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【共作】行く末来し方仕舞い方 その陸 担当・樋口芽ぐむ
はい、こんばんは! DJアカギツネでーす!
視聴中のベイビーズ元気? 歯ァ磨いてる? ちゃんと寝てる?
今年の夏は暑かったね~。地球どうなんの? ボクは素麺ばっかり食べてた。麺つゆ使わずに、素麺の塩気とゴマ油で美味しい奴。
今夜はね、お知らせがありまーす。
ベイビーズはご存じの通り、ボクと上司は地球のニッポンジンの性の事情を調査しにきたんだけど、一定数のデータが集まったから、星に帰りまーす!
このアカウントでもレポートの提出を何名かにお願いしたけど、ありがとね。
あ、コメント来てる。えーっと、「まだ宇宙人キャラでやってんのwww」だって。
キャラじゃないよー、本物本物。ボクらが宇宙船ときめきモンブラン号に乗って波動砲とか、虚式「茈」的なものを発射したら、地球とか割れるよ、簡単に。ほんとほんと、まぢに。
――というような生配信をアカギツネがやっている横、係長ツノジカはベッドに腰掛けて樋口芽ぐむのレポートを読んでいる。
俺ね、付き合った人といっしょの写真がないんですよ。
三十代半ばで婆さんが亡くなったとき、「いつか死ぬんだな。後悔しないよう、やりたいことやらなきゃな」と思って、それまで引きこもりだったけど、猛然と外出を再開して海外旅行したり、小説を書き始めたり、実家を出て上京したり。
いま五十代半ばだから、約二十年の間に、何名かの殿方とお付き合いをしたんですよ。
抱き合ったし、水族館とか、テーマパークとかデートしたし、俺の手料理を「美味いね」といっしょに食べたし、でも、二人で撮った写真はない。
なんか、付き合っているつもりでも、長く交際が続く予感がなかったのかな。俺にも。相手にも。
たぶん俺は、本当の意味で、愛し合うって経験はしてこなかった。
俺以外の相手と寝ていたり、結果的に捨てられたり、幸福な時間も味わったけど、その倍くらい苦しんで、つらい時間も多かった。
でも――、いまになって振り返ると、俺が望んだ形ではなかったけれども、先方は先方なりに、精いっぱいの愛情を示してくれたんだな、って思うよ。
だから、恨んだり憎んだりするのは違うな、って。苦しんでも捨てられても、ああいう時間を持って、よかったな、って。
ん? 愛情を示された具体例を教えてくれ?
冗談言わないでくださいよ。それは、俺の宝物だよ。つらい記憶も、悲しいことも、大きな歓びも、全部俺のもの。
そう易々と、教えてなんかやらねえ。
係長ツノジカは、ベッドにレポートを置いた。
この星のニッポンにおいて、男女のつがう形式が、ベーシックな家族の組み合わせであるらしい。
三太氏も樋口芽ぐむ氏も、オスを性愛の対象としているようだが、同性愛自体は係長ツノジカらの属する惑星においても存在し、ことさらに否定するべきことではないので、別におどろきはない。
興味深いことは、対象ではなく形式である。
樋口芽ぐむ氏は合意に基づけば誰とでも性行為に及ぶ。
しかし根本的には、特定の一名と婚姻あるいは、それに類する関係性を結び、つまるところ家族ないし家庭を形成したかったらしい。現代ニッポンのベーシックな形式を求めているのだ。
一方三太氏も、特定の一名との深い関係性に価値を置くのだが、その形式は、必ずしもつがいでなくとも構わないようだ。
三太氏とその「相方」と、相方が性行為を行った相手と、仲睦まじく飲んだという記述があるけれども、ポリガミー的というか、現代ニッポンのベーシックな形式に囚われていないように思われる。
その差異をどうこう批評するつもりはないのだが、興味深いのは、レポートを見る限り一般常識に長けている三太氏が、つがいの形式に囚われず、一般社会からはみだし気味の樋口芽ぐむ氏のほうがつがいの形式であり、その延長線上にある社会性のようなものに惹かれている点である。表面上の特徴のみでは、人類の性格や深層心理は理解しかねるということか。
しかし、両者だけではなく、集まったレポートを読む限り、人類の性愛の好みは多岐に渡っている。
他者がどのような性愛を愉しもうと、係長ツノジカには関係のないことだが、SNSなどを見ると、ときどき自分ではない者の性愛を非難する者がいる。同性愛ならば自然の法則に反する、とか。
衣服を着用し、SNSというテクノロジーを駆使してそれを主張することの自己矛盾をどう考えているのか、ご教示いただきたいところだが、つまるところ批判したいがためのロジックではなかろうかとの推察が係長ツノジカにはある。
しかし、どうして均一化を望むのか、その点が分からない。ある程度理性を駆使してマナーなり法律なりを守れば、あとは個々の好きに任せておけばいいのではあるまいか。
だが、係長ツノジカは、自分の感覚や価値観をこの星であり、ニッポンというエリアの住人の思考や行動に反映させてはならないことを、よく知っている。彼と部下の業務は、あくまでも調査なのだ。
配信中のアカギツネが、シメの言葉を口にする。
地球を去る上での心残り? んー、『鬼滅の刃』の劇場版を見届けられないことかな。
井伏鱒二翁も言ってたよね。「さよならだけが人生だ」。バイバーイ!
レポート提出に関するお礼のメールを、三太氏と樋口芽ぐむ氏に係長ツノジカは送った。謝礼として、ショッピングサイトで利用できる、デジタル式のギフトカード3000円分のリンクも貼った。
受領を確認したら、この件に関する二人の記憶を、アカギツネに消去するよう命じてある。
入浴を済ませて、アカギツネの用意した簡素な食事を終える。今夜はキンピラゴボウと揚げ出し豆腐であった。
歯を磨き、不動産会社や役所や電気ガス水道、退去の手続きは済んでいるし、荷造りもさほど時間は掛からない。ドラえもんのスモールライトに似た道具を用いれば、机もベッドもすべてマッチ箱サイズになる。ときめきモンブラン号の燃料は、半永久的に保たれるし。
パジャマに着替えてベッドに入ると、アカギツネもパジャマのまま隣に入ってきた。
リモコンで明かりを消すと、アカギツネが闇の中でいう。
「この星は、危ういですね。今年の猛暑とか豪雨とか、自然環境がやばいし、ヒト同士の争いも絶えないし」
うん、と係長ツノジカは答えた。未来を思うと、期待より不安のほうが大きい。彼やアカギツネのほかに、欧米やアフリカ、アジア、中東などに調査員が派遣されている。その結果次第では、人類は絶滅危惧種としてリストアップされ、保護の対象となるだろう。
この星の過去、未来、それから終わりを決める権限は、彼らには、ない。
アカギツネが隣で問う。
「さわっていいですか?」
係長ツノジカはうなずく。
「もちろん」
アカギツネが係長ツノジカの頬に指先で触れて、それから首筋やうなじを舐めて毛を整える。係長ツノジカはアカギツネの頭を撫でて、背中に腕をまわし抱きしめた。
性的欲求に喚起されたわけではない。淋しいときにスキンシップで心身を慰め合うことは、二人が合意の上で行い習慣としているもので、そこに、愛情や性欲は、混じっていない。
ただ、労わることで、係長ツノジカ自身の何かも癒されている感覚は、確かに、ある。
〈了〉
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