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【写真紹介】 第二話 「犬の聲」
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【聲】 声と手と耳を持つこの漢字。
気持ちを伝える方法は声一つだけではない。
この犬と出会ったのは撮影で訪れた北欧フィンランド3日目、イロランタの森。
ロケ3日目というのは、キャリアを積んだスタッフでさえ、慣れない土地での仕事、その仕事にかける想いが強ければ強いほど疲れがちょうど溜まりはじめる日。
自分のロケのルーティーンとして、3日目の朝は逆になるべく早く起きてゆっくりとした時間を過ごす。
今まで撮った写真を見返して、これから何が必要か?初日からの撮れ高や流れ。ロケでの自分の立ち振る舞いについてなど、部屋でコーヒー飲みながらや、散歩に出てたりしてゆっくり考えます。
この日はもちろん後者。
初めて来たイロランタという牧歌的な優しい風景が広がる場所に泊まっていたので、贅沢な散歩の予感にカメラを持って外に出ました。
白樺の並木道を今日からの事についてボーッと考えながら歩いていると、
いつの間にか1匹の犬が僕の斜め後ろに一定の距離を保ってついてきます。
人懐っこさを感じカメラを向けると、
『撮っていいよ。』
そう言ったかのようにピタッと止まって、こちらがピントを合わせるのを待ってくれています。
一枚写真を撮ると、その犬は僕の数メートル前に出て歩き始めました。
その後ろ姿を一枚。
導かれるようについていくと、横に昔バイキングが使っていたと言われている朽ち果てた古屋がありました。
珍しさに写真を撮っていると、その犬は止まってこちらを見て待ってくれています。
撮り終わると、その犬はまた前を向いて歩き出します。
『こっちに来て。』
声にならない言葉がまた聞こえた気がしました。
写真を撮る為止まる自分。
振り向きこちらを見つめる犬。
写真を撮り終わり歩き出す自分。
また前を向き歩き出す犬。
この繰り返しをしていると、いつの間にか森に入っていました。
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深く深くどこまでも続く森の静けさと、地面の苔が木の幹までも覆い、葉と同化し、空までも飲み込む緑色のグラデーションの世界。
美し過ぎる深い自然は、同時に恐怖心を人間に与える。それは太古の記憶がDNAに刻まれているとどこがで聞いたことを思い出し、立ち止まる。
そんな様子に気づいたのか、あの犬はまたこちらを振り返りじっと僕を見つめています。
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『大丈夫。一緒にいこう。』
また前を向いて歩いていきます。
幻想の物語のような展開に、さっきまでのえも言われぬ自然への恐怖は消え去り、それよりもこの先に何があるのか?何も得られなかった時の落胆は味わいたくないな。
そんな感情に揺られながら、とりあえず歩き出す。
枝と苔と葉を同時に踏む音を聴きながら前を行く犬をただただ追っているうちに、気づけばとても高揚し、わくわくしている自分がいました。
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前を歩いていた犬が振り返らず走り出す。
それを見失わないように必死に追いかける。
森を踏む足音と、犬と人間の息遣いだけが森に響く。
突然、柔らかいけど強い光と共に森が開ける。
超優秀なレンズをした人間の目が、暗所から急激な光を受け一瞬機能を失った瞬間、犬が光に飲み込まれる
終わる緑の世界。
走るのをやめ歩き出す犬。
言葉を失い立ち止まる人間。
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この犬が森を抜け1人の人間を連れてきたかった場所は、言葉を失うほど美しい鏡のような静寂の湖でした。
その犬が湖の水を飲む。
静寂を保っていた水面が、犬が水を飲む度に、等間隔に揺らぎ広がり湖に映る対岸の森と雲を揺らす。
その様子を横に座り眺めている僕という人間。
犬と人間は太古から一緒に大陸を渡ってきたと言われています。
太古の昔も立ち止まり恐れる人間を、言葉無き聲で導き、恐怖の先のご褒美にこうやって世界の美しさを共に感じてきたと思うと、太古から変わらない自然の営みの一部になれた気がしてなんだか嬉しくなりました。
これからも迷い立ち止まった時は
もう会えないかもしれないこの犬と一緒に、この写真の森の奥へと歩き出そうと思います。
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『この先もそのまま進めば大丈夫。いい景色が広がってるよ。』
そんな聲に出会えた一枚です。