幼馴染とのプロレス

キャラクター紹介
俺(主人公)

普通の高校生。特に運動が得意なわけでもなく、どちらかといえばインドア派。
昔から幼馴染の柊と一緒にいるが、最近彼女がプロレスにハマったせいで、半ば強制的に技を受ける日々を送っている。
最初は戸惑っていたものの、徐々に ‘受け身’ が上達している自分に気づき始める。
とはいえ、本人的には「もうやめてくれ」と思っているが、柊の勢いに勝てない。

柊(ひいらぎ)

主人公の幼馴染で同じクラスの女の子。活発で明るい性格をしており、男勝りな一面もある。
プロレスにどハマりしたばかりで、実際に技を試してみたくてたまらない様子。
その実験台として主人公が選ばれ、家でも学校でもちょっかいをかけてくる。
体格は普通の女子だが、意外と力が強く、技のキレもなかなかのもの。
「プロレスは ‘受ける方’ も大事!」と言い張り、主人公を巻き込んで技を決め続ける。
本人はあくまで ‘楽しく’ やっているつもりだが、主人公にとっては恐怖の日々。

——この2人の関係を中心に、“プロレス技をかけられる日常” が繰り広げられる——。


朝、目覚ましのアラームが鳴り響く。いつもなら何度かスヌーズを繰り返すところだが、今日は違った。

「おはよー!」

 勢いよく部屋のドアが開き、俺の視界が金色の光に包まれる。いや、違う。逆光の中で仁王立ちする影が見える。

「——って、うおっ!?」

 次の瞬間、首に腕が巻き付いた。

「ぐえっ!」

 俺の上半身が無理やり引っ張られ、布団から引きずり出される。首に絡まるこの感触……まさか……。

「スリーパーホールド!」

 耳元で元気いっぱいの声が響く。

「な、なんで朝から技かけてんだよ!!」

「だって、なかなか起きないから! プロレス技なら確実に目覚めるでしょ?」

「確実にって……窒息しかけてんだけど!!」

 俺は必死に柊の腕をこじ開けようとするが、意外と力が強い。体勢が悪く、うまく逃れられない。

「おい、マジでキツいって!」

「しょうがないなぁ……じゃあ、リリース式 にするね!」

「リリース……?」

 その意味を理解した瞬間——

「せーのっ!」

 柊の腕が一気にほどけたかと思うと、俺の体が後ろに放り出される。そのままベッドの上に転がり、頭をごつんとぶつけた。

「いった……!」

「おお、受け身下手だね! ちゃんと首を引いて後頭部を守らないと!」

「俺はレスラーじゃねぇ!!」

 俺が怒鳴ると、柊は「えへへ」と笑う。

「ま、朝の挨拶がてらの軽い技だから!」

「お前の ‘軽い’ は信用できねぇ……」

 ようやく起き上がり、頭をさすりながら柊を睨む。

「ったく……。そもそもなんで俺の部屋に入ってくるんだよ?」

「だって、今日も遅刻しそうだったし! ほら、早く支度しないと!」

 そう言って、柊は俺の制服を引っ張る。

「プロレス技で起こすのはやめろ……!」

「えー、でも普通に起こすより面白いし?」

「やめろって言ってんのに……」

 まったく、こいつのプロレス熱はどこまで続くんだか……。

 そんなことを考えながら、俺は重い体を引きずって身支度を始めた。



 学校の昼休み。俺はいつものように購買で買ったパンをかじりながら、ぼーっと空を眺めていた。

「……にしても、なんで柊はそんなにプロレスにハマったんだよ?」

 隣で同じくパンを食べていた柊は、俺の質問にピタリと手を止め、目を輝かせた。

「いい質問! 実はさ、この前テレビで女子プロレスの試合を見たんだよね!」

