心を動かされる珠玉のサントラ盤(11):エンニオ・モリコーネ『オフィシャル・コンサート・セレブレーション』
「ドラマティック・アンダースコア」のサントラ盤を毎回紹介しています。
「ドラマティック・アンダースコア」とは、映画の中のアクションや、特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化などを表現した音楽のことで、「劇伴(げきばん)音楽」と呼ばれたりします。
今回は番外編として2022年11月に東京で開催されたイタリアの映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネ(1928~2020)のオフィシャル・コンサートをご紹介します――
エンニオ・モリコーネ『オフィシャル・コンサート・セレブレーション』
ENNIO MORRICONE - THE OFFICIAL CONCERT CELEBRATION IN JAPAN
CAST
作曲:エンニオ・モリコーネ、アンドレア・モリコーネ
Composed by ENNIO MORRICONE, ANDREA MORRICONE
指揮:アンドレア・モリコーネ
Conducted by ANDREA MORRICONE
オーケストラ:東京フィルハーモニー交響楽団
Performed by Tokyo Philharmonic Orchestra
ピアノ:レアンドロ・ピッチョーニ
Pianist: LEANDRO PICCIONI
ギター:ロッコ・ジファレッリ
Guitarist: ROCCO ZIFARELLI
ドラム:マッシモ・ダゴスティーノ
Drummer: MASSIMO D'AGOSTINO
ソプラノ:ヴィットリアーナ・デ・アミーチス
Soprano: VITTORIANA DE AMICIS
ベース:ナンニ・チヴィテンガ
Guitarist: NANNI CIVITENGA
合唱指揮:ステファノ・クッチ
Choir Conductor: STEFANO CUCCI
合唱:GLORY CHORUS TOKYO
Choir: Glory Chorus Tokyo
2020年7月6日に91歳でこの世を去ったエンニオ・モリコーネの作品を、彼の息子で自らも映画音楽作曲家であるアンドレア・モリコーネ(1964~)の指揮により演奏するコンサートが、2022年11月5日(土)と11月6日(日)に東京国際フォーラムで開催された。この『オフィシャル・コンサート・セレブレーション』は、エンニオ・モリコーネがアンドレア、そしてコンサート運営会社のGEA(General Entertainment Associates)と企画したもので、2020年の中頃にはエンニオ自身の選曲、ソリストの指定により、映画のフッテージ上映と組み合わせた、アンドレア指揮によるコンサートのプログラムが制作された。その年にエンニオは他界したが、2年後の2022年にコンサート・ツアーが実現、今回の東京を皮切りに、2022年12月にかけてダブリン、ロンドン、ベルリン、フランクフルト、ロッテルダム、ブリュッセル、パリ、ジュネーヴ、チューリッヒ、ブダペスト、プラハ、ウィーン、クラコウで順次開催の予定となっている。
PROGRAM
東京でのコンサート(11月5日)の演目は以下の通り:
<PART I>
The Untouchables
「アンタッチャブル」より
正義の力
勝利の誇りThe Life and Legend
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より
デボラのテーマ
ポバティ
メインタイトル
「海の上のピアニスト」より
ザ・レジェンド・オブ・1900
Scattered Sheets
「シシリアン」より
メインタイトル
「ある夕食のテーブル」より
メインタイトル
The Modernity of the Myth in Sergio Leone's Cinema
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」より
ハーモニカの男
「続・夕陽のガンマン」より
メインタイトル
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」より
ジルのテーマ
「夕陽のギャングたち」
Titoli(Sean Sean)
「続・夕陽のガンマン」より
エクスタシー・オブ・ゴールド
<PART II>
エンニオのテーマ
Hauser from 2Cellos
「ヘイトフル・エイト」より
レッドロックへの最後の駅馬車
Flashback
「プロフェッショナル」より
私だけを
「ニュー・シネマ・パラダイス」より
メインテーマ
愛のテーマ
「マレーナ」より
マレーナ
メインタイトル
Social Cinema
「アルジェの戦い」より
アルジェの戦い
「殺人捜査」より
殺人捜査
