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#3インド・コルカタ 世界最悪の風俗街「ソナガチ」を歩く その2
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売春宿の様子。非常に狭い階段。出入りはここのみ。3階には、牢屋にそっくりな部屋と、普通の部屋。ポン引きが2人。部屋にはサリーを着た女性が寝ており、謎の男が座っていた。
ソナガチの売春宿へ
ナガトモ(#2 参照)に誘われ、早速売春宿へ入ることに。入る前に、メガネ型カメラの録画をスタートさせておく。#2でも言及したが、このナガトモをはじめ、ソナガチのポン引きたち、とにかく英語が下手。まず、文法の概念がない。英単語を並べるだけだ。ナガトモからは値段を告げるための「〜サウンザント」、と「レディ」、「ネパーリ」しか聞いていない。
なので、会話が全くできない。英語が通じれば、世間話から始めて彼らを取り巻く環境について、聞き出せたのだろうが、それは叶わない。せめてベンガル語の基本会話くらいはできれば良かったが、何分、サラリーマントラベラーである。ネパール語はちょっと勉強したが、ベンガル語はほぼ皆無だ。数字と自分の名前くらいしか言えない。
とはいえ、ついに売春宿への潜入である。念願が叶った瞬間である、が、浮かれてもいられない。潜入するのは狭いビルだ。向こうかれすれば、僕の退路を塞ぐのは容易だ。閉じ込められる危険が付きまとう。
不安と警戒心と、好奇心が混じった気持ちというのは初めてだったが、頭は意外とクリアーだった。少なくとも、こうして述懐できるほどには、見た光景を覚えていた。
ということで、ビルの様子について、いくつか、書こうと思う。
まず外観だ。5階たて程度の細いビルが並んでいた。繁華街によくある古い雑居ビル。あれがもうちょっと汚くなった感じ。
参考までに周辺の街の様子を載せておくが、建物はとにかく古く、汚い、という印象はあまり受けない。コルカタ限定で言えば、平均的な清潔度と言えるだろう(もちろん日本人の衛生観念からすれば「キツい」のだろうが、それを言ったらインドのほぼ全ての都心部がそうである)。噂で聞くほど汚くはない、というのが第一印象だった。
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引用元:Google
ただその代わり、ビルの中は暗い。電気が通ってなかった。
そして階段はとにかく狭い。太った人とはすれ違えない程度の狭さだ。
ナガトモに先導され2階に上がると、8畳程度のドアがない部屋があった。この部屋は明るかった。壁にぽっかり、穴があいていたからだ。ちなみにガラス窓はない。
ナガトモは「中を見ろ」のジェスチャー。覗くと、入り口のところに、おじさんが椅子に腰掛けていて、部屋の奥には布団。女性がこちらに背を向けて寝そべっていた。
ネパーリ女性の目
「タウザント」とナガトモが言う。
座っていたおじさんが女性に何か言う。
横になっていた女性は、いかにもつまらなさそうに、のっそりと、起き上がり、こちらを見た。サリーこそ着ているが、髪はちょっとボサボサ。ドラヴィダ人ほど肌は黒くないが、アーリア人風でもない。容姿は至って普通である。こう言っては失礼だが、初めにsisterと声を掛けていた女ポン引き(#2参照)の方が綺麗である。
「ネパーリ」とナガトモが言った。
実はコルカタの前、ネパールのカトマンズに訪れていて、その時にもポン引きに性風俗マッサージをしないか、と声をかけられていた。確か、2000NPRと言っていた。約2400円程度だ。本当かは知らないがそれより安いってことはないだろう。
それがソナガチでは1000ルピーである。約1700円。この700円の差は大きい。日本だとコンビニ飯一食程度の値段だが、こっちでは3日くらいは過ごせる。母国で売春をした方が単価は高いのだ。確かにネパールでは売春は違法だ。警察による摘発もよくあることだと聞いた。しかしだからと言って、客単価も安く言葉も通じない異国の地で、エイズの危険に晒されながら、わざわざ売春をするだろうか。おそらくしないだろう。少なくとも自発的には。
