【ライムスター宇多丸】呪縛を解いた細田守版『時をかける少女』
筒井康隆が1965年から66年にかけて雑誌連載した若者向けSF小説、今で言うループ物の先駆けでもある『時をかける少女』は、その後、1972年のNHKテレビドラマシリーズ『タイムトラベラー』を皮切りに、現在に至るまで本当に繰り返し繰り返し、一種定番の題材として映像化されてきた作品です。特に決定的だったのがやはり、かの有名な1983年の大林宣彦監督&原田知世主演版(※現在、Huluでは配信されていません)で、以降のあらゆる『時かけ』リメイクは、多かれ少なかれ同作の影響を免れ得なかったほど……2006年、細田守監督による、このアニメ版の登場までは!
大林版が、80年代にしてもあり得ないほどのアナクロニズムに徹することで極めて人工的な「閉じた」作品世界を構築、だからこそディープな耽溺を誘うカルトムービーとなっていったのとは全く対照的に、原作からはほぼ完全に逸脱した「リ・イマジネーション」的スタンスで作られた(むしろ続編とか後日譚的なニュアンスもある)この細田版は、とにかく明るく、開かれていて、風通しがいい! 初めて観た時には、1983年版の圧倒的な呪縛を解く一作が、個人的にはすでにその才能に深く心酔していた細田守によって、ついにもたらされた……という事実に、激しく興奮させられたものです。
特に大きかったのはやはり、紺野真琴という、この新たな主人公像の創造でしょう。オリジナルの芳山和子が、言ってしまえぱ「思春期の心身の不安定さ」のメタファーとしてのタイムリープに翻弄される、明らかに内省的なキャラクターだったのに対して、本作の真琴は、少年のような無邪気さ、ヌケのいいバカさ(笑)こそが魅力のスーパー陽性キャラで、特に前半は、細田さんが得意とする「同一画角の繰り返し」を効果的に使ったコメディ演出も冴えまくり、我々も一瞬で彼女が好きになってしまう。
ここで、仲里依紗という、まさに真琴そのもののような太陽の如き逸材をフックアップしたことこそが、本作最大の勝因とすら言っていいかも知れません。実際、2010年にまたまた作られた実写版『時かけ』(※現在、Huluでは配信されていません)にはやはり仲里依紗が主演としてキャスティングされ、あまつさえ、細田版を直接的に連想せずにはいられない「走り」のシークエンスまで大フィーチャーされている!という……つまり、事実上このアニメ版が、そのあまりの出来の良さゆえに新たな呪縛となった、ということでもあるかと。
ともあれそんな、ひたすら開放感に満ちた細田版『時かけ』、季節感も、例えば大林版の「冬の終わりから桜満開の春」とかよりは、やはりどう考えても、太陽照りつける真夏!が良く似合う。特に注目していただきたいのが、宮崎駿作品でもお馴染みの名美術監督・山本二三の手による、文字通り抜けるような青空と、生命感溢れる、入道雲……これから見る見る成長してゆくに違いない、真琴の未来を象徴しているかのようなこの空と雲こそが、本作のもう一人の主役、と言っても過言ではありません。
ということで、夏と言えば細田アニメ、という公式を一気に確立してしまったこの大傑作。監督待望の新作が控える今のタイミングでこそ、ぜひ観返していただきたいと思います!
text/ライムスター宇多丸
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