つながっている〜認めたくないけど似たもの母娘
「杖なんてつきたくない。おばあさんみたいでイヤよ。」
母が80歳を過ぎたころに言った言葉です。
「いやいや、じゅうぶんにおばあさんですから。」
と、実の娘しか言えないことを、はっきりと伝えたことを今でも覚えています。
その数年前までは待ち時間に次のバス停まで歩くような体力もあったのですが、その頃は外出にはタクシーを使うようになっていました。長く歩くのはつらいと自覚していたようです。
でも、杖をつくことは自分の老いを全面から認めるようでイヤだったのでしょう。
(結局、通っていた整形外科のデイケアで強く勧められて、かわいい花柄の杖を購入しました。)
「すぐそこまでだから、行けると思ってた」
そんな母が道を歩いていて転倒し、救急車で運ばれたのは85歳の時。タクシーで出かけ、またタクシーで帰ろうとしたけれど、空車が来なかったので営業所まで歩こうとしていたのでした。
あわてて病院にかけつけて「どうしてそんなところで?」と聞いたら、「すぐそこまでだから行けると思ってた」と。
実はそのタクシー営業所までは約1キロの距離。「すぐそこ」ではないのです。
以前は楽に歩いていた距離ですが、自分の足がそこまで弱っている自覚がなかったのでしょう。(判断力の低下は認知症によるものですよね
)
「おばあさんみたいね」
入院は約4か月に及びましたが、自分で歩けるようになりました。
ただ、杖では不安定で危ないために、歩行器(シルバーカー)を使うことに。
安定感が抜群で、定期受診に行った広い病院の中もすいすいと歩く姿を見て、よくここまで回復したものだと感心したのですが、また言いましたよ。
「押し車(シルバーカー)とか、おばあさんみたいね。」って。
どこから見てもおばあさんです!!
自覚
「じゅうぶんにおばあさんだと自覚してよ~」と思いながらも、ふと自分のことを考えると、似たところが多々あるのです。若いつもりでいたり、実力以上のことをできると思っていたりするところとか。
還暦だけど、ついつい40代から50代のファッション記事を読んでいる。
英語を話せないのに一人で海外旅行に行って「何とかなる」とか言ってる。
最長10キロしか走ったことがなかったのにフルマラソンに挑戦した(4回完走しましたが膝を痛めたのでもうやっていません)
あれ?自覚しないほうが楽しいんじゃない?
わたしが母の年齢になる頃、今の母以上におばあさんであることを認めないおばあさんになっているのではないか、最近はそんなことを思っています。