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〜頭の顔〜 聞いた話
大学の同級生だったKに聞いた話。
Kは中学校の先生で、バスケットボール部の顧問もやっている。
ある年の春、部に所属するYという2年の男子生徒が暴力事件を起こしたという。
突然、前席の女生徒の後頭部を殴ったのだ。幸い女生徒は大した怪我もなかった。
しかしKはその話を聞いた時、誰か別人じゃ無いかと疑ったそうだ。というのも、Yは人を殴るような生徒ではなかったからだ。
Yは周りから武士と言われるほど律儀で真面目な人間で、部内でも上からも下からも信頼されていた。そんな人間が人を殴るというのは考えづらかった。
兎にも角にもKはYに話を聞きくことにした。
するとどうやら、Yが女生徒を殴ったのは本当の様だった。
だが肝心の理由を一向に話そうとしない。その部分になると喋れないの一点張りで、終いには俯いたまま喋らなくなってしまった。
どうにも埒が開かず、その日は母親に連れられてYは家に帰宅した。
結局Yは最終的に1週間の謹慎処分になったという。
謹慎処分が明けた後、KさんはYの担任経由で部の退部届けを渡された。Yの気持ちもわからないでは無かったが、Kさんはとにかく話をしようと試みるも、露骨に避けられて取り付く島が無い。
訳がわからないKさんだったが、結局何も分からないまま時間は過ぎていった。
半年ほど過ぎた頃、Kさんが職員室で事務作業をしていると、バスケットボール部のキャプテンのHが訪ねてきた。
Yについて、話したいことがあると言う。
実はKは、Yから相談を受けていたのだと言う。その内容というのは、殴った女子生徒に関しての悩みだった。
ことの発端は2年に進学してからだったらしい。
授業が始まって数日後、ある事に気づいた。
前席の女子生徒の後頭部に、人の顔が付いている。
以上に目が小さく、鼻が無い。口は大きく小さな歯がたくさん見える。
その顔がYの顔を凝視している。
Yは女子生徒の名前は知っていたが、プリントの受け渡しする程度の面識しか無く、どういう人物かは知らなかった。
Yが見る限り、休み時間には小説を読んでいるような、大人しいタイプに見えたらしい。別段変わった所は無い。
Yは最初何かの見間違いかと思ったが、明らかに顔は付いており、こちらの動きに合わせて目が動いている。それとなく周りの友人に聞いてみても誰も見えていない。
元々幽霊やそういったものに懐疑的だったYは、これはオカルト的な現象では無く、自分の頭がおかしくなってしまったと思ったそうだ。だからといって病院にいったりするのは嫌だったし、友人や先生、家族にこの悩みを打ち明けるのはもっと嫌だった。
Yにとって唯一の救いは、顔が見えるのは彼女が座っている時だけであり、立って移動している時などはその顔を見ることはなかった。Yは結局、その顔を気にしないことにした。
しかし、どうにも視線を感じる。教科書に集中したり、伏せて寝ていても、それは体に突き刺さる。
我慢できなくなって顔を上げると、やはり目の前の顔がこちらをジッと見ている。
その内寝ていると、あの目に見られ続ける、そんな内容の夢をYは見るようになったという。
そんな日々が過ぎていき、段々と精神的に追い詰められていったYに声を掛けたのがHだった。
元々部のキャプテンであるHは、後輩の中でも人一倍真面目に練習するYを気に入っており、日頃から可愛がっていた。しかしそのYの顔色が日に日に悪くなっていき、練習中のミスも多くなっているのを見て、悩みでもあるのかと思い声をかけたそうだ。
Hから話し掛けられてYは、堰が切れたように事の詳細を話し始めたという。
話を聞いたHはかなり戸惑ったそうだ。
家族や友人の悩みかと思っていたら、前席に女子生徒の後頭部に顔が付いており、その目が気になって困っているという。
Y同様、Hもそういったオカルト的なものは信じていなかったが、真面目なYが冗談でこんな話をするとは思えない。それに憔悴し切ったYの顔は、嘘を付いている様には見えなかったそうだ。
悩んだ末、Hは明日その女子生徒を見に行くことを約束した。
自分にもその顔が見えるなら、神社やお寺に行くなりしてできる限りのことをしてみよう。見えなかったら、精神的なものかもしれないので病院に行ってみよう。どちらにしても一緒に付いていってやると、Hはそう言ったそうだ。
次の日、授業の間の小休憩にHはYと共に教室に向かった。
Hが廊下から教室を見ると、件の女子生徒が机に座って教科書を読んでいるのが見える。
Yの不安そうな顔をよそに、意を決してHがYの席に座った。
しかし、女子生徒の後頭部には顔は無かった。
やはりオカルト的なものではなく、Yの精神的なものか、そう思って後ろにいるYを見ようと振り返った時、自分の頬に何かが当たった。
触ってみるとそれは液体で、緩く、そして変に生臭い。
困惑しているHを他所に、先程まで怯えた顔をしていたYの顔が険しい顔になっているが見えた。その目はあれ程避けていた女子生徒の後頭部に向けられている。
するとYは突然教室を走って出て行ってしまった。Hは何が起こったか分からず、呆然としていたという。
放課後はYは部活に顔を表さず、Hの連絡にも反応は無かった。
その次の日、Yは女子生徒を殴ったのだった。
Yが謹慎を終えて学校に戻ってきた後、話を聞こうとしたが、Kと同様に露骨に避けられる様になったという。今だに連絡はおろか、話も出来ないらしい。
KはHからこの話を聞いて、ますますよく分からなくなったという。ただ、なんとなくだがYが女子生徒の後頭部に付いている顔から、Hを守っているのではないかと、勝手に思っているらしい。
その後、KはHが学校を卒業するまで、一言も喋る機会は無かったという。