メルカリで見つけた彼女-青年と乙女のものがたり-
「メルカリを始めたら、彼女ができたんだ」
青年からこんな話を聞いたのは、新緑の若葉がまぶしい、とある日の昼下がり。
私は耳を疑った。
メルカリで彼女を見つけた?一体どうやって?まさかメルカリに出品されていたわけではないだろうし…。
そんな「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなことがあるのだろうか。
すっかり興味津々になった私は、青年に取材を申し出たところ、快くOKしてくれた。なんとその彼女も連れてきてくれるという。
これはメルカリで彼女を見つけた青年と、その彼女の物語である。
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青年はフリーランスでWEB制作をしている30代男性。
自分1人で完結する仕事をしているので、人と交流するために、社会人の趣味サークルに入っていた。
最近は、このサークルでの雑談が何よりも楽しい。
ある日、「物が多くて片付けたいけど、捨てるのはもったいない」と話したら、サークルのメンバーからメルカリを勧められた。
メルカリはどうですか?出品の操作は簡単だし、捨てるよりも人にあげる感じで、罪悪感がなくていいですよ、と。
メルカリか…。CMで見たことはあるけれど、使ったことはないな。
好奇心旺盛な青年。
家に帰ってスマホでさっそくアカウント登録してみた。
次の日の夕方。
仕事で使っていた和英辞典を出品してみた。その日のうちに売れた。
倉庫に眠っていた清水焼の火鉢を出品した。これも売れた。
趣味で持っていたカメラの三脚を出品した。これまた売れた。
「これはすごい!こんなにすぐに売れていくなんて…」
モノを捨てるのは忍びないと思っていたけれど、メルカリなら他の人が使ってくれる。「捨てる」というより「譲る」という感覚に近い。しかもすぐにもらい手が見つかるのが、ゲーム感覚で楽しい。
青年は自宅に眠っていたものを、どんどんメルカリに出品していった。
メルカリを続けているうち、物を手放すことに抵抗がなくなってきた。
青年曰く、もう手放しても「まあいいか」という感じ。それ以上の言葉も、それ以下の言葉もないらしい。
「まあいいか」の境地に至った彼は、メルカリ以外でも物を手放していく。
まずは植木鉢。
植木があると水やりが気になって家を空けにくく、ちょっとした悩みの種になっていた。
”ご自由にお持ちください”と張り紙をして家の前に置いていたら、近所の人が持って行ってくれた。
次に、10年間乗っていた愛車。
長らく乗っていたため、次の車検では部品を取り替える必要があるとのこと。ちょっと古い車で燃費が悪いし、最近は車に乗らないので、手放そうか迷っていた。
中古車販売に出したら、思っていたよりも高値で買い取ってくれた。
そして、3年間別居生活が続いていた妻に別れを切り出し、夫婦で市役所に離婚届を出してきた。
メルカリがきっかけとなり、青年は自由の人になった。
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ここからは、青年の彼女(以下、彼女の雰囲気にぴったりなので”乙女”と呼ぶ)の話。
乙女は、青年と同じ趣味サークルに入っていた。
当時、乙女と青年は特に仲が良かったわけではなく、サークル仲間として言葉を交わす程度の関係だったそうだ。
ある日、乙女がサークルの人たちに「最近すべてが空回りしていて…」と相談していた。
たまたまその場に居合わせた青年は、乙女にメルカリをすすめた。メルカリを始めてから気分が軽くなったと伝えた。もしかしたら、自由になれるかもしれないよ、と言っていた青年の顔が乙女の脳裏に残った。
乙女は、彼の言う通りにメルカリを始めようと思った。
乙女は自分の部屋をぐるりと見渡す。
溜まっているモノが目につく。
そういえば、最近忙しくて片付けられてないや…。
グズグズしていても仕方ないので、えいやっとやる気を出した。
いつかまた読むかもしれないと取っておいた小説本、中学の修学旅行のお土産に買った人形、デートで1回着たきりでもう着ない洋服など、部屋に眠っていたものを手当たり次第に出してみる。
