自己完結SM

僕たちはある一定の満足した生活や地位を手に入れると、ムズムズする生き物なのかもしれない。

コテンパンにされたい。
辱めを受けたい。
圧倒的な敗北感を味わって、すっきりしたい。
打ちひしがれたい。
安定をぶっ壊したい衝動は誰しも持っているものなのかもしれない。

僕が昔働いていたライブバーで、毎週お笑い芸人によるスタンドアップコメディイベントが開催されていた。と言ってもほとんどは素人の参加者でやっていた。

ある時、とあるバイトの上司にその話をすると、
「でたい。」
という。
この上司は元々お笑い芸人をやっていてコンビを組んでいた。
ネタも書いていたらしく、すかさず気持ちのいいツッコミを入れてくれる人だった。
バイト先に行くと調子どう?といつも話しかけてくれ、僕が最近のことを話すと面白がって聞いてくれていた。
僕が音楽をやっていることもあり、何かと気にかけてくれていた。

「なんかおもろいことないかなあ」
とよく言っていた。

そんな中、僕がいつものように最近の出来事を話したときに食いついてきたのだった。
「出たいけど、一人で出るのが怖いからふうやくんも一緒に出てくれへん?」
ということだった。
なんやそれ!かわいい人だなとは思った。
「うわ、恥っっず〜〜!!だっさ〜〜!てなりたいねん!」
その時、わからなくもない気がしたのだった。

が、僕は何度もお断りした。でも折れてくれなかった。
熱意に押され、渋々快諾した。

ステージに一人で立って、少なくはあれ、複数人の前でマイクを握って自分の考えた笑いを取るための話をするのだ。
やったことはなかったが、いい経験にはなりそうである。

ただ、僕は無責任でいい。
別に笑いが取れなくてもそこまでダメージはない。
だってやったことないし、ど素人だから。
と言ってもほんと、そのイベントも出演者がそのままお客さんて感じで、ごくごく小さな身内なイベントである。
僕も顔を知っている人ばかりなので、出演するというハードルは低かった。

でも上司の彼は違うのだ。
紛いなりともかつては、お笑いで飯を食おうと思っていたはずで、多少腕に覚えはあるのだ。そして多分、どこかにまだ自信もあるのだ。でも今はその夢は諦めて、ある程度のポジションで働いている。
思うに、僕がひたむきに音楽をやっている姿を見て、きっとどこかに、諦めきれていない自分がいるんだろうなと思った。
そんな自分に、水をかけたかったのだ。バシャッと冷たい水を。

出番当日。
彼とジントニックで乾杯しながら、
お互いネタを考えてきたことを確認する。

出演者は僕含め6人ほどだった。
となると観客は5人である。

もう正直自分が何を話したのかさえ覚えていないが、別にウケてもなかったことは確かだ。
温かいイベントのため、終わると皆拍手を送ってくれる。

僕の後に彼の出番だった。
悪いが、話は全く覚えていない。
別にウケていなかったことは確かで、僕と同じ温度感の温かい拍手を送られていた。
緊張しているであろうステージ上の彼の顔はよく覚えている。

出番が終わり、テーブルに戻ってきた彼は
「なんであいつら笑わんねん!爆笑やろがい!」
と小声で悪態をついてくる。お疲れの乾杯をする。

実際どうだったのかは聞いていないが、
どこかスッキリしているように見えた。


そして、今から話すのは僕の話。

東京に出てまだ3ヶ月以内ぐらいの頃だったか。
東京に出たはいいが、右も左も分からない。

そんな時、こっちに住んでいる友達が飲みに誘ってくれた。
彼はジャズを好んで聞いている奴で、最近話した時、彼が言っていたのは
「最近はめちゃくちゃいいヘッドフォン買ったんで、それで爆音で好きなジャズ聴きながら、キャプテンモーガンのプライベートストックでベロベロになるのが最高です。」と語ってくれた。
この酒は僕も大好きなのでやっぱり気が合うなと話したのだった。

