北斗晶よ、女子プロレスに謝罪しろ！⑬

アジャ・コングの凌辱試合

　1993年9月29日愛知県体育館・全女主催の全女vsLLPW全面対抗戦で、アジャ・コング・井上京子vsイーグル沢井・沙羅ゆかりのタッグマッチが行われた。この試合は、団体対抗戦を語る上で非常に重要な試合だ。

　この大会はビデオ撮りがあり、実況席には、北斗晶の姿があった。全女の試合は現役レスラーが実況席でゲスト解説するのが定番で、この試合は北斗晶がその役を務めていた。

　沙羅ゆかりは、前にも出てきた大沢ゆかりが改名した新しいリングネームで、同じレスラーだ。
　蹴りを得意とする選手だが、アジャ・コング、井上京子、イーグル沢井の3人に比べて、実力的には沙羅ゆかりは数段落ちる存在だった。そもそものところで、圧倒的な体格差があり、パワーが他の3人には全くといっていいほど及ばない。

　この試合で実力の劣る沙羅ゆかりは、アジャ・コング、井上京子、そして実況席の北斗晶から徹底的な攻撃を受けることになる。
　LLPWは神取とイーグル沢井は一応認めるけれども、それ以外はどうしようもない団体ということを見事に演出して見せた試合になった。

　リング上ではイーグル沢井の技は受けるが、沙羅ゆかりの時はほとんど受けずにその弱さを強調する。
　実況席では北斗晶はイーグル沢井を評価するかのようなことを言う一方で、沙羅ゆかりに対しては、落ち着いた口調で侮辱的な言葉を繰り返して見せる。
　あからさまではない分、逆にLLPWに対するネガティブな印象を残していく。恣意的かどうかは別として、気味が悪いほど、巧妙な仕掛けになっていた。

　試合前のインタビューで、アジャ・コングはLLPWの印象を聞かれて「印象って言っても、イーグルとか神取とかぐらいしかないから、後は印象ってほど印象はないですからね。イーグルがデカいなって、そんなもんくらいしかないですから」とヘラ笑いして答える。

　実況席では、北斗晶が沙羅ゆかりのキャリアについて尋ね、アナウンサーが「（昭和）63年デビュー」と答えると、「63年デビューですか？　ということは井上京子とキャリアが同じ？」と北斗は言う。「正直な話、キャリアが同じとは思えないですよね」。
　

　試合はほぼ一方的な展開で進んでいった。イーグルが出れば、それなりの攻防が生まれていたが、沙羅ゆかりが出た瞬間試合は止まり、リンチのような攻撃が始まる。
　沙羅ゆかりの蹴りをいれても、アジャ・コングは不動でそれを受け流し、逆に沙羅ゆかりに蹴りを入れて吹っ飛ばし、ボディの強烈な蹴りを何発も叩き込む。
　床に倒れ転んだ沙羅ゆかりが、アジャ・コングの足をつかんだところで、北斗晶は「弱い選手のあれなんですけど、かじりついちゃうんですよ。弱い選手っていうのは」と解説した。
　「正直に言っちゃいますけど。かじりつくしかなくなっちゃうんですよ。殴られるのも蹴られるのも怖いから。かじりつくしかなくなっちゃんですよ、弱い選手っていうのは」と「弱い選手」という言葉を繰り返した。「（沙羅は）こんなすごい蹴りくらったことないんじゃないですか？」。

　さらにコーナーポストから飛んだ沙羅ゆかりを、アジャ・コングは難なく受け止めて床に叩きつけ、ボディに蹴りを連発する。　
　沙羅ゆかりは足に蹴りの威力を和らげるためのレガースをつけているが、アジャ・コングはそのことについて「お前のそれは飾りもんか！？」という罵声を沙羅に投げつけた。アジャの罵声を受けて、北斗晶は「言ってますよね。お前のレガースは飾りもんか？」と反芻してみせた。

　沙羅ゆかりはアジャ・コングの罵声に反発して倒れた状態でアジャ・コングの足に必死になってローキックを入れるが、やはり弱弱しく、逆にアジャ・コングは沙羅ゆかりの顔面に容赦のない強烈な蹴りを入れた。沙羅は、目の上を手で押さえたままぐったりと倒れ込んだ。

　北斗はアジャ・コングのその顔面蹴りを見て「許せないんでしょうね。同じ蹴りを使ってるってことに」と笑い気味の声で言った。さらに一方的にやられる沙羅について「これ、死ぬんじゃないですか？」とこれもまた笑い気味で言った。

　北斗は「アジャなんかは今世界一じゃないですか。上がる選手も選びたいって、感じなんでしょうね」とアジャ・コングを評価する一方で、沙羅ゆかりに対しては「正直に言ってしまうと、セミに出てくるような選手ではないですね」と全否定してみせた。

