梅田ダンジョン
大阪の梅田駅の地下は、通称"梅田ダンジョン"と呼ばれるほど、入り組んでいて複雑だ。
方向音痴な僕は、何度もこのダンジョンに苦しめられた。
ウロウロ歩いて、ぐるぐる回って。
結局一回地上に出てみるも、地上もまた違うダンジョンが広がっている。
美味しそうなラーメン屋とか、過ごしやすそうな喫茶店を見つけて、
「今は時間ないけど、次に梅田来た時に行こうかな」
とか思っても、もう二度とそこには行けない。
あのラーメン屋や、あの喫茶店は、異世界にあったんじゃないかと思うくらいに、もう行けない。
今も存在してるのかわからない。
「梅田ダンジョンで見つけた次行こうと思ったお店」は、なんだかトトロみたいだ。
トトロみたいだとしたら、あのラーメン屋たちには、大人になってしまった今、もう会えないのだろうか。
あの時もだいぶ大人やったけどなぁ。
二カ月くらい前に見たところやし。
でも、あのラーメン屋が本当にトトロみたいだとしたら、楽しいな。
眠れない夜にふと窓の外を見たら、あのラーメン屋が梅田ダンジョンを抜け出して、家の前に出来てることがあったりとかして。
「あれ!?あのラーメン屋!梅田ダンジョンにあったお店だ!メイ!起きて!」
ってなる。
ただ、「メイ!起きて!」の部分は、メイちゃんがいないので、
iPhoneにメイって名前つけて、「メイ!起きて!」って言いながらパスコードを入力するだけだ。
夜中に、あの時見たラーメン屋が突然の出現。
そんなことになったら、夜中の3時だろうが財布片手に突撃するしかない。
そんな時間にラーメン食べたらダメってわかってる!でも!でも!
もう会えないかもしれないもん!!
財布片手に店内に入ると、ムワッとしたラーメンの香りと、元気のいい「いらっしゃいませ!」。
そして、数人のお客さん。
そのお客さん達はきっと、僕と同じように、梅田ダンジョンで一度ラーメン屋を見かけたけど、それっきり、もうたどり着けなくなってしまった人達だ。
職場や学校で、
「梅田ダンジョンに凄い美味しそうなラーメン屋あって」
と言って、周りに
「そんなラーメン屋、ほんとはないんじゃないん?」
とからかわれて、
「嘘じゃないもん!ラーメン屋ホントにいたもん!」
って泣き出した、通称、恥ずかしい人達。
ラーメン屋を、「いる」と表現しちゃう人達だ。
ラーメン屋は、そんな泣き出しちゃった人達のもとへ出向き、真夜中に招き入れる。
色んな場所へ出向きながら。
きっと真夜中に起きたのは、ラーメン屋が僕の家の前に到着したからだ。
そして入った店内は、「へぇ〜!こんな味なんやぁ」「やっぱりほんとにあったんだ」「いやー、私は去年に見て以来、どうしても食べたかったんですよ」
と、楽しそうな会話。
カウンターの席に座りラーメンを待ってると、
「あなたもですか?」
と隣のお客さんに話しかけられる。
「あなたも、とは?」
「みんなの前で泣き出しました?
私は、印刷工場で工場長をしているんですがね、朝礼の最後にこのラーメン屋の話をしたら、みんなに信じてもらえなくて朝礼で大泣きしたんですよ。
いやー、あの時は仕事にならなくて、納期に間に合わずに大損害を出しちゃいましたよ。ははは。
で、あなたは、どこで泣きました?」
「いや、泣いてないですけど。」
「あ、そうですか。」
と、気まずい空気になったところでラーメンが出てくる。
もう絶対に会えないと思っていた幻のラーメン。
味は美味しくあってほしい。
もし、味が普通だったら、隣のお客さんに
「味は普通ですね。」
「うん、味は普通だね。私なんか朝礼で泣いたのにね。」
「ま、でも、味とかじゃないっすもんね。このラーメン屋に入れた時点で勝ちですもんね」
「……だよね!」
と、フォローしないといけないし、隣のお客さんも、無理やり納得しないといけなくなる。
ラーメンは美味しくあってくれ。頼む。
そしてラーメンを食べ終わりお会計をして、店を出ると、知らない景色。
「そうか、このラーメン屋は移動してるんだ。
え?だる。」
それで、いつ家に着いたかも覚えていないまま、いつのまにか眠っていて、家の布団で目が覚める。
外はすっかり明るくて、窓の外を見ると当然あのラーメン屋はない。
「夢やったんか、、」
と、少しがっかりしながら、ベロを動かすと、
歯と歯の隙間に、あのラーメン屋のチャーシューが!
夢だけど!夢じゃなかった!
あと、財布見たらめちゃくちゃお金減ってる!
帰りタクシー乗ったんや!
…まあまあまあまあまあ!不思議な体験したし!まあまあまあまあまあ!良いとしよ!プラスプラス!オッケー!
的な。
もうたどり着けないお店との出会いは、そんな不思議な夜へのパスポートかもしれない。
梅田ダンジョンで迷った時は、そう思うようにしてみよう。