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「誘いたい」 #お話

第1話 会話

 もう毎日が楽しい、こんなにも推しが同じで話し合える人がいると言うことが幸せだとは思ってなかった。お姉ちゃんもよく知っている。でもお姉ちゃんはやっぱり大人だし、なんとなくの感覚中学生とは違うのだ。同年代で話せるのはやっぱりいいなと思ってしまう。

 しかも同じ推しの中でも感覚が近いと言うのもまた嬉しい。2人とも好きな初音ミクちゃんはVOCALOIDとしては古い方。でもその時代を築いてきた功績はあまりある。人によっては機械気的なところが嫌だと言う人もいるが、私はかえってこれが好き。人間では歌えないような歌も歌えるし、ボカロPさんたちそれぞれのミクちゃんがいるのも嬉しい。みんな同じミクちゃんなのにちょっとずつ性格も違う感じがする。

 そう言うところを話すと彼も同じだって言ってくれる。そう言うときに同年代で学校で話ができるのは本当に良かったと思う。彼が話しかけてくれて良かった。結局私は話しかけられなかったしなぁ。

 今日も彼と話す。

 「ねぇ、今度のイベント応募した。」

 「うん、私も応募したんだ。お姉ちゃんとふたり分。」

 「うちは父さんとふたり分。」

 「お父さんボカロ聴くの?」

 「いや、あんまり音楽自身も聴かないから、聴かないんじゃないかな。」

 「でもお父さん行ってくれるの?」

 「ちょっと僕が無理やり興味持たそうとしているかも。」

 「へ〜、いいなぁ。うちの両親はそう言うのダメで、全然興味ない。」

 「でもよく知ってるじゃん。」

 「きっとお姉ちゃんの影響かな。社会人のお姉ちゃんがいるんだ。」

 「それは頼もしいね。」

 「でも今はお互い学校で話せるからいいね。」

 「そうだね。僕なんて今まで話すことなかったから、ほんと嬉しいんだよね。」

 「私も。」

 「イベントのチケットの発表ってもうすぐだよね。」

 「うん、競争率が高そうだから半分諦めてる。でも応募はした。」

 「ふたりとも当たったらいっしょに行きたいね。」

 「ええ〜、ふたりともかぁ。なかなか当たらないと思うけれどなぁ。」

 そんなたわいもないことを話しているのが楽しい。なんというかもう同志だ。志、同じくする同志なのだ。やっぱり彼と話しているのは楽しいな。

第2話 チケット

 夕ご飯を食べた後、学校の宿題をやっていた。難しい数学はなかなか進まないのでイライラする、女の子で数学好きな子いるんだろうか。世の中には理系女子(リケジョ)なんて言葉があるから、数学できる女の子はいるんだろうなぁ。恋愛とかも数学的?なんて考えながら問題を解いていた。

 そこにいきなり部屋のドアお開けて、お姉ちゃんがやってきた。

 「当たったわよ!」

 「なにが?」

 と言った瞬間ピンときた。

 「ほんと!」

 するとお姉ちゃんがゆっくり封筒を差し出す。
そして中からチケットを取り出す。

 「本物だ!」

 私はプラチナチケットを見ながらうっとりしている。

 「そうよ、本物よ。」 

 自慢げなお姉ちゃん。これに行けるのかと思うと私もワクワクしてきた。
コンサートやイベントというのはどうしても夜やることが多い。いくらお姉ちゃんがいっしょとはいえ、なかなか夜のイベントやコンサートには親からの許可が出ない。でもこれは昼から夕方にかけてのイベントなので、中学生でも参加できる。場所も一度お姉ちゃんと行ったことがあるので怖くない。

 ああ〜、推しのミクちゃんのイベントに行けるなんてなんて幸せなんだろう。天にも登る気持ちでいっぱいである。お姉ちゃんがご飯やお風呂に入っている間に宿題を終わらせて、早速当日の計画を立てる。なんだか楽しいなぁ。寝る時間になってもなかなか寝付けなかった。

「幸せで寝られないのなんて幸せですね。」

 訳わからないことを口走りながら、いつの間にか寝てしまった。

 次の日、彼に言おうとしたけれど、彼が当たっているかどうかわからなかったので言い出せなかった。なんだか自分だけいい思いをしてしまうのに言いふらすのは気がひける。たぶん彼が当たっていたら、彼から話してくれるだろう。

