わたしは"豊か"ではなかった
父の名前は、豊という。
『名前の由来を調べましょう』という宿題なら、豊かな人生を歩むように付けられました、と書いて提出していたに違いない。
武豊も、松重豊も、竹野内豊も、きっとそうだ。
でも、そう願われ生まれた多くの豊の中でいえば、うちの父は豊かではなかったかもしれない。
娘の私も、大人に近づくにつれ、なんとなくわかってしまった。
そんな家に生まれた自分を恥じたりした。
特に、父が病気で働けなくなり、金銭的に難儀した大学時代は、思い出すと苦しい。
私が思う「豊かであること」とは「富を持つこと」でしかなかった。
自分にはない、憧れの姿だった。
大学卒業までは勉強はそこそこに、とにかくアルバイト。
時間の許す限り、お金を稼ぐことに執着していたりした。
・
就職して、同年代よりも少しいいお給料を貰えるようになった今、当時憧れた豊かさに、ちょっとは近づけていると思う。
すると、また次の憧れが現れる。
私はそれを追いかける。
1つの豊かさを得れば、別の象限に新たな豊かさを拡げていける。
そう気づくことができた。
豊かでなかったことが、いまの私を豊かにしている。
少し皮肉な言い方だけど、もともと恵まれている人よりも、深く豊かさを楽しめていると思う。
・
父よ、娘はいま、あなたに代わって「豊かな人生」を歩もうと励んでいるよ。
もう少し余裕が出来たら、今度は豊かさを分けられる人になるからね。
いいなと思ったら応援しよう!
サポート頂けたら、おいしいごはんをご紹介します!笑
ライター、カメラマン、婚活サポーターなどやってます。ご支援をお願いします。