北斗晶よ、女子プロレスに謝罪しろ!①
北斗晶が女子プロレスラーだったことは多くの人が知っている。だが、北斗がどういうプロレスラーだったかとなるとわからない人が多いと思う。
なぜか? 理由は簡単だ。北斗が語らないからだ。
1993年4月2日行われた神取忍VS北斗晶戦。特にプロレスに興味のある人でなくても知っているくらいの伝説の一戦。今でも世間的な関心は高く、北斗晶に対抗戦時に語ってもらう企画のオファーはかなりあるようだが、すべて断って頑なに口を閉ざしている。
もし北斗が女子プロレスのことを考えるなら、メディアでの露出の多い北斗はPRのためにも、もっと女子プロレスの話をするべきではないか?
あるインタビューで、語らない理由を述べていた。当時のことを笑いながら話したら、涙を流しながら応援してくれたファンを裏切ることになってしまう。伝説は伝説のままでいい。
だが、本当にそんな理由なのか?
2022年3月22日 前年に急逝したLLPW(現LLPW-Ⅹ)の元代表風間ルミの追悼イベントが行われた。なぜかそこに北斗晶の姿があった。正直、びっくりしたし、よく出席できたものだと、怒りを通り過ぎてあきれてしまった。
北斗晶は自分が対抗戦で風間ルミに何をしてきたか、忘れてしまったというのか?
追悼イベントで、北斗が髪切りマッチに言及したことでさらに驚かされた。
「団体を背負ってやっているのに、それで負けて頭を刈られるシーンなんて、私からしたら見たくないと言うか、そんな思いがありましたね」と北斗は言った。なぜ、そんなでたらめな話をして自己正当化できるのだろうか?
北斗はすべきだったのは謝罪ではないのか? 風間とは和解していないのだ。
北斗のことを「自分だけが輝きたい人」と全女の後輩の井上京子は言った。相手を落としてめて自分を美化する。自分にとってどんなに都合の悪いことも言葉を飾って自分を美化する。全女時代から北斗がずっとやってきたことを、またここでもやっているのだ。
髪切りマッチが行われた大会はLLPW主催の社運を賭けた一大興行で、北斗たちがその一大興行をつぶしているのだ。絶望の興行と言われ伝説になった大会だ。
関係者はみんな知っている。ただ、ある理由で一般に届くことがなかっただけだ。
この大会の開会あいさつで風間ルミは「私たちは日ごろから馬鹿にされていますが、私たちは私たちの信じる道をまっすぐ行って、今日は全力投球したいと思います」と言わなければならなかった。
LLPWが社運をかけてやった大会場での興行でなぜこんなみじめな言葉を使って開会あいさつをしなければならなかったのか?
北斗は前にも「テメエんとこの興行を助ける気はないんだよ」と言って、LLPWの興行をつぶしている。
社運を賭けたこの一大興行に対しては、さらに大掛かりな興行つぶしをやってのけた。
風間のみじめなあいさつに対して北斗は小ばかにしながら「社長、よかったな、結構お客さん入ってくれてんじゃねえか」と返した。
1992年から始まった女子プロレスの対抗戦について調べていて、驚くべき事実が次々と出てきた。信じられないことがいくつも起こっている。しかもそれがほとんど知られていない。
女子プロレスが急速に衰退していった原因はここにあるんじゃないかと思う。
これから週に一回もしくは数回、アップしていきたい。非常に労力のかかった記事に関しては、有料でのアップということになるかもしれないので、その辺は理解してもらいたいと思う。
神取忍VS北斗晶戦についてはいくらでもアップされているし、それに関する記事はいくらでもあると思うので、そちらで調べてもらえればと思う。