　試合は11分10秒、井上京子のダイビングエルボーを受けて、沙羅ゆかりがあっさりとフォールを取られて試合は終わった。

　勝負がついた後、アジャと井上京子はロープワークでリング内を走り、スクワットをやって見せて、力が有り余っていることをアピールして見せた。
　場内は、アジャ・コング、井上京子を称賛するコールが鳴り響いていた。
　試合後の北斗の感想は「私としては見ていて気持ちよかった」だった。

　試合後のインタビューで、アナウンサーに完璧な勝利ではないかと問われアジャ・コングは「完璧な勝利も何も、まあ、あんなもんでしょう」。
　井上京子は「今日、アジャ、井上京子組っていうのを見に来たお客さんは、あまり技とか見れなかったんでつまんなかったかな、と思うんですが、あれ以上やったら死んじゃうかなと思ってとどめさしました」と答えた。

　一方の沙羅ゆかりは「（アジャ・コングと井上京子は）強いけど、そんな言葉に甘えてちゃいけないし、もっと自分で磨きかけなきゃいけないな、と思いました」。
　全女の選手たちがせせら笑いながら蔑んだ発言をするのに対して、沙羅ゆかりはポジティブなコメントを残していた。
　この対照的な発言の違いは、根本的なところで全女とLLPWのプロレス観が違うことを示していた。
　

　週刊プロレスでこの試合の記事を担当したのは、例によって小島和宏だ。　
　「試合に触れる前に、アジャ＆京子の勝利者インタビューでのコメントがあまりに面白く、それでいて的を得ているので、ちょっと掲載してみよう」という文章で始まるいかにも小島らしい記事になっていた。そして、勝利者インタビューが詳しく書かれている

京子「アジャ様の（沙羅への）イジメがあまりにもすごかったので、私があの技で止めさせていただきました」
アジャ「えっ？　なんにもやってないじゃない。蹴って、蹴って…それだけでしょ」
　　　　　　　　　　　
京子「今日、試合前にヒレカツ弁当と、サンドイッチと、天むすを食べたんだけど、あれしか動かなかったから、まだオナカの中に残ってる。消化不良（の試合）ですね（笑）」
アジャ「結局ね、こんなカード組んだら、LLPWは弱いって思われるだけなんだよ。まぁ、いいか。ヨソの団体のことだから」

　本文の記事は沙羅ゆかりをバカにしたような文章が続く。
「沙羅にとっては屈辱的な試合であったが、実際、なにもやり返せないのだから、何と言われても仕方がない」

「通常の試合では”つなぎ”としてしか使われていない京子のダイビング・エルボーでピン。この相手には、これ以上の技はもったいない、とのプライドがそうさせたのだろうか？」

最後に「ブッ倒れる沙羅をまたぐようにして交差式のロープワークでリングを占領した後は、LLPWをバカにするかのようなヒンズースクワット。そして、ハルクホーガン並みのボディーアクションを連発して、客席を沸かせまくった。こういうのを”銭のとれる仕事”というのだろう」という文章で締めている。
　小島らしい、決して資料にはなりえない記事だ。そして、それが絶頂期の週刊プロレスの記事だ。

　週刊プロレスが行った同じ試合のレポートがもう一つある。別冊版の特集号だ。文彦（おそらくライターの斎藤文彦）が書いた記事だ。全体としてアジャ・コング、井上京子を称賛する内容にはなっているが、小島の記事のように小ばかにしたようなふざけた表現はなく、「最後のスクワットとかは悔しいから見なかった」というイーグル沢井の感情的な部分も記載しており、小島和宏の記事とは違ってバランスの取れた記事になっている。

　井上京子とアジャ・コングは、この試合から約一か月半後に行われるLLPW主催の興行で、LLPWの選手を相手にさらなる凌辱試合をやってのけることになる。
　その大会で、北斗も加えた全女の選手たちは、LLPWの興行を何の遠慮もなく潰して見せた。

　

シリーズ　目次

参考文献および引用元

雑誌・書籍・ネットニュース等
週刊プロレス　週刊ゴング　NUMBER　1993年の女子プロレス　
別冊宝島　プロレスライバル読本
1995年のクラッシュ・ギャルズ　ぼくの週プロ青春記
プロレス少女伝説　憧夢超女大戦　25年目の真実　　全女がイチバーン!　やっぱり全女がイチバーン!！　吉田豪の"最狂"全女伝説　北斗晶が嫌われる理由　　ロッシー小川女子プロレス55年史　ブブカ　FUSO magazine NO.91　まるスポ　zakzak 2014.09.12
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