NPBドラフト会議改革案
はじめに
現在、日本人選手がNPB入りするためには新人選手選択会議、通称「ドラフト会議」を経る必要がある。これは一般に戦力均衡のために行われているとされる。しかし、果たして本当にこの制度は戦力均衡に寄与しているのだろうか。本投稿では、現状の制度の問題点やその要因、そして新たな制度について考えていきたい。また、本投稿は「ドラフト会議」という枠組みの中で論じるものであるから、職業選択の自由などには言及しないことをここで明言する。
また、各案の結論だけ見たいという方は、「~まとめ」を押せば見れるようになっている。
過去のドラフト
現在の制度に触れる前に一度、新人選手選択会議(以後「ドラフト会議」と呼称する)の形態変遷について確認しよう。
第1回ドラフト会議は1965年に行われた。この時は、各球団が獲得を希望する選手の名簿を提出するという方式であった。1位で指名したい選手の名がその名簿の一番上に置かれ、被った場合には抽選、それに外れた球団は名簿の二番目を指名という流れだ。但しこの手順は1巡目のみで使用され、2巡目以降はウェーバー・逆ウェーバーで指名するという今日の姿と同じものであったという。しかし、指名できる選手は事前に提出した名簿に載っている者のみだった。
それ以降も様々な変革があったのだが、特筆すべきなのは
①逆指名制度
②自由獲得枠(希望入団枠)と分離ドラフト
だろう。しかしこれらについて解説するとそれだけで一つの記事になってしまうのでとてもざっくりとしたことを言うと、
①逆指名制度では、「高校生以外の選手は、自由に指名球団を選ぶことができた(ただし上位二人まで)」
②自由獲得枠と分離ドラフトでは、「高卒の選手とそれ以外の選手のドラフトは別々に行われ、自由獲得枠の使用の有無で指名方法に変化があった」ということである。但しこの説明は正確でないので、きちんと知りたい方は本を読むなり、wikipediaの当該ページを参照されるとよい。
しかしこの二つの制度には問題点があった。それは裏金である。金がある球団が選手への金銭授受を見返りに、逆指名を約束させるということが横行したのだ。実例として有名なのは西武球団やダイエー球団で行われたいわゆる「根本マジック」であろう。その二球団で実質的なGM職を務めていた「球界の寝業師」こと故根本陸夫氏の辣腕はその2球団に黄金期をもたらした一方、深刻な戦力格差を引き起こした。また、西武球団は根本氏のころから常態化していたアマ選手への金銭授受を止めることができず、2007年の高校生ドラフトの上位二つ分の指名の権利をはく奪されるという事象も発生した。この事件に際し希望入団枠制度は廃止され、2008年より私たちの知る現在のドラフト会議が始まった。
つまり、現在の形式になってからまだ17回しかドラフト会議は行われていないのである。
現在のドラフトの問題点
さて、私が現在のドラフト会議が戦力均衡に寄与していないと考えた理由は過去10年の勝率にある。以下はNPB公式サイトの数値をもとに作成した表である。
改めてみると、ソフトバンクの規格外の強さと中日の低迷っぷりが分かる。この2球団の勝ち星の差は189に上る。もちろんFAや外国人などの要素も関係していると思うが、ドラフトが担うところも大きいのではないだろうか。では、ドラフトの何が原因として考えられるだろうか。私は、次の二つの要素を思いついた。
①ドラフト1巡目が抽選制であること
②ドラフト2巡目以降が逆ウェーバー・ウェーバーの繰り返しであること
下位に沈む球団は戦力が足りていない。その戦力を補い、将来の土壌を作るのがドラフトだ。しかしこの二つの要素により、その見通しが立てにくくなっている。
ドラフト1位の選手は能力やポテンシャルがとても高いことは言うまでもない。例えば2024年のドラフト会議では明治大の宗山塁選手や関西大の金丸夢斗投手に多くの球団が入札した。結果的に宗山選手は楽天へ、金丸投手は中日へ入団することになったわけだが、もし宗山選手がソフトバンクに、金丸投手が巨人に入団するとしたら、ただでさえある戦力格差がより大きくなることは自明の理だろう。
また、下位チームのドラフト3巡目の指名権が遅いことにも問題がある。それは、2位での高値掴みに繋がりやすいということだ。例えば今年の全体13番目の指名権は西武が持っていた。結果的に大商大の渡部聖弥選手を獲得し非常に良い印象の指名となったわけであるが、もし残った外野手のレベルが低くても外野手補強が急務の場合はどうだろう。本来もう少し後ろで獲得できたかもしれない選手を無理に確保したあまり、他ポジションの有力選手を見逃し痛手となりかねない。これは球団の方針が関わってくる問題でもあるし、そのような指名をするから弱いという可能性も多分にあるだろうが、そもそも戦力均衡を考えたときに最適な制度とは言えないのではないだろうか。
また、これは前二つに比べ些末なものであると考えて要素としなかったが書いておきたい。それは、なぜ「リーグ関係なく勝率の低いチーム順」にしないのかということだ。2024のドラフト会議のウェーバーは
