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幾億のさよなら
近所のインドカレー屋がつぶれた。
インドカレー屋だけは、どんなに客が入ってなくてもつぶれることはないと思っていたのに。
15年間で一度だけ、そこのお弁当を食べたことがある。
おいしくもなく、まずくもなかった。
それが今生の別れになるとは。
人生はそんなことだらけ。
そんなことしかない。
「明日も会える」
それはおれの思い込み。
「おれはぼっちだから今さら誰かとお別れすることなんかない」そう思いこんでいるだけで、実際には毎日、数えきれない人やモノとお別れしている。
たとえばおれが派遣で働いている職場でも、入ってきたと思ったらすぐにいなくなる人がいる。実際に辞めたのかもしれないし別の場所に移動になったのかもしれない。とにかくもう会えない。
この前おれのことを轢きそうになった車の人とも、もう二度と会うことはないだろう。
実家の両親とは、もう会うことはない、かもしれない。
次に会うときは、彼らが死んだときかもしれない。
離婚した元家族とは、彼らが「会いましょう」と言わない限り、おれは会うつもりはない。その可能性はすごく低いから、もしかしたらおれは彼らと一生会わないかもしれない。
高校のときに遊んでいた同級生たちの連絡先はいっこも知らない。
きっともう二度と会わないだろう。
ひとつ前の職場の上司や同僚とも二度と会わないだろう。
中学生のときにおれから5000円カツアゲした不良とも、おれは二度と会わないだろう。
20年以上前からずっと大事にしていたCDも「もうずっと聴いてないから」という理由で断捨離して捨ててしまった。
大学生のときから使っていたハンガーも断捨離で捨ててしまった。
なんか古いものを捨てたら運が向くかと思ってさ。
夢の中で出会った人。
仲良しになれて、すごくうれしかったのに。
すぐいなくなる。
さよならが当たり前すぎて、
さよならしたことに気づいていない。
「会いたい」「会いたくない」関係なく、
おれと関わったものは99.99%の確率でどっかにいっていなくなる。
人生ってそういうものなんだろう。
そしてそのおれ自身が死んだとき、99.99%が100%になる。
「さよならだけが人生だ」とはよく言ったもんだ!
そんなさよならしかない人生の中で、
すこしの間だけでも、
おれと一緒にいてくれる人、
おれのことを気に入ってくれる人。
おれにやさしくしてくれる人。
なんて尊い存在なんだろう。
さよならは運命かもしれないけど、そんな人を大切にしたい。