「あー、なんかやってたな……」

「で、その試合がもう めちゃくちゃ熱かった の! どっちもボロボロになりながら、最後は大逆転で決まるの! あの瞬間、ビビッときちゃって!」

 柊は興奮した様子で、身振り手振りを交えながら語る。

「そっから技の動画見たり、ルール調べたりしてたら……気づいたらめっちゃハマってた!」

「なるほどな……。まぁ、お前が好きそうな展開だよな」

「でしょ!? だから私も技を覚えたくて!」

「その練習台にされてる俺の気持ちも考えろよ……」

「でもさ、プロレスってすごいんだよ? ただの格闘技じゃなくて、 ‘見せる’ 戦いなんだから!」

 キラキラした目で語る柊を見て、なんとなく言い返せなくなった。たしかに、そんなに夢中になれるものがあるのは悪くない。

 ……とはいえ、実際に技をかけられる側としては、たまったもんじゃないけどな。

「ま、まぁいいけどさ……今日は技かけんなよ?」

「んー、どうしようかな~?」

「頼むから ‘どうしようかな’ じゃなくて ‘かけない’ って言ってくれよ……」

 俺がそう言った瞬間、柊の目がキラリと光った。

「じゃあ ‘軽め’ にしてあげる!」

「いや、そういう問題じゃなくて——うわっ!?」

 俺の腕をすっと取り、瞬く間に柊の細い脚が俺の腕に絡む。

「腕ひしぎ十字固め!」

「お、おい待て! 昼休みに関節技はやばい!!」

 グイッと腕を伸ばされ、じわじわと圧力がかかる。俺の腕を両脚でがっちり挟み込み、逃げ場を奪っている。肘関節技は伸びきり、限界まで引き絞られる。僅かでも力を込めれば、今でも折れそうな感覚が肘を支配する。

「すごいでしょ? これ、関節が伸びる方向に力を入れるだけで、簡単に決まるんだよ!」

「そんな説明いらねぇから!! 早く離せ!!」

「しょうがないな~、じゃあタップしたら解除してあげる!」

「ギブギブギブ!!!」

 俺が机をバンバン叩くと、柊は満足そうに技を解いた。

「ふふっ、私もだんだんコツ掴んできたな~」

「コツ掴んでんじゃねぇ!!」

 俺は机に突っ伏しながら、ズキズキする腕をさする。

「お前のせいで午後の授業、ノート取れねぇかも……」

「ま、 ‘技を受ける側の大変さを知る’ のもプロレスの醍醐味だから!」

「俺は観客でいたいんだが……」

 呆れ果ててため息をつくと、柊は「じゃあ、次は観客として ‘特等席’ に招待してあげる!」と、なぜか得意げに言った。

「は? なんの話だよ?」

「今日、私の家でプロレスの特訓するから! ちゃんと ‘近くで’ 見せてあげる!」

「絶対 ‘見る’ だけじゃ済まねぇやつだろ、それ……」

 俺は柊の笑顔を見ながら、静かに絶望した。


放課後、俺は柊と一緒に帰り道を歩いていた。

「でさ! 昨日見た試合がマジでやばかったんだよ!」

 隣で柊は相変わらずプロレスの話を熱く語っている。俺は適当に相槌を打ちながら聞いていたが、内心はかなり警戒していた。

(今日は技をかけられていない……これはむしろ危険なパターンか?)

 普段なら学校でも容赦なく技をかけてくるのに、今日は昼の腕ひしぎ十字固め以来、大人しくしている。それが逆に怖い。

「……で、どういう技だったんだよ?」

 一応話を振ってみると、柊は待ってましたと言わんばかりに勢いよく説明を始めた。

「相手をコーナーに詰めてさ、ミサイルキック でぶっ飛ばすの! その後、カウンターで一発食らって大ピンチ! でもそこから粘って、最後はジャーマンスープレックス で逆転勝ち!」

