気持ちよかったです
思い出した。
土曜日に行った美容室での出来事を。
おれはまだ見習いっぽい若い女性の美容師さんに髪を洗ってもらったんだ。
髪を洗い終わって、彼女がなんかモヨモヨ言ったんだけど、おれは聴き取れなかったのね。おれ極楽耳だから(そんな日本語ない)。
「え?なんすか?」って聞き返すのは気まずいし、無視して黙っているのも感じが悪いから、とりあえず「気持ちよかったです」って言ったのね。
一生懸命おれの頭を洗ってくれた彼女に、なんか感謝の気持ちを伝えたいって思ってたの。洗ってもらってるときからずっと。だからとっさに言葉が出た。
「気持ちよかったです」と。
そしたら彼女が「ありがとうございます」って。言ってくれた。
それはちょっと、涙声に聞こえた。
いちいち振り向いて彼女の顔を見るのは感じ悪いと思ったから、おれは彼女の顔を見なかった。もしも本当に涙ぐんでいたら、きっとそんな顔見られたくないよね。
きっとさ、働いているとつらいことがたくさんあると思うんだよ。
それはおれも経験してきたことだし、若いと特にそうだよね。
もしかしたらおれの言葉が、彼女を救ったのかもしれない。
彼女は報われたような、認められたような、そんな気持ちになったのかもしれない。
逆にすべておれの妄想かもしれない。
彼女はただあくびをかみ殺しただけなのかもしれない。
それでも、言ってよかったって思った。
恥ずかしがらずに、めんどくさがらずに、
「気持ちよかったです」
「ありがとうございました」
そう伝えられてよかった。
その見習い女性美容師とは、もしかしたらもう二度と会わないかもしれない。だからこそ、いい言葉をどんどん投げかけたい。
一期一会だよね。
もう二度と会うことのない人。
たくさんいる。
もう明日お別れになってもいいように、
もしそうなっても後悔することのないように、
人に感謝の気持ちを、ありがとうを、いっぱい伝えていきたい。