 そう思って何日か待ったが音沙汰ない。きっと彼ははずれてしまったんだろう。そっとイベント行ったら、何かお土産にグッズを買ってきてプレゼントしよう。そうすればきっと喜んでくれるはず。いつものように好きな曲の話をしながら、自分の推しポイントを解説する。とても素敵な時間だ。そこに委員長が、

 「最近、このこと仲いいわよね〜。」

 ってちょっと話に入ってきた。

 「そうなんだよ。同じ推しを推す者どうし気が合っちゃったんだよね。」

って何だか気軽に返している。

 「ふうん、今度どんな曲か教えてよ。」

 「いいよ、きっと君なら好きになるよ。」

 「それは聴いてみないとわからないわよ。」

 そんなやりとりを横で聞いていた。てっきりからかわれるのかと思ったけれど、そんなことはない感じ。

 「委員長とは仲良いの?」

と私が聞いてみると彼が

 「仲良いってほどではないけれど、家は近いので昔から知っている。たまに勉強教えてもらうんだ。」

 「そうよね、彼女頭いいもんね。」

 「まあ僕がガキンチョなので心配とも言っているけれどね。」

 「ええ〜、全然そんなことないのにね。」

 そうやって二人で笑っていた。こういう楽しい時間はすぐ過ぎていく。彼との話はとても楽しいけれど、いろいろな人に見られているのは意識しておかないと。彼に迷惑がかかるかもしれない、気をつけよう。

第3話 誘う

 晩ご飯が終わったあと、急にお姉ちゃんに言われた。

 「あのイベント私行けなくなっちゃったんだけれど、ひとりで行ける?」

 「えっ、ちょっと待って、お姉ちゃん行けなくなっちゃったの?」

 「そうなのよね〜。その日仕事とプライベートの用事が入っちゃったんだよね。だからひとりで行ってきなよ。」

 「ムリムリ!今までお姉ちゃんの後ろくっついてただけだから行けたんだよ。ひとりじゃ無理だよ。」

 「そうかなぁ、この間行ったときは、私より前歩いていたじゃない。きっとだいじょうぶよ。」

 「それは後ろにお姉ちゃんいたから…。」

 ちょっと心配になる。イベントには行きたい。でも一人では心細い。頑張れば行けるかな。と考えていたら、

 「彼、誘ってみたら。」

 「えっ、彼を?」

 「チケットの話出てなかったから、はずれちゃったんだよね。そうしたらきっとイベント行けると思うと喜んで行くっていうと思うな。」

 「それはそうだけれど…。」

 「まあ誘ってダメだったらまた考えよう。」

 「うん。」

 そのあと何日か考えた。どうしようか悩んでいたところ、決め手はお姉ちゃんの一言、

 「彼と行ったら、ずっと推しのミクちゃんの話してられるよ。」

だった。これは魅力的だ。学校では最近少し遠慮してそんなに長い時間話さないようにしていた。話したいことがたくさんあるのだけれど、話せなかったのでずっと話していられるのは本当にすてきだ。

 なんとか誘ってみよう。でもどうやって誘えばいいんだろう、とりあえずチケットを持って行ってタイミングを見計らって聞いてみよう。お姉ちゃんが行けなくなった今、やっぱりひとりだと心細いから、一緒に行ってくれると嬉しいな。また明日のことを考えながらベットに潜り込んだ。

 このときは明日チケットがどうなるかなんて想像していなかった。

第4話 チケット

 朝起きて、朝ごはんを食べていた。そうしたらお姉ちゃんに、

 「今日なんかあるの?」

って話しかけられた。私が、

 「特にないよ。」

って答えると。それ以上は聞いてこなかった。お姉ちゃんに今日チケット渡すってバレたかな?そんなことを気にならないぐらいに緊張してきた。

 ただイベントいっしょに行くかどうか聞くだけじゃない。そんなに気にしないでも。そうは思っていたけれど、やっぱり緊張する。

 「バレンタインデーのチョコをあげるときってこんな感じなのかな。」

 ぼそっとつぶやいてしまった。

 家を出て学校に着いたら鞄の中のチケットを出して彼がきたときに聞こうと思った。私が言おうとした瞬間、他の男の子に呼ばれて席を離れてしまった。絶好のチャンスを逃したけれど、まだチャンスはある。彼は人気者なのだからこうなることは予想していた。

