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第四話 持つもの持たないもの

この話はフィクションです。
実在の人物や団体などは一切関係ありません。

 一、
 ここ数日どうすればいいのか分からず悩んでいる。
 「東京駅で破壊されたモノ」の詳細をしってる青服や実家周りに聞いても誰も知らない。新宿の巨鶏事案から数カ月、私自身には進展が何もない無い。

 十八歳の時に山中にある実家から進学のために都内に引っ越した。都内の夜中の喧騒、珍走団の悪あがきも最初は慣れなかった。それを知った師走は家の中に入る騒音を無くしてくれた。けどそれは無音過ぎてかえって寝れなくて徐々に遮る音を減らして慣らすという事に落ち着いた。今はその騒音も気にならないぐらいには慣れた。そんな煩さと焦りの中、久々に夢をみた。幼少の頃の記憶だ。

 外は晴れてて日向は少し暑いくらの日。まだ実家が工業地帯の豆腐建築みたいになる前の一軒家だった頃。二人の兄は家の周りの森で虫探しをすると言うので、私もついていこうとした。けど、もう少し大きくなったらねとお母さんに止められる齢だった。私は仕方なく、兄達のいないリビングで広々とお絵かきをする事にした。

 「今日はお絵かき?色がいっぱいだねー」
 お母さんは朝食の食器の片付け最中だった。
 「おかーと、おとー。」
 私はお母さんと、お父さんを描いていた。
 クレヨンだったとおもう。いつもの、
 みたままの
 お母さんとお父さんの絵

 お父さんを描くのに飽きた私はテレビの教育番組に出てくるお姉さんを描いていた。かわいいピンクのエプロンが大好きで、お母さんに欲しいとねだる程だった。そして、その日のうちの事だった。

 「マキちゃんお婆ちゃんを描いてくれる?」
 「次は、この写真の人、描いてくれるかな?」
 「お家のお掃除のおじちゃん、よくお菓子くれるでしょ?かけるかな?」
 「このチラシでいいや、この人かいてくれる?」
 「お兄ちゃん達描いてくれる?眠いね。ごめんね、今度言ってたアイス買ってあげる。くまさんの。」

 カラフルなぐちゃぐちゃの何かと、人の顔それが交互に並べられた。

 「うん、間違いないね。マキは人間が見えない程、魂を見てる。人どころか生き物の形に見えてないのね。それにしても物怖じしないなんて……鈍感なのか肝が座ってるのか。」

 何がなんだか分からなかった私は、イタズラのあと怒られる時と同じ雰囲気を母とお祖母ちゃんに感じて泣いてた。ごめんなさい、と。わけもわからず大泣きした。お母さんとお祖母ちゃんは呆れながらなだめてくれたのが、私の中で理由がわからなくて更に泣いたソコはよく覚えている。普段何も考えなしに反省しないまま泣いてたのね、私は。けど、これは私の記憶ではない。

 お母さんの目を介して私がみた、私の記憶。

 二、
 「おっはよーございまーす」
 懐かしい夢の後、真っ先にきこえたのがそれで、私がベッドの上で横になっている先の目の前にいたのは端辺ひさよだった。多分そういうことをしていいのは家族か家族候補のひとだけだろう。私が彼女にそれをされるのはただただ恥ずかしいだけで、私は自分の顔を両手で覆い布団に潜った。ただ私は恥ずかしいから潜ったのではない、端辺(ハシべ)がめんどうなやつで逃げたかったからだ。
 彼女は私と同じデザイン専門学校の同期の卒業生で他人とはまで言わないがただの知人。そんな関係なのにここまでグイグイくるということで察してほしい。
 「すみませんマキ、寝てるとお伝えしたのですが開けるまでノックが続いたので。」
 起きた私を感知した師走が謝りにきたが彼女相手ならしかたないのは承知している。私は布団の中で悲鳴とも唸りともつかない声を上げながら起きることにした。朝の八時。普段から太陽光で起きる私にとって起きるのに遅い時間だった。多分、睡眠の質が低かったせいだろう。あそこまでしっかりした夢を見たのは久々だ。
 「師走、紅茶を2つ入れて。あと何か食べ物。」
 師走はわかりましたと私の自室から出て行ったが、端辺は変わりなく布団に両肘をつき満面の笑みでこっちをみている。
 「端辺、お願いだから来るなら前日に連絡してよ。」
「いやぁ、今日は本当にお知らせに来ただけのつもりだったんだけどねー。マキが寝てたからお邪魔しちゃったよー。」
 私は彼女の視線を無視して着替えることにした。着替えるところを見られたく無いから毎回部屋から出てってくれと頼んでいたが、かえってくる返事が「私は恥ずかしく無いよ」なのでもう諦めた。


