他人事では収まらない、政治風刺ドラマ
ポストコロナ時代に突入し、パンデミック時の政権中枢を振り返るイギリスのミニシリーズ。皮肉たっぷりに描かれたドキュメンタリーのような傑作を解説する。
大混乱時の事実を元にほぼ忠実にドラマ化
イギリスでは2022年9月28日にSky Atlanticなどでプレミアされたミニシリーズ。欧米ではコロナ禍からポストコロナの体制に移行しつつある絶好のタイミングでお披露目となった本作は、「ブリグジット」こと脱EUを掲げた保守党党首ボリス・ジョンソンが首相に就任したときの混乱期にはじまり、その数カ月後に見舞われたCOVID-19によるパンデミックとその対応、その間にジョンソン自身がCOVID-19感染……と、激動の期間を描いている。我々は報道でしかその騒動を知ることができなかったが、このドラマを観ればいかにおかしな状態に陥っていたかが手にとるように分かるだろう。なにせ王室風刺まで踏み込むことが当たり前のイギリスのテレビ業界。ここで描かれる社会風刺、政治風刺は、じつにリアルだ。
ボリス・ジョンソンに似ても似つかないあの人
となると、主軸で描かれる人物、ボリス・ジョンソン役を誰が演じるか、が気になるところ。それがなんと、放映される半年ほど前にオスカー候補入りした『ベルファスト』を監督したケネス・ブラナー。ブラナーとジョンソンは全く似ても似つかないルックスだが、まさかの特殊メイクで顔を似せ、ジョンソンらしい猫背でせせこましい仕草をブラナーが完璧に再現したことで説得力をもたせることに成功した。特に、感情的な表現はさすがとしかいいようがない。たとえば、公金私的流用などの疑惑があったジョンソンは、パンデミック初期から不要なプレッシャー下にあった。それを、まるで独裁者のような振る舞いでかきけそうとするくだりは、ブラナー以外の役者では想像ができない。実際、ジョンソンは政権から降りることになったが、その理由は明々白々だ。
監督・脚本は社会派の巨匠、マイケル・ウィンターボトム
監督と脚本を務めたのは、『イン・ディス・ワールド』(02)などで世界的評価を得たマイケル・ウィンターボトム。キャリア初期はテレビドキュメンタリーを手掛けていた彼だけに、実際のニュース映像やパンデミック時のロックダウン下にあるロンドンの風景など、2~3年前に見た覚えのあるリアルな映像フッテージの数々を巧みに活用。そうすることで、フィクションとドキュメンタリーの中間のような風合いを出すことに成功している。パンデミック真っ只中の時期に開発~製作をした本作。このような風刺をするなんてさすが、としか言いようがない。
明日は我が身。政治には総括が不可欠
6話完結のミニシリーズだけに、一気に鑑賞することも可能。イギリスの風刺ドラマらしい皮肉がたっぷりで、展開のスピードも速い。おもしろおかしくフィクションとして観てしまう人もいるだろう。だが、これは脚色されているものの、ほぼ全てが現実に起きたこと。ジョンソンがパンデミックを甘くみて、感染対策を軽視したことや、ロックダウンを切り出したのが非常に遅かったこと、それにともなう失政の数々……。特に因果応報か、というかのごとく、ジョンソン自身が感染し病院の世話になるシーンなど、これが現実だったとは全く笑えない。いまやイギリスはポストコロナの復興、癒しの時期に入っているだけに、このようなドラマを発表することで政治にも総括が必要だという、自分ごとの問題を投げかける。とりもなおさず、我々もヒトゴトではない。
Text/よしひろまさみち
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よしひろまさみち プロフィール
映画ライター。音楽誌、情報誌、女性誌の編集部を経てフリーに。『sweet』『otona MUSE』のカルチャーページ編集・執筆のほか、雑誌、Webでのインタビュー&レビュー連載多数。日本テレビ系『スッキリ』での月一映画紹介のほか、テレビ、ラジオ、イベントにも出演。Twitter:@hannysroom