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チョコエッセイ🍫恋よりも焦がれた

基本的に財布の紐は堅い方だと思う。貧乏性の貧乏なのだ。あまり高い買い物はできない。

ただし、この時期は別。仕方ないのだ。

街中そこかしこからカカオの気配が漂う時期。百貨店の上の方、イベントスペースでバレンタイン催事が始まりだした。

普段デパート1階で値段に怯えている私も、7階催事場ではお姉さんの口車に簡単に乗る。エンジンを蒸す勢いで。1年間でこの時期だけ、ある程度欲望のままに財布を開くことができる。それがここ数年恒例のバレンタインなのだ。

そんな私の目にはデパコスよりも輝いて映るチョコレート売り場に、毎年かなりの広さでスペースを構えるお店がある。

MAISON CACAO。

密かに催事場の壁サーと呼んでおり、数年前に一度チョコレートを買ったこともあった。なぜ一度なのか。それはこの売り場に到着した時、決まって大行列ができているうえ、一番目当ての味が売り切れているからである。数年前の一度も売り切れていて、泣く泣く二番目に気になっていた味を買っていた。それも生チョコの概念が覆されるレベルに美味しかったのだけど。

そんなこんなで片思いして早数年、今年ついに手に入れることができてしまった。思い立ったら即行動の大切さが身に染みた。

とうとう家の冷蔵庫に納めたアロマ生チョコレートマスカット。

一目見てピンと来なかったのは、去年とパッケージデザインが変わっているからだろうか。成人式で数年ぶりに会った同級生が、さらに素敵に変身していてポカンとしてしまった時のアレに似た感覚。でもすぐに、あ、憧れてたあの子だと気付けてしまうアレ。

憧れのあの子を家に連れ帰ったはいいものの、憧れていただけにおいそれと手は出せない。毎日冷蔵庫を開ける度にそっと眺めて、軽く1週間は経過してしまった。賞味期限がまだあることだけが幸いだ。

2月に入ったので、そろそろ食べたさも高まり、我慢できなくなった。オシャレな模様の木箱を開けると、四角い生チョコが4×4で綺麗に並んで入っている。整っていて美しい。

1つ、入っていた楊枝に刺して鼻の近くに持ってきてみた。香ってきたのは、カカオの香り。纏っているココアパウダーが、生チョコであることを主張していた。あれ、もしかして想像していたよりもマスカットが薄いのかしら。そんなふうに思いながら口の中に入れた。

口の中の温度で溶かし始めると、やっぱり初めはカカオの香り。遠くにマスカットがいるかもしれない。そのくらいだった。気が付かないうちに風邪でもひいて鼻を悪くしたのだろうか。その心配は杞憂に終わった。

10秒後、マスカットのフレッシュな甘い香りが広がった。チョコレートはかわらずずっとそこにいるのに、確かな存在感をもってそこにあることを主張してくるマスカット。そしてふわりとしたアルコール感。

鼓動が少しだけ早くなった気がした。もしかしたら、ほんの少しだけ体温も上がったかもしれない。だって、口の中のチョコレートが溶けるのが早くなっている。きっと早くなっているもの。

気になるあの子の意外な一面を見てしまった時のような胸の高鳴り。普段は結びつかない要素が共存しているのを知った時の衝撃。一瞬だけ時間が止まったみたいなあの感覚が押し寄せた。

凄烈なマスカットの印象がこびりついて消えない。

これはもったいなさすぎて、一度には食べ切ってはいけない。絶対に何回かに分けて食べよう。できるだけ長く楽しみたい。

そっと蓋を閉めて、冷蔵庫に戻した。

食べ切るまでの間にきっとまた、冷蔵庫を開ける度に眺めてちょっとにやけるんだ。

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