「供述によるとペレイラは…」より
供述によるとペレイラは…
「労働者階級は天国に入る」より
労働者階級は天国に入る
「ケマダの戦い」より
ケマダのテーマ
The Mission
「ミッション」より
ガブリエルのオーボエ
フォールズ
オン・アース・アズ・イット・イズ・イン・ヘブン
<アンコール>
「死刑台のメロディ」
勝利への賛歌(Here's to You)
「続・夕陽のガンマン」より
エクスタシー・オブ・ゴールド
「ミッション」より
オン・アース・アズ・イット・イズ・イン・ヘブン
オーケストラの後ろに大型のスクリーンが設置され、演奏に合わせてそこに映像が上映される構成となっていたが、冒頭の「アンタッチャブル」(1987)の2曲が演奏された後、「- The Life and Legend -(生涯と伝説)」というセクションになり、モリコーネのインタビュー映像がスクリーンに流れた。これは「ニュー・シネマ・パラダイス」等のジュゼッペ・トルナトーレ監督によるバイオグラフィー映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(日本公開2023年1月13日)と同じ素材から編集されたもののようで、コンサート中に同様のインタビュー映像が何度も挿入されたが、上記映画では使用されていない貴重な映像も含まれていた。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」
続いて、セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984)より「デボラのテーマ」が演奏された(映画のサントラではエッダ・デロルソのヴォーカル入りだったが、ここではオーケストラのみ)。モリコーネのインタビュー映像によると、この曲はもともとフランコ・ゼフィレッリ監督の「エンドレス・ラブ」(1981)のために作曲したものだったが、ゼフィレッリが「このシーンには別の曲を使う」と言ったので、自ら曲を取り下げ、後にレオーネ監督の本作品で使ったとのこと(「エンドレス・ラブ」のスコアはジョナサン・チューニックが担当)。少女時代のデボラは、「トップガン マーヴェリック」(2022)にも出演しているジェニファー・コネリー(当時14歳でこれが映画デビュー作)が可憐に演じていた。
「- Scattered Sheets -(散乱した譜面)」というセクションでは、アンリ・ヴェルヌイユ監督、ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ共演の犯罪映画「シシリアン」(1969)のメインタイトルが演奏されたが、この深い情感とミステリアスなタッチの名曲の主題が、“バッハ”のスペリング(B、A、C、H)の音で作曲されている、というエピソードが興味深い。
セルジオ・レオーネ作品
続く「- The Modernity of the Myth in Sergio Leone's Cinema -(セルジオ・レオーネ作品における神話の現代性)」というセクションでは、「続・夕陽のガンマン」(1966)「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」(1968)「夕陽のギャングたち」(1972)からの名曲の数々が演奏されたが、特にソプラノのヴィットリアーナ・デ・アミーチスの澄んだ歌声をフィーチャーした「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト」の「ジルのテーマ」、「夕陽のギャングたち」のメインタイトル、「続・夕陽のガンマン」の「エクスタシー・オブ・ゴールド」が素晴らしい。「ジルのテーマ」では、クラウディア・カルディナーレ演じるジルが列車から降り立って駅舎に入り、カメラが建物の前をトラックアップして屋根越しに西部の町が広がるカットに合わせて音楽が高揚する、という映画通りのタイミングで上映・演奏された。第一部を締めくくる「エクスタシー・オブ・ゴールド」は、モリコーネ自身がコンサートでよく演奏したお馴染みの曲で、ここではサントラよりも速いテンポで演奏され、大いに盛り上がった。ヴィットリアーナの美しいヴォーカルは「デボラのテーマ」でもフィーチャーしてほしかった。
「エンニオのテーマ」
第二部の冒頭の「エンニオのテーマ」は、アンドレア・モリコーネが父のために作曲したもので、2CELLOS(トゥーチェロズ)のステファン・ハウザーによるチェロをフィーチャーした曲(映画音楽ではない)。ちょっと「デボラのテーマ」に似た主題で、ここではハウザーがチェロを演奏するビデオ映像にレアンドロ・ピッチョーニのピアノの生演奏を重ねる形で披露された。
