけじゃないけど。
母   そう?私と目を合わそうともしなかったでしょ。
マリネ お母さんもそうだったじゃん。
母   それは思い込みじゃない?マリネが私を見ようとしなかっただけよ。
マリネ 納得いかないなー。
母   親子ってすれ違うものだから。
マリネ …。
母   何?
マリネ お母さん、なんでそんな男好きだったの?
母   寂しかったから。
マリネ うわ、即答。
母   だってそうなんだもん。
マリネ よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるね。
母   うん。だってこれはマリネの夢だもん。
マリネ 私が喋ってほしいようにお母さんは喋ってるってこと?
母   かもね。
マリネ なんだよ。そんなの自分と喋ってるのと一緒じゃん。私は本物のお母さんに質問したかったよ。
母   じゃあなんでしなかったの?
マリネ …。
母   生きてた時にすれば良かったじゃない。
マリネ だって。
母   親質問、したい時に親はなし。
マリネ お母さんが私と話そうとしなかったんだよ。
母   だから、それはマリネが私と話そうとしなかっただけだよ。
マリネ またそう言う。
母   マリネがある程度大きくなった時に思ったの。ああ、この子、私に興味がないなって。
マリネ え。
母   だから、マリネの人生を邪魔しないように、マリネに話しかけないようにしてた。
マリネ そうなの?
母   うん。
マリネ そんな、それこそ、そっちの勝手な思い込みだよ、私は別に…。
母   じゃあ、お互い様だね。
マリネ ずるいよ。お母さん、ずるい。
母   そうかもね。私、ずるかったかもね。でもマリネもずるかったんだよ。
マリネ なんでそんなこと言うの。
母   だから、これはマリネの夢だから。
マリネ …そう。
母   グンジくん、格好良かったじゃん。
マリネ え、グンジ?
母   付き合っちゃえばよかったのに。ヒューヒュー。
マリネ ちょ、ちょっとやめてよ。お母さんのイメージが崩れる。
母   だからこれはマリネの夢だから。
マリネ もういいよそれは。
母   ていうか、私ってどういうイメージだったの?
マリネ わかんない。ミステリアスっていうか、いつも何考えてるか分からない人って思ってた。
母   また勝手な思い込み。
マリネ だって、普段何やってるか知らなかったんだもん。男と会ってるってことくらいしか。
母   けっこう明るい人だったんだよ、私は。
マリネ それ自分で言う?
母   うん。使い道ないのに夜中にテンション上がってアマゾンでアフロ買っちゃったりするくらい。
マリネ …。
母   もう、アフロのことなんていいから、グンジくんのこと聞かせてよ。
マリネ …グンジは、なんか違ったんだよ。
母   なんでよ。いい人じゃない。
マリネ 今更母親っぽいこと言わないでよ。グンジは幼なじみだから。
母   幼なじみだとダメなの?
マリネ 小さい頃がちらつくじゃん。
母   昔と言ってること違うけど。
マリネ うるさいな。今はそう思ってるの。グンジは幼なじみとして大切な人だったんだよ。
母   グンジくんのお葬式、なんで行かなかったの?
マリネ だって、いつのまにか終わってたんだもん。知らないうちに、勝手に。
母   まあ、葬式は自己満足だからねー。
マリネ …私がしたお葬式、どう思った?
母   え。
マリネ お母さんにとって、私がしたお葬式ってなんだった?
母   なんでも何も。自分が死んだあとに起こることなんて、気にしないよ。
マリネ …そっか。
母   まあ、やるもやらないも自由だけど、マリネにとって意味があったんなら、それでいいんじゃない。
マリネ え。
母   お葬式ってそういうもんでしょ。残された人が故人のためと言いつつ自分のためにやるの。
マリネ …そっか。そうだね。そうだよね。
母   うん。
マリネ お母さんって、お母さんだったんだね。
母   何それ。
マリネ 初めて私ってお母さんから産まれてきたんだって気になったかも。
母   何、今までそう思ってなかったの?
マリネ うん。
母   ひどいなー。
マリネ ひどいけど。お互い様なんだからもういいよ。
母   あ、そ。
マリネ うん。
母   じゃあ、もう寝な。
マリネ え、寝る?
母   うん。もう寝る時間だよ。
マリネ もうそんな時間?
母   ほら、おいで。(膝を叩く)
マリネ えー。やだよ。恥ずかしい。
母   いいからいいから。こういうのってしたことなかったでしょ。
マリネ えー。

マリネ、嫌々ながら母親に膝枕をする。

マリネ なんか、落ち着かないなー。
母   じっとしてよ。
マリネ 膝枕って初めてしたけど、たいして寝心地よくないね。
母   でしょ。
マリネ 知らなかったな。
母   なんでもやってみないと分からないんだよ。
マリネ なんか、寒い。
母   じゃああっためてあげるよ。

母、マリネの身体をぽんぽんと叩きながら、

母   ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。
マリネ ちょっと。何それ?
母   子守唄。
マリネ 何その変な子守唄。
母   マリネがすごく小さい頃にいつも唄ってあげてたんだよ。覚えてないの?
マリネ 覚えてないよ。
母   マリネ、これ唄うとすぐ寝たんだよ。
マリネ えー。
母   ほら、さっさと寝な。子供はもう寝る時間だよ。
マリネ 子供扱いしないでよ。私もうおばあちゃんだよ。
母   おばあちゃんでも、子は子だから。
マリネ ふーん。そういうもんか。
母   そういうもんよ。ほら、寝た寝た。

マリネ、眼を閉じる。

母   ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん。ねねねのねん。ねんねんねん…

子守唄が続く。だんだんと暗くなる。
わずかな明かりが消え、子守唄もやがて小さくなり、聞こえなくなる。

終幕。


© 2018 YUNA HAGIWARA/MIUCO HAGIWARA

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