 「僕は、動画編集があるので自室に篭ってますね。」
 紅茶の入ったポットとカップを二つを乗せたお盆を預かり、端辺の前に並べる。私が紅茶の準備をしている間に師走が簡単に作った料理を持ってきてくれた。スクランブルエッグを作る途中でスライスチーズを足したところに塩コショウを振っただけの名前の無い料理と市販のクラッカー。それが私の朝食だ。

 「今週の動画も見たよ、リン君のゲーム実況動画。先週から饅頭の絵変わったけどマキちゃんが描いたんでしょ?可愛いくて好き!!」
 動画、と言うのは私の弟のリンが動画投稿サイトに上げているゲーム実況動画のこと。ちなみに動画編集は師走がおこなっている。
 どうも、と軽く返す。こうやって要件を先に言わない時はだいたい雑談で居座ろうとする気なのだと経験でわかった。はぐらかされる前に聞き返す。休日を端辺にくれてやる気はない、私は他人をやたら振り回す彼女の事が好きじゃ無い。早々に切り上げるべく話を進めさせた。だが、今度は逆に照れくさいと言わんばかりの表情に身振りを重ねてきた。
 「証拠とか、実感とかそういうのはないんだけど。なんかね最近……うーん、」
 「煮え切らないじゃない。」
 普段は彼女がはっきり言いすぎて、周りが困惑したり慌てる羽目になる程でそんな彼女が言い淀むのは珍しい。ものだ。
 「私もなんて言ったらいいかわからないけど、なんかね……存在しやすい気がするの。」

 「ほぉ。」
 さっぱりわからん。

 「いつもは毎日いるぞーって気合入れてるんだけど、最近は気合を入れてないことに気づいたの。」
 「幽霊にも気合が要るのか。」

 端辺は死霊だ。

 すべての生き物に対して冒涜的な理由で自死した。そして、ありえないほど死んでからの方が生き生きしているというとんでもなくふざけた幽霊だ。

 「それだけ?」
 「それだけ」

 それを確認した私は立ち上がって着替えを始めた。外出するための格好にだ。それを見た端辺はウゲェといった顔をし「早っ、今日は早すぎるよー」嘆いてきたが、うんざりしてるのはこちらだ。端辺の事は何度も追い出そうとしたがもはや疲れた。彼女がうちに押しかけてきてこうなるのは数回どころでは無い。端辺は自身と自由に話せる私の存在をいたく気に入り、こうして何度もやってくる。最初の頃は無視するよう努めていたがまったく効かない。そのうえ私が無視すると師走にちょっかいを出そうとする。師走は彼女を含めた幽霊を感知することが全くできないので、延々とノックされるなどの迷惑行為をされると対処しようがない。まぁノックぐらいなら、されている部分周辺の振動を制御すれば無音にできるけど、別の部分を叩き始めるのでイタチごっこ。普通に近所迷惑なので無視するのを諦めた。生前から自由な人格だった彼女を制御するのは私も含めて遺族も彼女の描いていた漫画雑誌の編集者も諦めている。
 「今日はする事ないし行くわよ、あなたの墓参り。」
 端辺が来て相手をし終わったら彼女の墓参りをするのが恒例になっている。あからさまに嫌な顔をする端辺を無視して、師走に「端辺の墓参りに行ってくる」と声をかけて外に出た。

 「今日はやけに行動が早いですねマキさん…もしかしてイライラしてる?」
 他人の意見は聞かないが他人の雰囲気の変化に鋭いのも私が彼女を苦手に感じている原因の一つだ。生前は友人ですらない。同じ専門学校とはいえ、私はWEBデザイン科、彼女はコミック科。たまに同じ選択科目で一緒になるくらいだが隣同士になったこともない。