モリコーネを敬愛するクエンティン・タランティーノが監督し、サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル他が出演した西部劇「ヘイトフル・エイト」(2015)の「レッドロックへの最後の駅馬車」(メインの主題)は、タランティーノとモリコーネのコメント映像、モリコーネ指揮によるレコーディング映像、映画のフッテージ映像に合わせて、オーケストラとコーラスによる迫力ある演奏が展開。モリコーネは、このスコアで2015年度アカデミー賞の作曲賞、ゴールデン・グローブの音楽賞、英国アカデミー賞の作曲賞を受賞している。
続く「- Flashback -(フラッシュバック)」というセクションでは、ジョルジュ・ロートネル監督、ジャン=ポール・ベルモンド主演のスパイアクション映画「プロフェッショナル」(1981)から「Chi Mai」が演奏されたが、これはもともと1971年にイェジー・カヴァレロヴィチが監督しリザ・ガストーニが主演した「(未公開)MADDALENA」という映画にモリコーネが作曲した曲。ラジオでこの曲を聴いて感銘を受けたベルモンドの希望により本作にも流用されたもので、これもモリコーネ作品中ではコンピレーションやカバーアルバムによく収録されている有名な曲。2021年9月6日に亡くなったベルモンドの追悼式がフランス政府によりアンヴァリッド廃兵院で営まれた際にも、この曲が演奏された。
日本でも絶大な人気のある「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989)の「メインテーマ」と「愛のテーマ」は、映画のフッテージとともに演奏されたが、「愛のテーマ」は当時アンドレアが作曲しており、これは自作自演となった。
社会派映画
「- Social Cinema -(社会派映画)」というセクションでは、ジッロ・ポンテコルヴォ監督がアルジェリアのフランスからの独立戦争をドキュメンタリー・タッチで描いた「アルジェの戦い」(1966)のミリタリスティックな主題が、映画のフッテージ映像とともに演奏された。ここで流れたポンテコルヴォ監督のインタビュー映像では、「ケマダの戦い」(1969)のためにモリコーネが作曲した曲に否定的だった監督を説得するべく、モリコーネが自費でオーケストラを雇って録音までして聴かせた、とのエピソードが紹介された。
このセクションはモリコーネのこだわりが感じられる凝った選曲となっており、エリオ・ペトリ監督、ジャン・マリア・ヴォロンテ主演の「殺人捜査」(1970)、ロベルト・ファエンツァ監督、マルチェロ・マストロヤンニ主演の「(未公開)供述によるとペレイラは…(Sostiene Pereira)」(1995)、エリオ・ペトリ監督、ジャン・マリア・ヴォロンテ主演の「(未公開)労働者階級は天国に入る(La classe operaia va in paradiso)」(1971)といった社会派ドラマにモリコーネが提供した独創的なタッチの曲が紹介され、「ケマダの戦い」のコーラス入りの感動的な曲で締めくくった。
第二部の最後には、ローランド・ジョフィが監督し、ロバート・デ・ニーロ、ジェレミー・アイアンズ、リーアム・ニーソン他が出演した「ミッション」(1986)の曲が、ジョフィ監督のコメント映像に続き、映画のフッテージ映像とともに演奏された。特に最後の「オン・アース・アズ・イット・イズ・イン・ヘブン」は、コーラス入りの美しくダイナミックな演奏。このスコアを聴いてモリコーネのファンになった人は、世界中に数多く存在するであろう。
勝利への賛歌
ここで一旦終了してアンドレアは舞台袖に引っ込んだが、すぐに戻って来て、アンコールの3曲を披露。
1920年代にアメリカで起きた人種偏見による冤罪事件を描く、ジュリアーノ・モンタルド監督、ジャン・マリア・ヴォロンテ、リカルド・クッチョーラ主演の「死刑台のメロディ」(1971)の主題歌「勝利への賛歌(Here's to You)」が、オーケストラとコーラスにより演奏された。映画ではフォーク歌手のジョーン・バエズが歌った有名な曲だが、コンサートではコーラス入りで演奏されることが多く、極めてエモーショナルに盛り上がる。
続いて「エクスタシー・オブ・ゴールド」「オン・アース・アズ・イット・イズ・イン・ヘブン」が再演奏され、最後に「ミッション」に出演したジェレミー・アイアンズがモリコーネの音楽を賞賛するコメント映像が流れ、全体が締めくくられた。
偉大な作曲家が、その生涯の最後に企画した自作のコンサートを、彼の死後に息子が実現させたもので、真摯で濃厚な感動に包まれた時間だった。
映画音楽作曲家についてもっと知りたい方は、こちらのサイトをどうぞ:
素晴らしき映画音楽作曲家たち
<エンニオ・モリコーネに関する記事>
心を動かされる珠玉のサントラ盤(3):「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」
心を動かされる珠玉のサントラ盤(12):「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(映画レビュー)