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エッセイ『眠り猫』(1931字)日光東照宮の平成大修理で起こったちょっとした騒動。眠ってもらった方が良い場合もある。読み切り
日光東照宮の眠り猫についてである。
整理してみよう。
(1)1623年 家光相続 武断政治継続
武断政治について、学生時代に以下のように学んだ。
大名改易という強硬手段をとり、外様大名を取り潰し、取り上げた領地を譜代の家臣に分け与えた。武力を背景に、体制の維持安定を図った。
(2)1636年 家光による日光東照宮の大造替 眠り猫などの彫刻作成
徳川将軍3代までは、武威による厳しい支配を行っていた。家康の孫・徳川忠長も改易後、自害している。家康を尊敬する3代家光は日光東照宮の大造替を行った。当時の彼の警戒心が、眠り猫などの彫刻に表れていると思う。
(3)1950-1986年 日光東照宮の昭和大修理
前例踏襲し、眠り猫の目は閉じたままで補修。
(4)2003-2024年 日光東照宮の平成大修理
江戸時代から大小21回繰り返されてきた修理の平成版。眠り猫の補修が一時論議を呼ぶ。
(5)2015/12/12 NHKブラタモリ 日光東照宮編放送
ところで、最近のテレビは面白くない。その面白くない放送の中で、かつて私のただ一つのお楽しみは『ブラタモリ』であった。その番組で日光東照宮を訪ねる回があった。
タモリ氏は猫を見上げて「飛びかかるような戦闘態勢にもなっている」と述べた。眠っているとは述べなかった氏に、我が意を得たりと思った。タモリ氏を案内した、堂者引きと呼ばれるガイドの方も「平和の守り神」との認識であった。
どうでもいいことだが、映し出された眠り猫はかなり傷みが目立っていた。
私が初めて眠り猫を見たのは二十代の終わり頃。貯金をはたいて買った新品の一眼レフを首から提げて、日光へ撮影旅行に出かけた。その際、実物を見た。
回廊入り口の欄間を見上げて写真を撮ったのだが、猫は足を踏ん張っているので、眠っているようには見えなかった。
まぶたは閉じている。しかし丸まって寝ているわけではない。伏せの姿勢すら取っていない。なぜかしら不快な印象を抱いたのを覚えている。
裏をかくというか、相手を出し抜く体勢をとっているのではないかとも感じて、心がざわついていた。
起きている猫のまぶたを、あえて閉じさせたというある意味、稚拙な仕事。あるいはそこに、神域にあるまじき悪意すら感じていた。
数年後のある日、解答が降りてきた。左甚五郎の制作意図がわかったと思った。
日光東照宮が壮麗に大規模改築された家光の時代は、まだ徳川治世が安泰とは言えない時期だった。そのため、家光は武家諸法度発布、参勤交代義務づけなど苛烈な統制を行った。
眠り猫が立ち姿のまま、まぶたを閉じているのは、いったん事が起こればその目をカッと見開き、手痛いしっぺ返しを与える覚悟を暗示している、と思ったのである。
さすがは左甚五郎と、その天才の仕事に感じ入っていたのである。
(6)2016/11/28 眠り猫塗り直し完成 薄目を開けた状態で公開
平成大修理進行中の2016年6月15日、眠り猫を修理のため取り外す。
前例踏襲で作業が進むと思われた。ところが今回の作業チームは冒険に出た。古い彩色の具合や「起きているように見える目」という伝承を勘案して、お色直しを終えた。
2016年11月28日、定位置に猫を取り付け、公開。
(7)2017/01/19 再度塗り直し 目を閉じた眠り猫 公開
公開後、観光客から「目が開いている」おかしいじゃないかと騒動になる。
担当者からの説明では、資料に基づき「目を開けた姿にして、威厳を示した」とのこと。左甚五郎は伝説に過ぎないとの補足もあった。
それはないだろう。それでは「眠り猫」とは言えないだろう。名工の存在自体も否定されて、私は動揺し、激しく落胆した。
当初、看板に偽りがあるじゃないかと、薄目に塗り替えた行為に憤った。
しかし後になって、かの猫はしゃがみ込んではいない。欄間からやや身を乗り出して、侵入者を威嚇しているように見える。薄目を開け脅している方が自然ではないかと考えを変えた。
2017年1月19日、抗議の声に抗しがたく、再度修理、再公開。
私の心もめまぐるしく変転。一時薄目が良いと考えを変えたが、目を閉じた状態に戻したことについて、その方が最良の決断だったと、また考えを変えた。
観光客が下を通るたびに、猫に威嚇されるよりは、眠ってもらった方が可愛げがある。
徳川武断政治の象徴として薄目に分がある様に感じるが、その後文治政治に移行したことを考えれば、閉じていた方が歴史の流れに沿っていると納得できる。
国宝ではあるが、たかが猫の彫刻について、これだけ感情の落差の大きい思いをした事はない。
(完)
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