
浮気
黒崎翔――彼は広告代理店のエリート社員であり、ルックスも申し分なく、女性に不自由しない男だった。そんな彼の恋人である私は、長年彼の隣にいた。だが、最近の彼は何かがおかしかった。
携帯を手放さなくなった。残業が増えた。休日出勤が多くなった。ベッドの上でも、以前のように私を求めてこなくなった。女の勘というのは鋭いものだ。彼の不審な行動に私は気づかないふりをしていたが、ある日、確信に変わった。
彼がシャワーを浴びている間に、私は彼のスマホを手に取った。パスコードは変えられていたが、私は彼の誕生日を入力し、簡単にロックを解除した。そして、LINEのメッセージを開く。
『明日の夜、いつものホテルで。早く会いたい』
送り主は「玲奈」という女だった。胸の奥が冷たくなる。黒崎は浮気をしている。しかも、何度も。
私は涙が出るどころか、頭の中が異常なほど冷静になっていった。私はすぐに行動を開始した。彼の動きを調べ、彼がいつ、どこでその女と会うのか完璧に把握した。
―――
翌日の夜、私はその高級ホテルの前にいた。外観はシンプルながらも格式高く、出入りする客もハイクラスな雰囲気を漂わせている。ガラス張りのロビーにはシャンデリアが輝き、黒崎がいつも身につけているブランドもののネクタイすらチープに見えるほどだった。
駐車場に高級車が滑り込んできた。運転手付きの車。後部座席から降りてきたのは、赤いドレスに身を包んだ女――玲奈。
細身で洗練された顔立ち、濃い口紅、揺れるイヤリング。彼女は男を虜にする魅力を備えていた。だが、私の目から見れば、ただの浮気女にすぎない。
彼女がホテルの入り口に向かおうとした瞬間、私は彼女の背後に近づき、素早く腕を回した。
「ちょっとお話ししない?」
玲奈は驚いたように身をよじったが、私の腕が彼女の首をしっかりと絞める。
「……あなた、誰?」
「黒崎の彼女よ」
彼女の顔が青ざめるのを見て、私は冷たく微笑んだ。
「騒いだら、そのまま気を失うことになるわ」
玲奈は震えながら黙り込んだ。その隙に、私は彼女の腕を取り、駐車場の奥へと引きずり込んだ。
―――
人目のない駐車場の奥。そこにはすでに意識を失った運転手の男が倒れていた。玲奈の視線がそれを捉え、絶望に染まる。
「嘘……」
彼女が小さく呟く。しかし、次の瞬間、私は素早く動いた。
玲奈を地面に押し倒し、彼女の胴に自分の両脚を絡めるようにして挟み込む。スリーパーホールドの要領で彼女の首を締め上げる。
「苦しい……っ!」
「逃げられると思う?」
玲奈は必死にもがくが、私の脚ががっちりと彼女の動きを封じている。どんなに手足をばたつかせても、力の加減を変えながら締め続ければ、いずれは力尽きる。
「話してもらうわよ。あなたと黒崎の関係を」
彼女は苦しそうに息を詰まらせながら、それでもなんとか言葉を絞り出した。
「……彼が、私を愛しているって……あなたとは別れるって言ってたわ」
嘘だ。黒崎は私と別れるつもりなど微塵も見せていなかった。それが彼のずるいところだ。
「残念ね。黒崎はあなたにも私にも本気じゃないわ」
玲奈の抵抗が次第に弱まっていく。息が浅くなり、身体の動きが鈍くなっていくのを私は感じた。あと少しで完全に落ちる。
「……たす……け……」
玲奈の声が掠れる。だが、私は容赦しない。じわじわと意識が遠のいていくように調整しながら、締め続けた。
「あなたが黒崎の何を知っているの?」
「……ただの遊び……だって……彼……」
その言葉を最後に、玲奈の体ががくりと力を失った。
私はゆっくりと腕をほどき、彼女の呼吸を確認する。生きている。だが、しばらく目を覚ますことはないだろう。
立ち上がり、意識を失った玲奈と運転手を見下ろす。
「これでいいわ」
私は服の乱れを直し、ゆっくりとホテルの入り口を見上げた。
黒崎はこの中にいる。
これから彼に会いに行く。