 昼丁度の時分。今朝の夢を思い出すような晴れ具合。雲はあるがそれでも半袖で良いぐらい。外を歩く際、私の後ろを嫌々ついてくる端辺の事は私は絶対に見ない。怪異の見える私は物心ついた頃から無視する術をおばあちゃんから叩き込まれているから無視するのは苦じゃない。それに、今こうして端辺とは話が通じる、まだ通じる存在ではいるが、いつ話の通じない怪異になるかわかったものでは無い。そうなればこの世から本当に強制退場させなければならなくなる。曲がりなりにも知り合いをそう言う事はなるべくしたく無い。それに場合によっては、私の実家が出向くようなことになれば彼女の功績が歪められる事にもなりかねない。端辺は自由人だが、専門学校在籍中のときから同人誌や雑誌、課題の漫画で周囲からは高い評価を得ていた天才だ。端辺の作品を見て、良くも悪くも感動した人達の「感動」をなかったことには絶対したく無い。

 そもそも振り向かなくても死霊の感情というものは肉体という枠がないせいか、近くにいれば解る。彼女は私がずっと何かに苛ついてると感じているらしい。

 そんなに気になるなら、私が気になっている事について訊いてみるか。
 「端辺は東京駅って行ったことある?」
 凄い勢いで首を横に振ってきた。
 「東京駅は使った事無かったかなぁ。そういえば駅のホテル良いらしんだよね。見たいから、今度行ってくるね。」
 そのうち幽霊の出るホテルと言われる様になるかもしれない。しかし、東京駅近辺に行ったこと無いということは、私が悩んでいる事について答えまたはヒントを得られることはなくなってしまった。しばらくまたこの心地のいい晴れた空の元、無言の気まずさを保ったまま歩き続けた。

 花屋に着いたので端辺に予算を伝えて花を選ばせた。墓に添える仏花を当人に選ばせるのはどうかと思うが、仏花を無難に選んだら可愛く無い、地味だの五月蝿くて私が根負けした。除霊の所作など全く知らない私は遠縁も遠縁のお寺。菊沼家の同い年の坊さんに頼ることにしたが「お前が構うから留まってるんじゃない?」と言われて放置されてしまった。自分でもそう思ってる。そのへんでフラ付いている幽霊なんかは平気で無視出来る。だが端辺の場合、霊体しかないはずなのに生きてる人間並の存在感があるし、五月蠅さが個性的すぎて私を混乱させ続ける。そもそも生前から変な人ではあった。生前の端辺に初めて会った時のことは今でも忘れられない。専門一年生の時。選択授業のために指定された教室へ向かうと、そこには絵の具の全ての色をおざなりに混ぜ合わせた固まりの様なものが机の上にぶちまけられていた。「うわっ」と声を上げた私に気づいてこちらの方をみたその塊は女性の姿をとっていた。私は虫が飛んできただけと誤魔化したが、幼稚園時代以来意図しなければ見なかったものが急にそこにあったことに驚いた。でもその印象が強いだけで、その時以来、彼女とは在籍中も卒業後も話をしたことはない。
 おばあちゃんは見えることで憑かれることもあるといっていた。要は私は端辺に憑かれているんだろう。付け加えておばあちゃんは幽霊は理不尽な存在だとも言っていた。

 理不尽。

 あれだけ仲の良かったおばあちゃんの霊は出棺の時、白い布で顔を伏せて佇んでいた以降み見ていない。
 「マキちゃん、えらんだよー。」
 端辺に選んでもらったものを店員に伝えて包んでもらう。店員さんはいつも通りアドバイスをくれるのだが端辺が後ろで譲らない。「本人の要望なので」「本人の要望ならしょうがないですね」と謎の受け答えをし線香一束と一緒に会計を済ませた。

