保険適用になった今こそ知っておくべき!高度不妊治療であなたが失う17の宝物【17】忘れる特権
高度不妊治療であなたが失う宝物。
17番目の宝物は「忘れる特権」です。
不妊治療の初期段階のとき、私は治療していることを何人かの友人に話しました。
これ、よくあることだと思います。
当時は自身の不妊治療がこんなに長くなると思ってもいませんでしたし、
まわりにも何人か経験者がいたため、「妊娠できない」という何ともいえないストレスに共感してほしいという少しの甘えみたいなものがありました。
もちろん、不妊治療が恥ずかしいことなどという気持ちもなかったですし。
結論から先に書くと、これ、心から後悔することになります。
友人に話したのは、タイミング法がうまくいかずに人工授精にステップアップしようとしたときです。
今の私から見たら、心身ともにそれほど大きな影響がある治療ではありません。
そのときは「なんだかんだいってもすぐに妊娠するだろう」と思っていました。
そのため、わりと軽い気持ちで話していました。
その後、人工授精を5回繰り返すもまったく着床せず。
高度不妊治療に進むも、かすりもしない日々が淡々と続きました。
地獄でした。
悪夢を見ているかのようでした。
その頃にはもう、「不妊治療をしている」なんて自分の口から誰かに話すなんて、考えられなくなりました。
人間、本当に辛いこと、想像を絶する苦しみの原因になっていること関しては、それ自体を口にすることさえ自分を傷つけることになるのです。
共感してくれていた不妊治療経験者も、冷静に考えると「人工授精どまり」の人でした。そのため、いつのまにか「別世界」である高度不妊治療を繰り返す私が、その苦痛に対する理解や共感を求められる相手ではなくなっていました。
ここまでうまくいかない人を、私は見たことがありませんでした。
友人や同僚を含めた私の知人の中には、ここまでやっている人はいなかったのです。
いや、もしかしたらいたかもしれませんが、その人は口にはしていなかったのかもしれません。その気持ちは痛いほど理解できます。
ネットやテレビで不妊治療の話題を目にするのもきつかったです。
芸能人が「不妊治療を乗り越えた」と語っている記事をよく目にするようになりました。
そうすれば注目度もあがりますし、女性の共感も得られます。
しかし、そういった記事を発信している当人は、結局のところ人工授精を数回経ただけ、もしくは体外受精に踏み切ったけれども1回で妊娠・出産にいたった人たちばかりでした。
もちろん、辛かったでしょう。
しかし、私からすると「本当の地獄を味わう前でよかったね」というのが本音でした。
人間、本当に辛い経験は、逆に自分から公表・発信なんてできないというのが、私の実感です。
「軽症」の人はどんどん発信して不妊治療を武勇伝のように語りますが、何度も涙を飲んで結果的に妊娠できなかった人、妊娠したけれども高度不妊治療を繰り返し心身ともに疲弊した人は、自分から不妊治療を語ることはありません。そんな人がいること自体が、あまり表には出ないのです。
だから、不妊治療は「頑張ればうまくいく」と思われがちです。リアルな世界では決してそんなことはないのに。
芸能人の「成功体験」がある種のスタンダードになり、前向きに取り組めばいつかは妊娠する、といったような情報を知らず知らずのうちに目にすることになります。
「なんだこれ」
「こんなレベル、不妊治療なんて言わないよ……」
そんな記事を目にして、なんとも冷めた気持ちになり、WEBサイトを閉じた記憶は何度もあります。
「ああ、最近ずっと不妊治療のことばかり…… こんなニュースは見ないでおこう。今日一日は治療のことは忘れて過ごそう」
と気持ちを切り替えた矢先に、
「見た?あのニュース。43歳でも妊娠できるって、希望が芽生えるよね~!だからあなたもきっと大丈夫。頑張ってね!」
――友人からのLINE。
40歳を過ぎても、人工授精で妊娠できる人もいる。
もちろん、自然妊娠だってある。
一方で、30代であっても高度不妊治療でまったく結果が出ない人もいる。
私がこんな「非情な不均一」に悩まされているなんて、誰も知らない。少なくとも、不妊治療をしていない人は知る由もない――これは、無理もありません。
当たり前ですが、不妊治療のことを触れられるとき、自分のメンタルがどのような状態かなんて、誰も意識してくれません。
似たような経験は、妊娠したあとも続きました。
個人的には、妊娠したあとの方が精神的にきつかったです。
無事に妊娠し、安定期をだいぶ過ぎたあとに複数の知人に出産を控えていることを報告しました。
そこから、私自身も驚くほど、不妊治療に関する質問を受けることになったのです。
さも誰かが「解禁!」と札を掲げたかのように。
もちろん、多少の知識はあるので、不妊治療を始めるか迷っている知人などから質問されたときは、アドバイスできる範囲でしています。
ただ、「終わった」からといって、何でも好きなように聞いてよいということなど一切ありません。
が、中には無神経極まりない質問もありました。
「結局何が原因だったの?夫側?妻側?」
「染色体検査もしたんだ。すごーい!で、どちらかに異常あったの?」
「ぶっちゃけトータルいくらかかったの?」
あの……
それを聞いて、本当にどうするつもりなの?
興ざめするような質問も少なくありませんでした。
もう、辛い思い出だし心の傷だし、放っておいてほしいな――心からそう思いました。
腹も立ちました。
高度不妊治療を進めていて沼にはまっている間はこんなこと、それはそれは聞きにくいし、妊娠や出産の話題も触れにくかったでしょう。
しかし、妊娠した瞬間に、「ゴールしました!はい!結果が出たのだからもう気まずくないでしょう!」という空気感で心の柔らかい部分に攻めて来る人、やっぱりいるのです。
致し方ないですよね。なんとなく理解できる気もします。
ここまでずっと治療している人もいなかったでしょうし、
悪気はなく、同じ女性としての興味本位というのもあると思います。
「長年の不妊治療を乗り越えた不妊治療勝者」
「何でも知っている不妊治療プロ」
そういう存在に、不本意ながらなってしまうのです。
そこに関わる苦しみや傷は、現在進行中であるか終わったものかにかかわらず、
本人とはまた別のところで、別の形で認識されるということを実感しました。
ここでの本質的な問題は、2つあります。
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