ということはである。彼女は多分、人身売買でやってきたのだろう(人身売買とソナガチについては#4で記述予定)。
虚な目、とか死んだ魚の目、と言うが、まさにそれである。僕を見上げる彼女の目を見て、「諦観」と「無気力」と言う単語が頭に浮かんだ。
これほどまでに、何かを諦めてしまった人間を、見たことがなかった。
人間、生きていれば色々な境遇の人に会うが、何というか、もう、根本的に違うのだ。日本国内で普通に生きている人はきっと、この目をした人間に出会うことはないだろう。現に僕がそうだった。
うまい言葉が見つからず歯痒いのだが、心の底から生きる希望を捨ててしまっているようだった。ここまで来ると、異様である。
本当に彼女がネパール人で、人身売買でやってきて、売春婦として働かせられ、生きる希望を捨ててしまったのか。何一つわからない。ネパール人である、という情報以外は、全て推測で書いている。
来る前までは、ネパール人の売春婦がいたら、ネパール語でちょっとインタビューでもしてみようか、と考えていたが、そんな考えは吹き飛んでしまう。薬物中毒者の目つきとはまた違うのだが、ボウっとした目で見つめられて、呆気に取られてしまったのだ。彼女の絶望を垣間見てしまったような気がして。
(と、まあ大袈裟に書いてしまったが、真意は不明である。単純に眠かっただけかもしれないし。だが僕がそう感じたのも無理はないくらい、インド、ネパール、バングラディシュ周辺国の人身売買問題は深刻である。これだけは、確実に言える)。
1分と見ていられなかった。エサを欲しがる犬のように顔を輝かせるナガトモと、恨めしげな女性のコントラスト、これに耐えられなくなったのだ。何ら悪気なく、他人の不幸を商売道具にする連中に、反吐が出そうになった気がしたのだ。
僕は、(女性には申し訳ないが)彼女は好きじゃないから他の女を見せて欲しい、とナガトモに言った。僕は客なのだ。客が売春婦を前にして立ち去る理由なんて、それしかない。もちろん伝わってないだろうが、このナガトモ、あまり強引ではない。僕が勝手に階段を降りると、ついて来はするが、別のビルへと案内を始めたのだった。
ソナガチ撤退戦
ビルを出た瞬間、違和感を感じた。街中の視線が僕に注がれていたのだ。それも、かなり鋭い。しかし撮影がバレたような気配はない。結局その視線の意味は最後までわからないのだが、僕がやることは変わらない。客のふりをして、撮影すること。
今度は数メートル離れたビルに通されたが、ここでポン引きがもう一人増えた。特に特徴もないのでBとする。Bはナガトモよりも良い体格をしていたが、それでも僕には及ばない。2対1なら、虚をつけば包囲されない。
しかし現れたはいいものの、このB、付きまとうだけで何もしない。
何だこいつは、なんて思って、ビルに入ってすぐの階段を登ると何と3人目が現れたではないか。しかも、僕の後ろを登ってくる。というか、ちょっと通路を塞いでる。
まずいかなー、さっきの視線もあるし。かと言って、いきなりビルを出るのも不自然極まりない。むしろ向こうを刺激するだろう。仕方ないので、狭くて暗い階段を3階まで登る。今度のフロアには、部屋が二つあった。一つは先ほどの部屋と同じような、少しだけ広い部屋。
問題はもう一つの部屋だ。まず、狭い。というか、真っ暗で中が見えない。その部屋には扉があって、これがまずくて、どう見ても監獄で見るような代物だった。中を覗いてみたいのだけど、覗いている際に、後ろから押されると、そのまま閉じ込められてしまうだろう。仕方がないので、監獄部屋の方は諦めた。
というか、この時はすでに、いかにここから安全に出るか、考えていた。3対1という状況になったのがやはりまずい。
僕はただのサラリーマントラベラーだ。なけなしの休みを削ってやって来て、捕まって、予定を狂わされるなんて、たまったもんじゃない。殺されるようなことはないと分かってはいるものの、トラブルはごめんである。
もう撤退モードだ。いかに自然にこのビルから出るか。なので、正直に申し上げると、ほとんど部屋の様子を見ていない。サリーを着ていたこと、部屋にはやはり、謎のおじさん(多分、やり手?)がいたこと、窓代わりに壁にでっかい穴があったこと。このくらいしか見ていない。
僕が撤退モードになったのも無理はない。ナガトモときたら、やたらと監獄部屋に僕を入れようとするのだ。身体の接触はなかったが、来いよこいよ、とジェスチャー。