 大通りの信号機で足止めされる。長めの信号機で近くには高いビルもあるが昼近くのためか影がない、流石に直射日光浴びっぱなしは暑い。
 「マキちゃんさ、なんか悩んでるよね?他意はないけど私の事じゃない何かで。」
 大通りを越えてやたら複雑な住宅地に入る。人は住んで入るがこの時間歩いてる人はほとんどいない。
 「すごい惚気に聞こえるわねソレ。そうね。何か起こってるけど、何が起きたか解らない。良くなさそうなのに、対処どころか直さなきゃいけないところも解らない。隠されてるのか誰も知らないのか分からないものをどうしたものか、ってね。」
 「ぉほー、陰謀めいてるねぇ。好きですよそういう話。」
 楽しそうでなによりだ。と思ったが、想像以上に何かを期待している気配を感じる。ビシビシと。墓地まではまだ距離があるんですが、その気配に耐えながら歩くのか……。
 「では独り言を聞いてもらいますか。」
 「はいはい任せてくださいな。」
 情報操作はされているし証拠も残っていない、私が話したところでソレは想像の話としてしか通じない。漫画家を志していた彼女にとって、そういう空想話を聞くと言うこと自体は趣味みたいなものだったようだし。私としても今後の行動を考えるための何か、取っ掛かりが欲しいので全部端辺に話すことにした。
 「新宿駅で二度気色の悪い巨大な鶏が出現した。一度目はほぼ出てきただけ、ただその周辺に丸いヒヨコや恐竜みたいな鶏が大量に現れた。ヒヨコの方は後にクチヒナという通称がついた。クチヒナは人を襲ってるのか解らないけど甘噛みしてたらしい。」
 口が大きい目の無いサッカーボールぐらいのモフモフのヒヨコ。と説明すると端辺は絶賛した。
 「え、なにそれ絶対可愛い。」
 「二度目の出現で確定するけど、甘噛みされてた人はみんな気絶してた。そのなかには倒れた際に頭を打ったりして亡くなった人も居るわ。」
 甘噛みされた人の中にはそれ以外の外傷もなくただ内出血や発作で亡くなった人もいる。青服は因果関係を絶賛調査中。
 「え、こわ」
 「恐竜っぽい鶏はハシリニワと名前がついた。ハシリニワは結構大きくて、高さが二メートルぐらいある。前足?の羽根が厄介で鉄とかそのぐらいのものは簡単に切れるらしい。」
 「物騒だね、でもそんな怪獣みたいなものが暴れてた割に大勢が怪我をしたとかニュースは見てないけど」
 幽霊がどこでニュースを見るのかと思えば家電量販店や人の家に入って勝手に見てるらしい。なんだろう、こいつを野放しにしてはいけない気がますますしてきた。
 「二回とも狐の妖怪のサツキさんが対処して解決できてる。最初は偶然だったけど、二度目は私がお願いした。」
 「おーサツキさんは妖狐ですか、美人さんですか?」
 「美人ね。」
 サツキは正直勿体無いとおもう。もっと髪型いじったら可愛くなりそうなケモ耳女子。今度かわいい格好してもらおう。
 なんか端辺の気配がちょっと離れた。なんで


 住宅地を抜けて再度大通りにでる、この通りの反対側が墓地。いわゆる霊園の周囲は大きめの木々に囲まれていて霊園と知らない人間からしたらそのあたりの自然公園と間違えそうなほどの茂り具合だ。ときより聞き慣れない甲高い鳥の鳴き声がする。木々の間には黒いカラスではなく緑色の鳥が騒々しく行ったり来たりしている。端辺いわくだいぶ前からペットのインコが逃げ出し野生化、都内近郊で群れをなし鳴き声や糞などの獣害問題になっているらしい。

 「そう、二度目。巨大な鶏がトビニワだったかな名前。それが出て師走も向かった。一応一度目でトビニワの足を切断できてたからサツキと二人で倒してもらおうと思ってたんだけど。ダメだったわ、師走が槍で狙われた。」
 「えっ、物理最強じゃなかったの?」
 端辺には師走の事情は少し話していた。死霊と化した端辺が私に気づいて欲しい、かまって欲しい時に何も気づかない師走を攻撃しまくったことがある。それで師走は霊感事が全く無いという事情を伝えた。
 「槍にはドラゴンを狂わせる希少な毒が塗られていて、師走は暴走。けどサツキが師走を止めてくれて」