彼が連れて行ってくれたのは高田馬場のIntroというお店だった。
名前だけは知っていた。
かなり本格派のジャズミュージシャンが夜な夜なセッションを繰り広げている、東京のジャズ箱と言えば!的なとこである。
彼は、たまに一人で立ち寄って、生ジャズを聴きながら酒を飲むという。

ジャズといえば洒落た、お高いイメージがあるかもしれないが、ここはリーズナブル。
気取っていないところがまたかっこいいお店だった。

彼との久しぶりの再会に乾杯をして、生のジャズを聞いた。
どのパートの人も、バチバチにかっこいい。
メガネの人が多い。賢そう。確かにビルエヴァンスや、チェットベイカーを見ているとあのセクシーなメガネに憧れたりもするが、彼らもその影響はあるのだろうか。
とか穿った見方をしていた。
そして何より、楽しそう。
プレイヤーがああでもないこうでもないと各々ソロパートで、楽しげにさまざまな音を出してくる様を、何より観客が楽しみながら酒を飲んでいるあの空間。
そこにいる自分に、まず酔える。酒がうまい。酒もタバコもすすむ。
これぞ生ジャズ。
このイカしたIntroという場所と、ジャズプレイヤーにしか醸し得ない至福の空間である。

「あのピアニストやばかったな」
とかいった感想を述べながら、
時間はあっという間にすぎ、彼とまたいつか会おうと別れた。


家に着いて一息つく。
何か、ムズムズするのだ。
かっこよかった、どいつもこいつも。
俺はなんだ。
ギターを弾いているし、ブルースが好きだ。
なんかきっかけを掴みたくて東京に出てきた。
誰かが言ってた。
ブルースとジャズは似ているって。
まるでその意味がわかっちゃいないし、全然違うと思っている。
ジャズに憧れがある。
ブルージャイアントを読んでると熱くなる。テーマはひとつも弾けないし、そういう場に行ったこともなかった。

そして、今日行ってきたあのIntroは、1000円でセッションに参加できる。
どこかで、俺だってジャズぐらいって思っていた。
曲を作りながら、ジャズっぽいコードを見つけたりするとなんか俺ってすごいんじゃね?とか思うし。

じゃあ、やってみろよ俺!

と奮起したのだった。

3日も経たないうちに僕は一人、ストラストキャスターを担いで高田馬場に向かっていた。
Introに入る。
綺麗な姉ちゃんが案内してくれる。中は人でいっぱいだった。
気さくなマスターが、「今日やるの?」
と声をかけてくれた。
「はい!!」
と賑やかな店内で声を張った。
「名前は?」
「楓也です!」
「よし、楓也、よろしく!!また出番のとき呼ぶからさ!」
「はい!!」

私はウイスキーを頼んだ。
あおりながら演奏を見ていた。
どの人もバチバチにかっこいい。

酒はすぐになくなった。
至って冷静だ。至って冷静に、勢いでここまできてしまった事を後悔していた。
どうやって曲目を決めてやっているんだろう。
ソロはどれくらいやるんだろう。
そもそもなんでこんなにみんなうまいんだろう。
ああ、俺もうすぐ名前呼ばれてあそこに立つんだよな。
何もできない。俺にできることはない。

そして、「次、楓也ギターよろしく!!」
とマスターの元気な声。

「はい!!」

僕は、客の間を縫ってギターを担ぎ、ステージに向かった。
視線が怖い。
ステージに集まったのはドラム、ウッドベース、ピアノ、サックス、ボーカリスト、そして僕だった。