「……なんか、お前が技の流れまで詳しく語ると、本当に ‘かけた’ みたいに聞こえるんだが」

「それだけ ‘研究’ してるってこと!」

「俺で実験するのはやめろって話だよ……」

 そう言いながら歩いていると、ちょうど柊の家の前に着いた。

「さ、入って入って!」

 柊が門を開けながら俺を促す。

「いや、俺まだ ‘行く’ とは——」

「ほらほら、今日も ‘特等席’ で観戦できるんだから! 逃がさないよ?」

「……なんか嫌な予感しかしないんだが」

 俺がそう言うと、柊はニヤリと笑った。

「大丈夫大丈夫! ‘ちゃんと’ 見せてあげるから!」

 俺はもう、ここから先の展開が想像できてしまっていた。それでも、強引な柊に逆らう術はなく——俺は覚悟を決めて家の中へと足を踏み入れた。

さぁ、始めるよ!」

 柊の部屋に入るなり、俺は戦慄した。

 部屋の中央には布団が何枚も重ねられ、簡易的なマットが作られている。そして壁際にはクッションが並べられ、リングコーナーのような雰囲気を醸し出していた。

「……お前、いつの間にこんな準備を?」

「ふふん、これが ‘特等席’ だよ!」

「いや、これ ‘技をかけるためのステージ’ だろ……!」

 逃げるなら今しかない。しかし、すでに柊はドアの前に立ちふさがっていた。

「じゃあ、まずは軽めにいこうか!」

「ま、待て! 話し合おう!」

「話し合い? うーん……エルボー で意見を通すのがプロレス流かな?」

「違う!!」

 俺の抗議も虚しく、柊はニヤリと笑うと、一歩前に踏み込んだ。

「それっ!」

 次の瞬間、俺の腕が取られた。

「うわっ!」

 細いけどしっかりと力の入った手が俺の手首を捉え、そのまま体ごと引っ張られる。

「ショルダー・スルー!」

「待て、何それ——ぐわっ!!」

 勢いよく肩越しに投げ飛ばされ、俺の体は布団の上に叩きつけられた。

「いってぇ……!」

「おお、ちゃんと受け身取れたじゃん! さすが ‘私の’ 練習台!」

「いや、俺は ‘練習台’ じゃねぇ!!」

 必死に起き上がろうとした瞬間、柊が素早く俺の背後に回り込む。俺の背後から跨り、両腕を引っ張り上げ両脚に引っ掛ける。

「じゃあ次はー……キャメルクラッチ!」

「ま、待て! まだ心の準備が——」

 言い終わる前に、柊の両手が俺の顎を引っかけた。

「ほいっ!」

「ぐえぇ!!?」

 上半身が強引に持ち上げられ、腰が反り返る。

「ふふっ、こうやって相手の上半身を持ち上げて……」

 柊は楽しそうに俺の顎を引き上げながら、さらに腰を落として体重をかけてくる。

「ぐおおっ……!!」

 背中がギリギリと引き伸ばされ、腰にじわじわと負担がかかる。布団の上とはいえ、これは完全にアウトな角度だ。

「おい……マジで……やばいって……!!」

「おぉー! ちゃんとかけると本当に効くんだね!」


「っ……あ、やべ……!」

 息が漏れる。背筋が張り詰め、じわじわと痛みが広がる。柊の膝がしっかりと腕を固定して、全然動けない。

「いやー、やっぱり技を覚えるなら実践するのが一番だよね!」

 柊は無邪気に言うが、俺には余裕なんてまるでない。

「ぐ……ぁ……!!」

 反り返るたびに腰が悲鳴を上げる。限界が近い。

「くっ……! も、もう無理……!!」

「ふふっ、じゃあそろそろ解いてあげるよ!」

柊の声が聞こえ、安堵しかけた瞬間——。

「って思った?」

 急に体が解放される。だが、それも束の間。次の瞬間、腕が絡め取られ、背後へ引きずられる。

「っ!? ま、待——」

「はい、クロスフェイス!」

「ぐああああッ!!!」

 首元に強い圧力がかかり、顎が無理やり持ち上げられる。喉が締めつけられ、息が詰まる。

「……っ!! っ……!!」

 声すら出せない。

 視界が滲む。首の筋が引きちぎれそうだ。片腕を柊の両脚で挟み込まれ身動きが取れない。逃げ道がない。

「えへへ、やっぱり関節技って楽しいね!」

楽しい!? 俺は地獄なんだけど…

 顎が斜め上に持ち上がり、首が変な方向にねじ曲げられる。呼吸が苦しくなり、視界が揺れる。

ほらほら、技にかかったらまずはロープを掴むっていうのが基本でしょ?」

「ここリングじゃねぇ」

俺は声を振り絞る

「あー、たしかに! じゃあタップアウトするしかないね♪」

 必死に体をねじるが、柊の体勢は崩れず、腕の締め付けがますます強くなっていく。

(やばい、これ……ホントにキツイ……!)

 腕に力が入らなくなり、意識がボンヤリしてくる。仕方なく、俺は布団をバンバンと叩いた。

「ギ、ギブアップ!! ギブ!!」

「よし、解除!」

 柊がパッと技を解いた瞬間、俺はバタリと布団に倒れ込む。

「はぁ……はぁ……」

 息が整わない。喉の奥がヒリヒリする。

「やっぱり実践は大事だね!」

 柊の声が遠くに聞こえた。

「じゃあ、次は絞め技やってみよっか!」

 俺は顔を上げることすらできず、ただ絶望した。

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