「やめてください」と言えますか?
医者の待合室に
二人の男が座っていた。
私を合わせて3人の待合室。
一人の男が席を立ち
トイレへ行った。
二人だけになると
残った男が私に近づいてきた。
スマホを見ている私に
「何をしてるの?」
と聞いてくる。
「携帯を見ています」
と答える。
男は、座っている私の横に立ち
私の肩を軽く何度か触った後
握手のように手を差し伸べてきた。
見たところ、悪気はないようだが
異質な雰囲気を感じ取り
私は良い気分ではない。
トイレに立った男は
おそらく彼の父親と思われる。
もしかすると
この息子はどこかに
なんらかの問題があるのかもしれない。
私は握手を受け入れた。
すると
「綺麗な手ですね」
と言い、離そうとしない。
私はこう言った。
「そんなにずっと手を握らないでください。
やめてください。」
手を離すと、彼は席へ戻った。
しかしすぐにまた私のところへ来て
「それは何語を読んでいる?」と聞いてきた。
私は、「日本語です」
と答えた。
彼はただ話したいのかもしれない。
もしかしたら病気なのかもしれない。
トイレから父親らしき人が戻り
「あなたが何語を見てるのか知りたいんだって」
と話しかけてきた。
私は
「そうですか」
とだけ答えた。
もしかしたらこのお父さんは
よく切ない想いをしているのかもしれない
と、頭をよぎりそんな想像も膨らんだ。
良い人になりたければ
親切な人になりたければ
正しい人になりたければ
そこで、会話を続けるのかもしれない。
私も知らない人と話したい気分になることはある。
でも、その日は話したくなかった。
以前の私は、
こんなふうにニュートラルに、
しかしはっきりと
「やめてください」
と言えただろうか?
ただただ、
相手の受け取り方は
相手に任せて、
ただただ
自分の中の
「それはやめてほしい」
「今は話したくない」
を、無色透明に純粋に
伝えることが
以前の私にはできただろうか?
悪意でも怒りでもなく
好意でも親切でもなく。
嫌われようとも
好かれようともせずに。
相手は相手のあるがままで。
私は私のあるがままで。
こんなふうに
ノーを言えたこと。
それは
もう私が
自分を赦しているからなのかもしれない。
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