ギターをアンプに挿し、準備はできた。
メンバーに「大丈夫です。」と合図を送ると
ボーカルの女性のかたが、
「キャラバンをGmで」
と言うと、即座に曲が始まった。

僕はキャラバンが何かわからなかった。
曲名らしい。
演奏が進むにつれ、ボーカルの人が歌ってるメロディを聴いて
(ああ、これがキャラバンなんだ)
と認識する。

その場に立って浴びる生演奏はすごい迫力だった。
バチバチにかっこいい演奏を皆が繰り広げる中、

僕は客の前でずっとアンプの前にかがみながら、鳴るか鳴らないかくらいの小さな音を出して、どうにかテーマのメロディだけでもこの場で耳コピできなものかと悪戦苦闘していた。冷や汗がやばかった。
テンポが超速く感じる。他のプレイヤーがバチバチにかっこよくて聴き入ってしまう。
それどころじゃないのに。
今そのバチバチの中に俺が立っていて、客の視線を浴びていると言うのに。
前を見れなかった。

そして、プレイヤーの視線が僕に移る。
ソロだ。

僕以外のパートが静かになる。
僕の出番だ。

全観客の視線を全身に浴びながら僕は、
なーーーーーーーーーーーーーんにもできなかった。
もう気持ちのいいくらいに何も。

あそこでちんこを出すくらいした方がむしろかっこよかっただろう。

一番前で見ている白人が、僕を見ながら
「お前wwマジかよこいつwwwwwやばすぎだろwww」
てな風に笑っている。
僕はどんな顔してたんだろう。
泣きそうになってたのかな。


演奏が終わる。
逃げるように戻る。

マスターは気さくに、
「お疲れ!いやあ、ちょっと曲が難しいもんねえ!」
と声をかけてくれる。

そんな次元じゃないでしょーよ。。

器が広いこのマスターがいるから長年このIntroは人が絶えないのだろう。

「ありがとうございました!」

と言ってそそくさと店を出た。

すると外の喫煙スペースでさっき超絶なドラムを叩いて一緒に演奏してた人が「あ、お疲れ様でした!」と、頭を下げてくる。
「いやいやこちらこそ、あの、めっちゃかっこよかったです!」
と本心を伝えた。

めちゃくちゃ礼儀正しく、腰が低いのが余計に食らった。
いっそシカトして欲しかったぐらいなのに。

駅に向かう。

ある程度こうなることはわかっていた。
でもわかっていたとしても、その場に立たないとこの気持ちは味わえない。

それは、「俺だってジャズぐらいできるぞ」と、どこかで思っていた自分に対しての戒めだ。
コテンパンにやられて、悔しささえ出てこない。
俺はジャズプレイヤーではない。
なろうとも思わない。
ジャズを本気でやっていて、かっこいい人たちを目の前にして、同じ場に立った。
そして彼らは気持ちいいくらいに勢いよく冷たい水を顔面にかけてくださったのだ。ジャズを見せてくれたのだった。


帰りの電車に乗ろうとした時、電車に足を踏みいれた瞬間ピチャっと音がした。

みると大量のゲロだった。
僕はビーサンだった。
思いっきり踏んでいた。

もう、言うことはない。
こんなに清々しいいことゲロがあろうか。
さあ東京!かかってこい!その調子だ!
そんな気持ちだったね。


先述の上司の話といい僕の話といい、この不意にくる究極のドMモード。
腰を据えるにはまだ早いぞ俺、と、まだまだ貪欲に戦っていたい、戦う気持ちを失いたくない自分への洗礼。
これは、男として大事な感覚だと思う。
別にそれがきっかけでその後何がどうこうなるわけでもないかもしれないけど。

合法的自己完結SMだ。
誰も自分を殴ってくれないと、殴って欲しくなるんだよ。
調子乗るなよ。いきがってんなよ。大したことないくせに。このオス豚がと。

いや実際、さっきの上司がどうなのかはマジで知りませんけどもね。
こう言うことやったんちゃうかなて思うんです。
今度もしまた会うことあれば聞いてみます。


それはそうと、メス豚に関してはどうなんでしょうね。
たまにやたらとイライラさせるのがうまい女の人がいたりしますが、あれってもしかしてドMなんですかね。
怒って欲しいんですかね。怒鳴られたいんですかね。
僕そう言うの疎いからわからないんですよね。
教えてくださいなそこのメス豚さん。





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