 私は自害せずにすんだ。のは、伝えるのを辞めた。

 「サツキさんだけで、そのままトビニワを追いかけて貰ったんだけどね。トビニワの飛ぶ速さに追いつけなくて東京駅で追いついた。というより東京駅にある謎の呪物を破壊するために降りたっただけね。で、トビニワをサツキが燃しておしまい。」
 呪物は電柱より大きめのまっすぐな木の柱が数本立って円を描くようにならんでおり、一本一本が別々の呪いでつながれていたという。
 うーんと端辺は唸る。
 「師走が狙われた、のが事実なら気になるね。正体を知っていて準備しないと師走を暴走させるっていうのは出来なさそう。」
 それは同意見だ。少なくとも毒に酔うまで、師走はドラゴンとしての姿を籠囲家の外ではほぼ誰にも見せたことがない。飛行許可が無ければ飛行もさせてもらえないせいで、普段ドラゴンの姿になる理由が無い。それ故に師走がドラゴンや龍である事を知っている者は少ない。
 「あと、朝に東京駅の事訊いてきたのってその事件の事?」
 「そ。東京駅で破壊された呪術の正体を誰も知らない。破壊されたあとみんな注視してたけど何も起きない。東京駅自体も生きてる人、妖怪共々無事であんな大掛かりな呪物があった割に前後に違いが見当たらないのよ。」
 内心頭を抱えながら端辺が納められている墓の前にたどり着いた。花瓶には数本しおれかけの花がささっているが、私はそのまま買ってきた花をおざなりに半分にわけてさした。線香の束に手早く火を回し合掌する。見なくてもわかる。端辺はまた、うんざりした表情をしている。

 「即成仏してください。」
 「飽きたらしまぁす。」

 いつものやりとりをして、立ち上がった視界の隅。霊園の端に並ぶ謂れのわからない不揃いのお地蔵さんが並んで安置されている所に見知った、いや。探し続けていた人がいる。探すのを辞めると出てくる、とはよく言ったものだ。

 目線の先にいる茶色のコートを着た青年は私達が半年ほど探し続けている河名靖人その本人だ。彼はしゃがんで一抱えの大きさもない、お地蔵さんの頭を鷲掴みにすると前に傾けてお地蔵さんの背中を確認しているようだ。ふたつ目、みっつ目、そしてむっつ目。目的のお地蔵さんを見つけたのか上着の中で何かを探している。その間私は動けなかった。端辺は真顔で動かない私の異常さに何かを察したのか、彼女自身の墓石の裏に回って隠れている。それはその方がいい。私が動けなかったのは今この場に師走もサツキも居ない状態のせいだ。あたりには殺傷能力の高いトビニワと次いでクチヒナが所々に居るのが見える。いつの間に居たのか気づかなかった。
 河名は位置的に私に気づいていると考えたほうがいいだろう。その上で私が鶏連中に襲われていない事を考えれば、見逃されている。自身の用事以外興味がないと考えていい気がする。もしくは師走やサツキがいることを警戒して私を攻撃しないでいるのか。

 ならば、師走を呼べばいい。

 師走を河名の直上に召喚する。目的は「河名靖人の確保」。

 師走は音もなく河名の真上に現れる。私が何をして欲しいのかを師走は既に理解している。原理は詳しくわからないが意識すれば情報を即座に共有できて、自分のところに来てほしいと思えばそれも即座にできる。私と師走の主従関係といのはそういうものでとても便利だ。師走は数秒もかからず屈んでいる河名の背中に落ち、首に腕を絡め空いているもう片方の手で頭を固定したように見えた。師走の身長は百五十センチ少し。河名と私は同じ身長百八十センチ前後の体格差のために、ぱっとみ子供が大人にじゃれて飛びついたようにしか見えないし、河名の表情が変わらないのをみるに師走が飛びついてきた程度どうという事でもないと思っているのかもしれない。それに現状、河名を固定できるようにもみえない。普段はあの姿勢で相手の運動機能を一時的に麻痺させれる司の力がつかえるらしい。でもそれは相手が「正常な肉体を持っている場合」のみ。師走は一瞬驚いたような顔をすると即座に頭を抑えていた右手を離しいつもの黒い刀をその手の中に呼び出して河名の肩越しから地面に突いた。すると元より屈んでいた河名は今度こそ両膝と手をついた。河名の身体は「正常な肉体」では無い状態が確定した。そのため河名の動きを封じるのに別の手段をとったようだ。
 辺りにいたクチヒナとハシリニワは状況に気づいてギャァギャァ吠えてくるも、河名本人が人質にとられた今攻めることもできずその場からほぼ動かない。私は河名の真横まで寄りしゃがんで彼を見ることにした。この範囲なら師走の防衛可能範囲だし、ニワトリたちも手を出しにくいだろう。端辺はと言うとついて来る事はせず、手近な他所のお墓の陰に隠れた。

