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異世界旅行をする方法

映画館は異世界である。
現実であって現実ではない。四角い暗い箱の中で、だんだん横や上の電気が消えていって、非常灯すらも消えて、目の前のスクリーンだけが明るく私たちの目を奪う。
映画の中の非常事態に、私たちはスクリーンのこちら側の明かりを頼りに逃げ出したりしない。向こう側の「彼ら」が逃げ出せば私たちも逃げ、立ち向かうなら私たちも対峙する。
手元の時計の針が見えない中、私たちの時間は「彼ら」の時間の流れと同化する。
「彼ら」が道に迷った時、私たちはスマートフォンで道を調べることはできない。ただ「彼ら」と共に迷っていくしかない。
どれもこれも、映画館のスクリーンを前にした私たちは「彼ら」の世界に囚われるからだ。
今は映画館に行かなくても、テレビ番組、DVD、ネット配信など色々なところで映画を観ることができるようになっている。どこででも、安く、好きな時に、好きな場面を観ることができる。映画館派の主張が揺らぎそうになるほど長所しかない。けれどあえて私は映画館で映画を観ることをおすすめする。
個人的な話だが、私はテレビで放送される約2時間の映画を、それだけに集中して見続けられたことが1度もない。テレビのほこりが気になって掃除を始めたり、別のことを考えていて展開がわからなくなったり、SNSに気を取られて画面を見ていなかったりするからだ。楽しめないというわけではないが、主人公が優雅にダンスパーティーを楽しんでいる間、私は皿洗いに気を取られているようでは、あまりにも面白くない。
その点映画館では外部の情報はシャットアウトされる。四角い箱に据えられた世界だけに集中できる。
映画を観なくても、大きなシネコンで左右にシアターがずらりと並んでいる所などはその光景を見るだけでワクワクする。四角い異世界が通路に沿って並べられているように見える。
映画館はタイムマシンで、うさぎの巣穴で、大きなクローゼットで、長いトンネルを抜けた先なのである。
自分の世界を一旦横に置いて、「彼ら」の世界に囚われる。これが映画館で映画を観る醍醐味のような気がするのだ。

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