嵯峨野綺譚~百舌鳥の早贄~
「うわぁ百舌鳥の早贄やぁ。」
ルミが声を上げた。
「毎年な、この山桜桃梅の枝に、百舌鳥が獲物をぶら下げはんねん」
よく手入れされた庭の片隅に葉を落とした山桜桃梅の木があって、着物姿のルミが手招きしている。
呉服屋の娘だけあってルミの着こなしは見事だ。
50代半ばを過ぎても艶やかな美貌は衰えず、豪勢な着物と相俟って同窓会でもひときわ目を引いていた。
奥嵯峨の鳥居本にある和食レストランでの同窓会が終わり、数人が大覚寺の近くにあるルミの屋敷に流れた。
「知っとる?ルミちゃん。今度4人目のお婿さんもらわはるんやって」
道中のタクシーで横に座ったイクコがささやいてきた。
「へぇぇ、そうなん?」
「ほんでな。お婿さん、ひとまわり以上も年下なんやって」
「ホンマかいな。ルミちゃん、たしかナカムラと結婚しとらんかった?」
「2人目のお婿さんな」
「あ、そう。でもあんなに綺麗なんはそうやってオトコの精力を吸い取っとるからなんかな?それとも綺麗やからオトコが寄ってくるんかな?あ、イクコには負けるけどな・・・」
「とってつけたような最後のフレーズはいらんわ」
大徳寺の塔頭に嫁いだイクコも十分綺麗だが、美しさの性質が違う。
「気持ちワルぅ・・・」
イクコが眉をひそめて山桜桃梅の木から離れた。
山桜桃梅の枝には、トカゲとカエルとカマキリが串刺しにされていた。褐色に干からびて枝からだらりと垂れ下がる姿はどこか縊られた人間を思わせた。
「凄いやろう・・・?」
ルミは見慣れているのか早贄を指先で突いたりしながら僕に目配せした。
「あ、いたいた。4匹目・・・」
傾きつつある小春日和の陽射しの中、美しく口許をほころばせたルミが一匹々々早贄をあらためている。
いつの間にか僕の腕をつかんでいたイクコの掌に少し力が入るのがわかった。
(了)