 「貴方は河名靖人?」
 隅に置かれた顔の無い地蔵に、得体の知れない呪いの染み込んだ縄を巻いていたらしい。彼は視線だけでこちらをみた。その目は暗く奥が黒い。何もない。彼の目からは他の人のような記憶も魂も見えない。瞼の裏で見るフラクタルノイズのような、黒の中で黒が蠢く闇しか見えない。視覚的な情報じゃない何かのせいで酷い吐き気が込み上げてくる。
 「そうだ。」
 こちらを見たと思ったが興味がないと言うふうに再び地蔵に視線を戻した。次の瞬間ボロっと地蔵が縦に崩れた。うまく固まっていないクッキーが崩れるかのように落ちた、でも彼が地蔵を縛り上げたから割れたのではないのは明白だ。やるきがあるのかないのか縄は弛みきっているし、地蔵が割れた瞬間彼の両手は地面の上に事実上拘束されている。縄の呪いのせいだ。
 「何をしてるの。」
 「この地蔵に、この縄を巻けと言われた。」

 誰によ。それに貴方はどうして全部答える。

 「新宿駅から東京駅へ鶏を飛ばしたのは、貴方主導の計画?」
 「違う。」
 「では誰。」
 「名前の知らないやつ。」

 あきれた。本当に知らないんだろう。何故か彼は全て正直に答えてくる。嘘を言っている可能性はあるがそれならおざなりにでも、もっともらしいことを言っておけば撹乱できるできるのにしてこない。新宿駅からわざわざ御所という強力な結界をすれすれでかわして、東京駅にある誰も名前も効果も知らない呪術を破壊するというだいそれたことをやっておきながら、主導者の名前をしらないという。

 「そう、では貴方は何がしたいの。」
 「コイツらに飯を食わせてやる事。」
 師走の後ろにいたハシリニワが動いた。私ではなく、河名を拘束してる師走を狙いにいった。能力の処理速度の遅い師走は河名を拘束する事に集中しているため、ハシリニワのは牙が並ぶ嘴の動きに出遅れ右耳を齧られた。おそらく師走の頭を齧ろうとして失敗したのだろうが河名の肩も傷つけている。容赦がない、というか動きがおざなりだ。
 そろそろ河名を抑えているのも潮時だと思う。ならもうひとつ。

 「東京駅で何を壊した。」
 「知らない。ただ、」
 墓地の外にいたハシリニワが師走への攻撃に加勢しだす。河名を抑える処理に割り込みが増える。師走は刀で切り付けようも後ろに下がられて当たらない。飛び道具はもちろん生成できるけど刀を投げるのも、師走をこの世に顕現させる上での条約で禁止されている。空間越しの物質変化も原則禁止。昔はどうとも思っていなかったけど実際「できたほうが有利」な状況に出くわすとどうも禁止事項が邪魔すぎる。

 「オカルトを終息させるものとだけ」
 「動くなら彼を壊すわ。」
 私の一喝に合わせて師走も刀の刃を河名に近づける。河名自身はまだ関心がないのか地面に向かわせ視線をうごかさないままだ。一方のニワトリたちは一様に動揺した。とは言えニワトリたちは我慢の限界のようで、その場にとどまりそれぞれがかすかに唸り声を出している。潮時ね。

 念の為にポケットに入れておいたマーブルチョコの筒を取り出し、景気のいい音をたてながら蓋を開ける。すぐさま筒の直径を無視した大きさのイモリもどきが自分の手を這って腕に落ち着いた。子猫ほどの大きさで毛並みも猫並にふさふさしているが、体の動きはトカゲやイモリを思い起こさせる。これは管狐の模倣品の篭狐。
 「何その白いモフトカゲ!?」
 端辺はなんだその可愛くないモフモフはと、喜びと驚きが混ざって自分でもどういう顔をしたらいいか解らないという具合の表情をしながら尋ねてきた。解る、目だけが可愛くない。半ば飛び出た白目に小さな黒目がある。その目はほぼ動かないため、常にどこを見ていいるのか解らないのが気持ち悪さを出してる。
 「兄が描いた狐がモチーフなんだけどね。」
 右手の甲に篭狐をのせて河名に向ける。
 暴走した師走や万が一の時サツキを捕縛するために、そのトカゲモドキな狐を描いた本人の兄カガリに作ってもらったモノ。これは、怪異や呪いを一時的に保存する呪術を保っていて、生きてるものには機能しない。けど貴方は既に怪異でしょうから問題ない。
 「なっ」
 とっさに声だけが出た。篭狐が口を開け呪術を放とうとした瞬間、両方の手をつき微動だにしない河名の羽織った上着と地面の間に見知らぬ腕が落ちていた。その腕の生え際は地面に着いたコートに隠れて見えない。腕が上に伸ばされは河名が着ているシャツを掴み地面に引っ張っると河名と師走は顔面から地面にぶつかりそうになり、河名は姿を消し師走が地面に手をついた。