後ろには、あからさまに通路は塞いでいないが、強行突破しようとすれば、止めてくるであろう、ポン引きC。
うーむさて。困ったものである。仕方がないが、ここでNGな行動は、逃げようとすることである。なぜならば、客ならば逃げる必要はないからだ。つまり求められるのは、”客であること”。
今思うと、この時の自分はなかなか冴えていた。この結論にポクポクチーンと一休さん並みの速さで辿り着いたのだから。
監獄部屋を見ずに、もう一つの部屋の方を親指で指して、「この女も好きじゃない」と告げる(女性には申し訳ない)。
もちろん、ナガトモには伝わらない。ということで、come hereと、こっちにきて欲しい、と逆に呼ぶ。あくまで、私はあなたの元から立ち去りませんよ、と向こうに思わせるためだ。
ナガトモとポン引きBがついてくる。退路を微妙に塞いでいたポン引きCは、いつの間にか、いなくなっていた。これは僥倖とばかりに、階段を降りて、一気に外へ出る。
先ほど感じた町中の視線が、より鋭くなっていた。これは真意を確かめるまでもないだろう。彼らが僕を、胡乱な来訪者とみなしていたのは明らかだった。無理もない。女を買いに来ながら、2連続ですぐに出てきたのだ。しかも、普段は見ない東洋人。
良い喩えかは、怪しいのだが、飛田新地を黒人のお兄さんが歩いているようなものだろうか。目立つだろう。まぁ、そんな感じだ。ここで言いたいのは、ソナガチで、僕は目立ってしまっていた、ということだ。
撤退モードと言いつつ、隙あらばもう少し見ていこうか、と考えていたのだが、彼らから注がれる視線を感じて、ここでこれ以上はやめておこう、とやっと決意した。
そんな僕とは真逆で、ナガトモは、次の女はこっちだとばかりに付きまとってくる。なんだか、ここまで来ると無邪気に思えて来て、ちょっと可愛い気が(そんなことない)。
僕は撤退を決意していたので、適当に流しながら、街の外れまでナガトモについて来てもらうように仕向ける。
個人的な意見だが、この手の外国の土地を歩く時、ローカルの人間と一緒ならば、安全だと考えたのだ。いわば、ナガトモは、ソナガチを歩くためのパスポートみたいなものである。
ポン引きの間で、案内している間は客を襲わない、なんて取り決めがあるとも思わないが、いくら目立つ東洋人とはいえ、腐っても客なのだ。彼らとて、無闇に襲ったりはしないだろう、と踏んだってわけだ。日常的にそんなことをやっていたら、ポン引き同士で喧嘩が絶えなくて大変だろうし。
その読みが当たったかどうかは知らないが、結果的には、特に何もなく街のハズレまで来れた。後は、ナガトモと別れるだけだ。
もう帰るから、と言ってもナガトモは引かない。当たり前である。金を持ってる外国人を連れ回して、何も成果もなく帰るはずがない。
2、3度、形だけもう帰れ、とジェスチャーをする。あれだな、韓国の酒の席のマナーだな。年長者の酒を2回断って3度目にもらう、という。と謎に思いながら、ポーチを開けて、100ルピー札をナガトモに渡した(失礼。韓国の人、すみません)。
渡すと、ナガトモは喜んで、そして去る。バイバイナガトモ。よし、帰ろう。なんて思ってたら、今度はポン引きBである。おーーーい!!!!!俺にもくれよ!!!!!と言ってるのが、言葉がわからなくてもわかった。鬱陶しいので100ルピーを渡す。お前何もしてねぇじゃねえか! とツッコミたかった。
以上がソナガチの探訪記である。
その後も、ポン引きに金を渡すところを警官に見られて呼び止められたり、割と離れたところまでポン引きBが付いてきて、イライラしたので怒鳴りつけたりしたのだけど、その辺は長く書いても面白くならないので、この辺で終えようと思う。
#2,#3と記事を分けてソナガチの街の様子を書いたが、#4ではソナガチを取り巻く事情について、書いていきたいと思う。
どこまでいっても野次馬なんだけど、罪滅ぼしというか。そこまでセットでのソナガチ探訪だと、思っているので。
あ、ちなみに、メガネ型カメラで録画したデータは、残ってはいたけれど、映像が全く映っていなかった。現在、復元できるか格闘中。多分できない。裏アキバの怪しい店を信頼している、と#2で言ったけど、あれは撤回。お金、返して欲しい。