パリーグ6位(西武)→セリーグ6位(中日)→パリーグ5位(オリックス)→セリーグ5位(ヤクルト)→・・・という順番であった。しかし、勝率順に並べた場合は、西武→中日→ヤクルト→オリックス→・・・という順番になる。戦力均衡という意味なら後者でもいいはずだが、リーグごとに分ける理由は何かあるのだろうか。
一言でまとめると、現在のドラフトの最大の問題点は、弱いチームが(相対的に)評価が高い選手を獲得できるとは限らないということだ。
では、どのような改革を導入すれば改善されるのだろうかをこれから考えていきたい。
改革案① 完全逆ウェーバー制
おそらく一番手っ取り早い方法がこれだろう。最下位のチームから順番に指名し、そのまま交渉権獲得とする。つまり、終始ドラフト2巡目のような形式で進めるということだ。このドラフト方式では、少なくとも現行ドラフト会議の最大の問題点は解決される。何故なら下位チームが自由に選択できるから。今年であったら西武が宗山選手を、オリックスが青学の西川史礁選手を有無を言わさず獲得できたということだ。では逆に、この制度が引き起こす問題を考えてみよう。パッと思いついたのがこの二つだ。
①タンキングが横行する
②シーズン終盤の試合がひどいものとなる。
②はそのままである。順位が下であればあるほどドラフト指名では有利になるので無気力試合が生まれかねない。もちろん敗退行為は野球協約第177条で禁止されていて、今危惧している内容は下記のことだ。
もし、編成の人間がドラフトを有利にするために(負けるために)主力を使わないよう現場に申し入れたとしたら、それは敗退行為に抵触し得るのではないだろうか。現行でも順位が決定した後の試合では若手や立場が微妙な選手が使われることが多いが、それは敗戦を試みてのことではないので問題はない。しかし、仮に完全ウェーバー制を導入するのだとしたら、負けることに大きなインセンティブが働いてしまう可能性もある。
タンキングとは
タンキングとは、主力を放出することで順位を下げ、ドラフトなどを有利に進める動きのことだ。この手法は、勝率順に選手を獲得できるMLBやNBAなどでよくみられる。MLBではヒューストン・アストロズがこれにより黄金期を実現し、NBAではフィラデルフィア・セブンティシクサーズが”The Process”と銘打ちタンキングを行い、屈指のスター選手であるJoel Embiidなどを獲得して競争力のあるチームを実現した。
しかしこの手法には問題点がある。勝てないチームを応援するファンは減るし、それに伴い球団の収入は減少する。また、この手法をとったからと言って必ずしも黄金期に繋がるとは限らない。そして、なんといっても実力の拮抗した、プロらしい試合が少なくなる。30球団あるMLBでさえ、タンキングへの批判は根強い。いわんや12球団のNPBをは、である。
また、リーグ側はこのような動きを好ましく思っておらず、すでに対策が取られている。その内容は多岐にわたるが、言及したいのはロッタリー制度だ。
ロッタリー制度
従来のMLB・NBAドラフトでは、勝率の低いチームからドラフト指名が可能であった(2リーグとも基本的には完全逆ウェーバー制)。しかし、タンキングが横行した結果、ロッタリーというものが導入された(MLBでは2022年から、NBAでは1990年から)。MLBの場合、プレーオフに進出できなかった18チームがその対象となり、全体1位~6位までの指名権がランダムで得られる。もちろん勝率によってオッズが変動しており、2025年の全体一位指名権を獲得する可能性が一番高いチームはコロラド・ロッキーズとマイアミ・マーリンズでその確率はそれぞれ22.45%だが、一番低いアリゾナ・ダイヤモンドバックスはわずか0.27%。その他にもぜいたく税だったり収益分配だったりが関わるのだが、NPBにはないルールのため割愛する。まとめると、ロッタリーとは勝率の低いチームほど全体1位を取りやすくなるが、絶対そうなるとは限らないというルールだ。ちなみに、2巡目以降は勝率順の逆ウェーバー制である(プレーオフ進出チームはその結果によって変わる)。
しかしこれはNPBに直接適用できないと思う。何故ならチーム数が少なすぎるからだ。かりにMLBと同じようにCSに進めなかったチームを対象とした場合、わずか6チームしかないのだ。これで100%を割り振っても、その確率はひどく極端なものとなるだろう。そうすれば、敗退行為が行われる可能性も高くなってしまうのではないか。
では、全12球団で確率を分配したらどうなるだろうか。なるほどたしかに確率はよりなだらかになって納得感は生まれるかもしれない。しかし、勝率1位のチームが、今年だったらソフトバンクが全体1位指名権を獲得したら、その時の阿鼻叫喚っぷりは想像に難くない。もしそんな状況が生まれたなら、多くのファンは思うだろう。「まだ可能性のあるくじ引きのほうがいいのでは」と。
確かにそれは滅多に起きないことである。しかし、例えば2011年のNBAドラフトロッタリーでは8番目(2.8%)に当選確率が高かったクリーブランド・キャバリアーズがそれを引き当て、Kyrie Irvingを獲得した。今年のNPBでいうならば千葉ロッテが獲得したようなものだ。 可能性がある限り、全ての起き得る事柄は侮れない。ちなみに、1巡目のみだけを勝率順にしたとしても、そのようなことは起こるだろう。