 三度目だ。

 肩を落とした私に師走は自身が河名を空間固定ではなく、地面に押さえつけていただけだったのを謝ってきたが、仕方がない。空間固定にすると、生き物の場合は循環器系に異常が生じる可能性があるため生き物には基本使わない方法。河名が生きていないと確証を得たのはつい先程だ。地面に押さえつけていれば大丈夫だろうとお互いに認識していたのだから、師走だけの責任ではない。

 「もしかして概念的に何かが交差する場所が良い、って事かしら?駅はいろんな電車からバスまで多くの路線が交わる。つまり新宿の玄関口。墓地も死者と生者の交流の場。」
 「なるほど、交差点を境界として結界への出入りを操る河名以外の何者かがいるようですね。」
 四度目は正直会いたくない。三度目の正直を逃したのが悔しいから次会ったら壊しそう。しかし、聞きたい事は少し聞けた。そう、師走と一緒に眉間に皺を寄せてみたりしていると、端辺が他所の墓石越しにこちらをみているのに気付いた。
 「マキちゃん、そんな物騒なモノ持ってたの……。」
 篭狐の事のようだ。
 「…物騒ねぇ。確かに幽霊も食べれるんじゃないかしら。」
 そんな幽霊封じを持っていながら、私を捕まえない貴女は神か。見たいな、期待と感謝しかない目でこちらを見ている。完全にいい気になっている様だ。
 「貴女がバケモノになったら、コイツに食わせて青服の所に持っていくからね。」
  そう脅すと、ひんっ、と情けない悲鳴と顔をしてどこかへ行ってしまった。やったぜ。次からはどんどん篭狐で脅していこう。端辺は霊としては特異も特異で何ができるということはないが、青服から何度もスカウトを受けているらしい。自由人の端辺にはしんどいだろう。

  三、

  青服の窓口に河名の目撃、捕獲失敗の報告を終えてようやく彼女に会えることが出来た。青服の受付曰く海外の怪異との会議で、青服まとめ役である橡雲(しょううん)はしばらく日本を出ていたらしい。最後にカフェでサツキの件を話した以来から会えて無かった。貴女には避けられているんじゃないかと心配した。

  「色々訊きたそうだな。」

 いつもの会議室での長テーブルはさみ向かい合わせに座った。橡雲は私に記憶を読ませる気はないし、私も見る気もない。彼女が行ったことを知るのに感情や記憶を覗き見するのは有効だが、関連性の有無の判断は結局のところ私自身がしなくてはならない。そうなるともう普通に訊いて話してもらった方が楽。話をする前にコーヒーを口に含む、既にぬるい。
 「東京駅のアレは貴女が作った、と考えていい?」
 名前も知らない東京駅で破壊されたアレの事を唐突に聴いてみた。少しは同様するかと思ったが、体についたホコリを指摘されるかそれ以下の無反応。橡雲の反応に期待していた訳ではないので、コーヒーの暗い水面を見ながら答えをまった。でも待つほど時間もなく根拠はと聞かれ、流石に興味が無さすぎる。末端の青服なんかは大なり小なり気にしているのに、調査を命じることも無かった事を指摘した。根拠としては弱いのは知っている。籠囲と同じように国の呪術周りを請け負っている菊沼にも聞いてみたが、寺には東京駅にそんな術をかけた記録はないとのことで当てずっぽで橡雲に訊ねるしかない。