びっくりしたのは、以前よりも出品手順がラクになっていること。本にいたっては、バーコードを読み取るだけで商品情報が自動で入力される。1冊出品するのに5分もかからない。
出品する、売れる、部屋が片付くというループに、乙女はすっかり快感を覚えていた。なんだか物理的にも精神的にも、自分を縛り付けていた鎖から解き放たれる感じがした。
身の回りがスッキリして気分が晴れた乙女は、人間関係や社風が合わないとモヤモヤしていた会社を辞めた。そのうち、借りていた1人暮らしの家も退去した。5年続いていた不幸な恋愛にも、サヨナラを告げた。
メルカリがきっかけとなり、乙女も自由の人になったのだ。
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とある冬の小春日和。乙女は、趣味サークルのイベントで青年の住む街に遊びにきていた。
イベントが終わり、帰りの電車内。
メルカリを教えてくれたお礼を言いたくて、乙女は青年の隣の席を確保した。メルカリのおかげで会社を辞められたこと、借りていた家を手放したこと、5年付き合っていた彼氏と別れたこと、そして感謝の念を伝えた。
「ところで、今日の晩ご飯は何を作るんですか」
「豚肉と白菜のミルフィーユ鍋だよ」
「美味しそうですね。私も食べていいですか」
「いいよ」
「ついでに、泊まってもいいですか」
カーンカーンカーン…
夕焼け空に踏み切りの音が鳴り響く。季節外れの汗ばむ陽気で、夕刻になってもコートを脱いでいる人が多い。
電車内で堂々と「泊まっていいですか」と言い放つ乙女に、青年もタジタジだったに違いない。結局彼はOKを出した。
言い忘れていたが、乙女には天然なところがある。この日は遠出したにも関わらず、どこに泊まるか全く考えていなかったそうだ。
電車を降りる。たわいのない会話をしながら歩いて12分。家に着いた青年は玄関の扉をキイと開けた。
メルカリで物を減らしてスッキリした部屋は、急なお客さんを招き入れるのにぴったりだった。わざわざ片付けなくても人を呼べる。メルカリありがとう、と青年は心の中でつぶやく。
青年はさっそく豚のミルフィーユ鍋の調理に取り掛かる。この調理家電は、ちゃっかりメルカリで購入したものだ。
その日は何事もなく終わったそうなのだが、その出来事をきっかけに2人はときどき会うようになり、いつしか付き合い始めた。
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「何かを手放したら、何か新しいものが入ってくるって本当なんですね」
注文したアイスレモンティーをストローでかき混ぜながら、私は感嘆のため息を漏らす。
今日は喫茶店にて、青年、乙女、そして私の3人で取材という名のおしゃべり。
「メルカリで物を手放して、空間にも気持ちにもゆとりができたと思ったら、転がり込んできたもんなぁ」
「そう、ローリングストーンのようにね」
青年と乙女は、顔を合わせてクスクス笑っている。
他人の私から見ても、ふたりはお似合いだと思う。
たまたま大学も、出身地も、血液型も同じなんだとか。
カランッ、と氷が音を立てた。ふたりを前にすると氷が早く溶ける気がする。
「捨てるのが快感になっちゃってね」乙女は微笑む。
「だから言ったでしょ」と青年もはにかむ。
そんな2人を見て、私も笑った。
☕️
「メルカリやってみない?」と言われたら、何か素敵なことが起こるかもしれない。お宝が見つけられるかもしれないし、もしかしたら人生が変わるきっかけになるかもしれない。
再開してみようかな、メルカリ。
私は一体何を見つけられるんだろう。
P.S.①
さっそくメルカリで出品してみました。
以前蚤の市で購入した鳥の小皿を出してみました。いいねが付いて嬉しいです。
P.S.②
知人から聞いたメルカリ物語を書いていたら、たまたま#メルカリで見つけたものというお題を見つけたので、応募します。
P.S.③
この話は知人たちの許可を得て載せています。この記事を共有したら喜んでくれました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。