完全逆ウェーバー制案まとめ
単純に導入した場合
→戦力均衡はやりやすくなるだろうがタンキングの可能性があり、球団、リーグともに何らかのダメージを負う可能性が高い。
ロッタリー制度を導入した場合
→極端なタンキングは減るだろうが、確率分配が頭痛の種となりそう。CSを基準とした場合は6球団のみで極端すぎるし、1位のチームが全体1位指名権をとれるのなら、くじ引きのほうがましという意見が出るだろう。
(+α)1巡目のみ勝率順、2巡目以降は現行のままの場合
→やはりタンキングが問題になるだろうし、3巡目が遠いので意味が薄れる。
改革案② 1巡目入札タイミングの変更
続いて考えたのは入札タイミングの変更だ。現行のドラフトでは、全12球団の入札を事前に集め、一気に読み上げる。本案は、それを変えようというものだ。具体的には、各リーグ1位のチームから入札し、逐一読み上げて、次のチームに入札させる。ドラフト3巡目以降の奇数巡スタイルだ。今年でいえば、巨人が金丸投手を指名し読み上げられる。その後ソフトバンクが宗山選手を指名し読み上げ、阪神が金丸投手を指名し・・・ということだ。この方式でいけば勝率が低ければ低いほど、その球団は誰に何球団が指名したかを知れる。つまりライバルが少なかった場合は特攻できるし、多かった場合はほかの選手を指名することでリスクを少しでも減らすことができる。
しかし、この考えには検証の余地があるだろう。最初に指名する球団が絶妙な選択をした場合、それが圧力となりみすみす取られてしまう可能性もあるし、そもそも意中の選手に他球団が集まったからと言って他の選手に回避する球団があるだろうか。仮にあったとして、強いチームならそうしたって問題がないかも知れないが弱いチームがそうしたら本末転倒だろう。だからといって弱いチームからの読み上げだとすると残った選手をノーリスクで強いチームが指名してしまうかもしれない。その状況でくじをはずした場合、目も当てられないだろう。
1巡目入札タイミングの変更案まとめ
勝率が高いチームから読み上げの場合
→駆け引きの要素が生まれ、リスクを取らずに有望選手を指名できるようになるかもしれない。しかし、そうならない可能性も十二分にある。
勝率が低いチームから読み上げの場合
→上位チームに残った選手を指名されてしまうかもしれない。そうならない可能性もある。
改革案③ 戦力均衡ラウンド(仮)を導入
今までの2つは指名順番を変えるというものであったが、これは指名回数を増やすというものだ。MLBでは、スモールマーケット球団のために戦力均衡ラウンドA、同Bというものがある。FAで積極的な補強がしにくく、格差が生まれるのでそれを軽減するために、1巡目指名と2巡目指名の直後に行われる。ちなみに、唯一トレードできるドラフト指名権としても知られている。それをNPBでも模倣してみないかということだ。
いろいろなパターンが想像できるが、例えば3年連続でBクラスに終わった球団に、2巡目と3巡目の間で指名権を付与するというのはどうだろう。2015~2024の過去10年間で、3年連続以上Bクラスに終わったのは2019~2022年の広島、2015~2019と2021~2024の中日、2022~2024の楽天、2017~2019のロッテ、2019~2023の日ハム、2015~2020のオリックスとなる。3年を1単位として捉え、4年目は1として数えなおす場合で想定しよう。このとき、広島・楽天・ロッテ・日ハムにそれぞれ一つ、中日とオリックスには二つ指名権が付与されることとなる。存外いいバランスなのではないか。4年連続にしてもいいかもしれない。その場合は、広島・日ハム・オリックスが一つずつ、中日が二つ獲得することとなる。
いずれの場合にせよ2巡目と3巡目の間というのはそのためにタンキングするほどではないが、かといって戦力の均衡化にはつながるかものとなるかもしれない。もし同じ年に指名権が付与される場合は、勝率の低い順などでいいだろう。
戦力均衡ラウンド(仮)案まとめ
複数年(3~4)連続Bクラスの球団が2巡目と3巡目の間に特別に選手を指名できる新たなラウンドを創設する。前2案に比べるとかなり効果がわかりやすく、また極端な行動に走られることもないだろうと思う。
終わりに
本投稿では、NPBドラフト会議改革案として
①完全逆ウェーバー制
②一巡目入札タイミングの変更
③戦力均衡ラウンド(仮)
の三つをメリット、デメリットともに提案してみた。
個人的には、導入するとしたら③なのだが、これらの導入がなくてもよりよい野球が見られればそれでいい。NPBの更なる発展を願って結びとさせていただく。
ここまで読んでいただきありがとうございました。本投稿内容の賛成でも、批判でも、新たな案でも何でもいいのでコメントいただけるととてもうれしいです。
参考
【MLB】ドラフト・ロッタリーの抽選オッズが決定 全体1位指名権はロッキーズとマーリンズが最高の22.45%(MLB.jp) - Yahoo!ニュース
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