 自分で探すしかないのかと諦めようとした時、橡雲は表情を変えず唐突に語り出した。

 人間が得るべき力とは再現性、持続性。そういうったモノが大事だと悟った私と彼は計画を練り、戦後にようやく旅烏と話をつけ作成するに至った。そう橡雲は前置きした。
 「空間や思考上の揺らぎを無くせば人間はより良く早く前に進める。東京駅に呪術本体を設置。その術を促すための小さな呪詛を四七都道府県各所の人気の心霊スポットに仕込んだ。」
 初耳ねと茶化すと微かに橡雲もわらった。
 有名な心霊スポットは概ね山中にあるため、大半は烏たちに任せたそうだ。
 「そうすれば心霊スポットにそう言うのを期待して行った者達は「やっぱり何もいなかった」と落胆という名の安心を得る。その何もいなかったという情感情を反芻、蓄積をさせて強固にするのが東京駅にあった本体だ。」
 「えらく回りくどい装置だこと。」
 装置の存在を隠す理由は解った。オカルト除去装置があるということは、心霊が存在するという証拠にはならないが証明になりかねない。とはいえ装置の規模と影響範囲を考えるとえらく大規模な事をしている。そして今朝の端辺は装置が破壊された事で元気になる恩恵を得ている、のかと察した。河名は余計なことをしてくれたな。
 「表立って否定されるとかえって強くしがみつく者はよく目にしたからな。なおさらヒトには公表出来ない。」
 それはわかる。実家へ祖母に直接相談しに来た連中の一部はそうだった。手順に従えない者は山に登っても籠囲の家には辿り着かない、そういくら説明しても自分の話を聞けの一点張りだった。
 「私は都内にいても霊を含めた怪異の数は変わっていないように感じたんだけど。」
 橡雲は軽く笑った。
 「装置の稼働は九十九年の夏頃だ。マキが生まれる少し前に完成したから変化を感じにくいのだろう。装置の性質的に時間もかかったが効果はあったと評価している。」
 「なら作り直すの?」
 「無理だ。結構な目撃者がでてしまったからな。」
 因果を操作して巨鶏の強襲は人間社会的には無かったことになっているが、根っこから無かった事にはなっていない。夢でみたように覚えている人はいくらかは居るはず。それに、私や青服周りの怪異はしっかり覚えている訳でそう簡単に事実を破壊できる訳ではない。

 それらはそれとして、これからの話だ。
 「何故、河名靖人がその装置、及び末端呪術の存在や位置を正確に知っているか訊きたいのだな。」
 もし橡雲が主犯であるなら自宅に帰っている師走を呼ぶ。耄碌したとはいえ何世紀か存在し続ける怪異相手に敵うかどうかわからないけど、制限されている権限を破ってでも取り押さえるしかない。だが、想像以上に彼女は切ないと言った表情をしたかと思えばもともと以上に険しい顔をしだした。
 「情報漏洩するなら私と旅烏。そしてあいつか……。」
 装置の呪術に関しては籠囲や菊沼を含めた方方から、単体だと意味がないもしくは弱小な術単位で別けてもらい装置の設置に直接関わったのは旅烏の上層数羽だけだという。
 「烏達は自分達のシマをあらす雑多な霊を排除できるから良しと喜んでいたからな。」
 「自分で弁護をする?」
 「辞めておこう。なんの物証もない不毛な話だ。だが私の気は昔から変わらぬ。荒事が嫌いだ、修復不可能な事は特に嫌いだ。」
 何だか矛盾甚だしい言い訳だが、小競り合いはまだしも大きな荒事が嫌いってことなのだろう。どちらにしろ彼女が主犯なら今頃籠囲の家なんか山ごと封印されている。「籠囲に攻撃を仕掛けようとする者の因果を強制的に奪う」が届かない範囲でやろうと思えばご長寿怪異の橡雲なら何かを持っていそうだし。それこそ、私は実家から都内に来れなくすることはたまにされてたし。叱責で。

 「もし彼がまだ存在して立案者であるにもかかわらず彼自身が、情報を漏らしたのならば私が先に尋問する。これは譲れぬ。」
 「彼というのは橡雲の彼氏よね?何十年も前に姿を消したっていう。どちらにしろそんな大物妖怪相手じゃ、貴方ぐらいしか相手にならないじゃない。」
 なぜか私の彼氏呼びに気をよくしだした橡雲がきもちわるい。サツキから「実子がいるわけじゃないからな、旦那というより彼氏?」と聞いていたからそれに習っただけだよ。

 あぁ、そうだった。今日橡雲と話したい事はまだあったんだと思い出し私も話したい事があると正面を向いた。
 「私が師走を所持している以上、責任をはたしたいのよ。その許可を貰いに来た。」
 私はまだ続けたい話の為に、コーヒーのおかわりを貰うことにした。