 だから、いつそのタイミングがやってくるかわからなかったので、こっそり持ち歩くことにした。ノートの間に挟んでおけばなくすことはないだろう。少し大きめのノートに入れて移動教室の時も持ち歩いていた。これならばいつでもその瞬間がやってきたときに聞ける。もうそれしかないのだ。でもこれがいけなかった。

 私がそれに気づいたのは、給食を食べたあとだった。彼が隣にきたので今がチャンスとチケットを取り出そうとノートを見たら無いのだ。チケットだけがなくなっている。あのプラチナチケットを落としてしまったようなのだ。挟んだノートはある。鞄の中の机の中もロッカーの中も見た。どこにも無い。本当に涙が出てきた。

 いつもこうだ、肝心なときになるとうまくいかない。彼に渡すどころか私も行くことができない。お姉ちゃんにも悪いし、なんだか自分が嫌になる。どうしたらいいかわからずに夕暮れの教室てただ呆然としていた。家に帰りたくない。

 「お姉ちゃんになんて言おう。」

 素直に謝れば許してくれるけれど、残念がるだろうな。せっかくの楽しみが急降下、一気に落ちてしまった。夕焼けの赤い色が始まりもうすぐお日様も落ちる。帰らないと心配すると思って席を立ったときだった。

 「これ、そうだよね」

と私の目の前に差し出されたものがあった。
私は目を見張った。無くしたイベントのチケットだった。振り返ると彼だった。

 「あ、ありがとう。」

 半分べそをかいていた私の声は震えていた。そうすると彼が、

 「このチケットを見たときにピンときたよ。きっと君のだってね。」

 「そうなんだ。」

 「だって僕たちの推しのイベントチケットだよ。ぜったい君じゃん。」

 「ほんとありがとう。探しても探しても見つからないからどうしようかと思ってたんだ。」

 「ごめん、もっと早く渡せばよかったんだけれど、先生に見つかれば取り上げられちゃうし、誰かに見つかって君がからかわれるのも悪いしで遅くなっちゃった。」

 「うん、いいの、よかったぁ。なくしたと思ったから本当に嬉しい。」

 「でも当たったんだね。うちは音沙汰なしなので、はずれちゃったんだよね。父さんに言ったら、うちはくじ運悪い家系だから当たらないよ。なんて言われちゃったよ。」

 「そうなの?そんな家系あるんだ。」

 やっと普通に喋れるようになった。

 「渡せたので帰るね。バイバイ。」

 そう言って彼は荷物を持って出て行ってしまう。彼の背中にバイバイをしているけれど、これって今チャンスじゃない?彼を誘う絶好のチャンスよ。早く彼を引き止めないと。

 でも声が出ない。どうしよう。ミクちゃん私に力をちょうだい。勇気をちょうだい。これからも一生懸命応援するから。

そうしたらミクちゃんが

 「1、2、せーの!」

って掛け声をかけてくれたので、彼の背中に向かって思いっきり叫んでしまった。

 「ねえこれ一緒に観ようよ!お姉ちゃん行けなくなったの。もったいないから、隣にいてくれると嬉しいな。」

 思いっきり一気にしゃべったので声の余韻がまだ教室に漂っている。恐る恐る目を開けると、彼が驚いてこっちを見ている。

 ああ、また失敗しちゃったかな。私みたいな女の子と彼がいっしょに行く訳ないよね。そうだよね。彼の驚いたの顔を見て悟ってしまった。

 そうしたらその直後満面の笑みを浮かべた彼が近寄ってきた。

 「いいの!本当にいいの!このイベントは…。」

 彼がこのイベントの凄さやら過去のことも説明しながら話している。私は呆然としながら彼の言葉を聞いている。

 もうなんだかさっきから自分の感情の起伏に驚いている。絶望から最高潮、緊張から大失敗。でも彼のお日様のような笑顔に、涙が流れているのに笑顔になってしまった。

 本当に彼といると自分まで幸せになる。お日様のような笑顔は大好き。ゆっくり話して欲しいけれど、彼はもう止められないみたい。

 彼との時間はとても楽しい。だけど周りの目も気になるからたくさん話せない。そう思っていたけれど、やっぱり彼と話して一緒にいたいって思っちゃう。こんなにも話が合う人なんてもう出てこないような気がするから。お日様が沈むギリギリまでふたりで話をした。早くしないと帰り暗くなちゃう。

 もう完全下校のチャイムがなっているのに、二人の会話はまだまだ続いていた。

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