社会適合者
昼休みの屋上。着けていたマスクを外し、ポケットから出したタバコに火をつける。元々、マスクは嫌いだ。しかし、最近は新型のウイルスのせいでマスクをつけることが当たり前とされるようになった。もしつけていなければ、周りの人から軽蔑の眼差しが与えられる。僕にとっては生き地獄といえる。そんな地獄から唯一免れられるのがこの時間だ。しかし、デスクに上着を置いてきたのは間違いだった。風が少し冷たい。
最近、上司が不機嫌なことが多い。業績があまり良くないのだろう。そのせいか、俺へのあたりが非常に強くなってきた。正直腹立たしいが、波風が立つのは面倒だ。俺は笑顔でやり過ごす。
昔は話すのが好きな子供だった。友人と1つの話題で2時間話し続けた程だ。
ある時、母と喧嘩した際、関係を修復するため話し合おうとした。母は「どうでもいいから。」で一蹴した。中3だった僕は傷心した。それからも母親と理解し合おうとした。しかし、聞く耳を持たれることはなかった。極めつけに「うるさい」と怒鳴られた。
その時からだ。人とわかり合おうとするのが無意味だと感じるようになったのは。肉親でも分かり合えることなんか無い。人は聞きたいことだけを聞き、見たいように見るのだと。
それから、俺はマスクを着けるようになった。気持ちのない笑顔を振り撒き、思ってもない綺麗事を並べた。「いい人」になった。お陰で定職につき、2年付き合っている彼女もいる。普通の幸せを感じている。ああ、なんと素晴らしい人生だろう。
…カン、カン、…カン…
階段から音が聞こえた。女性陣が遅めの昼食でもとるのだろう。身を乗り出して煙草の火を消し、マスクを着けてデスクに戻る。
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