怒らせたらやばい女友達
高校二年の秋。拓也にとって、紗季は気の合うクラスメイトだった。
昼休み、教室の隅の席で弁当を広げていると、いつものように紗季が隣に座ってきた。
「拓也くん、今日もパン?」
「おう、朝起きるの面倒だったからな」
「ふーん。……それ、ちゃんと栄養あるの?」
「炭水化物はエネルギーになるからな!」
「はいはい。どうせ午後の授業で眠くなるんでしょ?」
「……まぁ、否定はしない」
紗季は呆れたようにため息をついた。
「はぁ……もうちょっと健康的な食生活にしなよ」
「うるせーな。てか、お前の弁当、相変わらずバランスいいよな」
紗季の弁当は色とりどりのおかずが詰まっていた。卵焼き、焼き魚、煮物、野菜の和え物——どれも丁寧に作られている。
「それ、自分で作ってんの?」
「うん。母さんが忙しいから、朝は自分で作るのが普通になっちゃって」
「すげーな。俺なんか朝飯どころか弁当も用意しないのに」
「そういうところがダメなんだよ」
紗季は苦笑しながら、卵焼きをひとつ摘んで拓也の口元へ差し出した。
「ほら、食べる?」
「え、いいの?」
「あーん」
「お、おう……」
拓也は少し照れながらも卵焼きを口に入れた。優しい甘さと出汁の風味が広がる。
「……うまっ」
「ふふ、でしょ?」
「お前、本当は家庭的なやつだったんだな」
「何それ、失礼じゃない?」
「いや、こういうの作るイメージなかったし」
「むしろ拓也くんが料理しなさすぎなんだよ」
「うっ……まぁ、否定はしない」
「今度、料理教えてあげようか?」
「マジで?」
「うん。でもその前に、部屋片付けなよね?」
「ぐっ……」
図星だった。拓也の部屋は、正直あまり人を招ける状態ではない。
「今度、うちでゲームしようぜ」
「部屋、片付けたらね?」
「わかったよ……」
翌日
「——ってことで、今日はうちでゲームな!」
放課後、拓也は勝ち誇ったように紗季の前に立ち、指をさした。
「お、片付け終わったんだ?」
「当然! 言われたからにはやる男よ」
「へぇー、本当に?」
「失礼なやつだな! 昨日ちゃんと掃除したし、俺の部屋は今ピッカピカだぞ」
「じゃあ、お邪魔しよっかな」
紗季は笑いながら了承した。
拓也の家は、学校から歩いて15分ほどの距離にあった。
「おじゃましまーす」
「まあ、適当に座ってくれ」
リビングを通り抜け、拓也の部屋へ。
「……ほんとに片付いてる」
入ってすぐ、紗季は驚いたように呟いた。
「だろ? いやー、昨夜の俺は頑張ったよ」
「いつもこれくらい綺麗にしてればいいのに」
「それは無理な相談ってもんよ」
拓也はゲーム機の電源を入れながら、ベッドに腰掛けた。
「ほら、やるぞ。格ゲーな!」
「いいよ。でも拓也くん、負けても怒らないでね?」
「は? いやいや、俺が負けるわけないだろ」
「……ふふっ」
なぜか紗季は不敵な笑みを浮かべる。
「ま、楽しみだね?」
こうして、ゲーム対決が始まった。
拓也は最初、余裕だと思っていた。
——が、現実は違った。
「よし、コンボ決まった!」
「うん、でも……はい、反撃」
「は? ちょっ、待っ、うわっ!?」
拓也のキャラは、一瞬の隙を突かれてボコボコにされ、あっという間に体力を削り取られる。
K.O.!!
「なっ……!? なんでそんなに強いんだよ!?」
「ふふ、戦いは冷静さが大事だからね」
「クソッ、もう一回だ!」
しかし、再戦しても結果は変わらず、拓也は一方的に負け続けた。
そのうち、だんだんと口調も荒くなってくる。
「はぁ!? 今のずるくね!? 絶対運ゲーだろ!」
「え? ルール内なら問題ないよね?」
「でもさっきのは——!」
「……なるほど?」
ふと、紗季の口調が変わる。
紗季の声のトーンが変わった瞬間、拓也はなんとなく嫌な予感を覚えた。
「お、おい……?」
「ねえ、拓也くん」
紗季がゲームのコントローラーを静かに置き、ゆっくりと立ち上がる。
「負けたからって、文句を言うのはどうなのかな?」
「べ、別に文句じゃねえよ! ちょっと納得いかないだけで……」
「ふーん……」
紗季が一歩近づく。
「え、ちょっ、なに?」
「……ちょっと、わからせてあげるね?」
次の瞬間——
バッ!
「うおっ!?」
拓也の腕が突然掴まれ、体がぐいっと引き寄せられる。
「お、おい!? なんだよ急に!」
「ほら、抵抗しないと?」
「はっ、はあ!? いや、待っ——」
言い終わる前に、拓也の背後に紗季が素早く回り込んだ。
ガシッ!
「う、うわっ!?」
拓也の首元に、紗季の右腕がするりと回される。
肘の内側がちょうど喉に当たるように、しっかりと首をホールドする。
「これね、スリーパーホールドっていうの」
「ちょ、ま……ぐぅっ!!」
紗季の右腕は、拓也の首に深く食い込み、彼の気道と頸動脈を同時に圧迫する。
さらに、左手を使って拓也の頭部を掴み、固定することで締め付けが強まる。
「ぐ、ぐぅ……!」
拓也は慌てて紗季の腕を掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。
「ねえ、ゲームに負けたくらいでイライラするの、良くないよね?」
「す、すみ……」
「んー? なんて言ったのかな?」
「あ、ああ……! すみま、せ……!」
紗季は満足そうに微笑むが、技を解く気配はない。
逆にさらに力を込め、首元の圧力を増していく。
「ちゃんと反省する?」
「し、しま……す……」
「よし、よく言えました♪」
ようやく腕の力が緩められる。
拓也は力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「……っはぁ、はぁ……!」
床に手をつき、必死に息を整える拓也。
首元にはうっすらと赤い跡が残り、喉の奥がヒリヒリと痛んだ。
「ふふっ、これでゲーム中に文句言わないようになったね?」
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