地方都市デパ地下に「人が集うイノベーション空間」を作ってみた(前編)
2019年から2020年にかけて、Impact HUB Tokyo現メンバー合同会社中村尚弘建築設計事務所の中村尚弘さんと山下真平建築設計事務所の山下真平さん、Impact HUB Tokyoの共同創設者ポチエ真悟は、地方都市のデパ地下をワンフロアぶち抜きで、イノベーション空間へとリノベーション する空間設計プロジェクトを実施しました。
昨今、困窮するビジネスモデルとなるショッピングセンターや百貨店・デパートから、「人の集う場」「求心力のある場」としてイノベーション空間を作って欲しいという依頼も少なくありません。
今回のプロジェクトは2000平米という、コワーキングスペースでも日本最大級レベルの大きさを誇るリノベーション・プロジェクト。このプロジェクトに関わった三人に、考え方を聞きました
街のランドマークのデパートをイノベーション空間へ
意味合いをがらっと変える「ゲリラ的更新」をハードとソフト両方で
聞き手)今回の「街のランドマークとなるデパートを、イノベーション空間に変換する」という取り組みでしたね。何が一番気になりましたか?
中村)すでに認知されている既存のランドマークという点です。来訪者もある程度決まっていたし、今回のイノベーション空間にきて欲しいような対象者像が積極的に来る場所ではなかった。全然種類が違うんです。これができることで、ランドマークの意味合いが変わったら面白いなと思っていました。
聞き手)大衆の中に、意識の高い人たちが隠れている、という感じになるってことですよね。
中村)はい。だから、「ゲリラ的にこの場所を更新できる」可能性があるのではと思いました。
山下)看板サイン計画の時、ポチエさんが「ここに看板を出さなくてもいいのではないか」と言ったことが印象的でした。施設新しく作るときは表立ってアピールすることが多いので、その考え方は大変新鮮でした。
ポチエ)この地域の他の看板をみても、京都やパリのように看板に対する思想が感じられるような文化がある場所ではなかったですし、看板を出すことの意味を考えました。周辺のカプセルホテルやジムと看板を同等に並べるのも違う。Impact HUB Tokyo(以下、IHT)も看板がないですが、来る人は来ますし、必要と思ったことがなかったです。
山下)世界のImpact HUBの看板はどんな感じなのでしょうか。
ポチエ)ピカピカしているようなものはあまりなくて、ヨーロッパでは雑居ビルの入り口のブザーのところにロゴステッカーが貼っているだけのこともよくあります。看板がないところの方が多いです。
空間構成に意味を与え、クローズとオープンと中間を作る
聞き手)そういうところをゲリラ的なフィロソフィーを感じているというのは面白いです。ゲリラ的更新という意味では、デパ地下リノベの困難さってなんだったんでしょうか?
山下)与えられた条件としてはかなり特別です。2000平米という規模のフロア丸々、共用部も含めて計画するのはなかなかないことです。
中村)地下とはいえもともと複数ある入口からデパート来訪者以外の人々も通り抜けており、日常的ないわゆる道の延長、人の動線の延長として根付いていた場所でした。形跡として残っているんで、動線の整理はすごく大事なポイントでしっかりディスカッションしながら進めました。どう、今までの動線や形跡を上書きするかが鍵だったんです。
ポチエ)あのディスカッションは画期的でした。もともと「人々の通り道」という公共の場所が、プライベートな場所に変わりました。「広くて地下」という条件から、オープンな場所という発想以外はありえないと瞬間的に思いました。そして、右から左に導線があるとか、横に長いとか、それ自体の建物の面白みを生かすべきと思いました。
コワーキングと言えば、「個室が並んでいる」のが一般常識。「スマートなオープン空間」「機能を持ったオープンさ」というのは実現は難しく、そこは我々のフィロソフィーを表現するのに重要なポイントでした。
聞き手)スマートなオープンというのはどういうことでしょうか。
ポチエ)地上階だとガラスにするだけでオープン感が出ますが、地下で天井が低く、圧迫感があります。だだっ広いラウンジと個室というコワーキングスペースの構成はよく見かけますが、大学の食堂みたいで、それも違うんです。Impact Hubでも、「一つの空間が一つの役割しか持たない」ということはないので、複数の意味や役割を表現します。だから、壁が一つあることで、空間の役割が決まってしまうのは避けたかった。
中村)そうですね。「一つの空間が一つの役割」というのでもなく、「一つの空間に多機能させる」というのでもなく、機能を詰め込みすぎていないのがポイントだと思いました。一般的なこういう場所は、とにかくオフィス空間の割合を多くしようとする傾向がありますが、あえて多くせずラウンジを中心的場所として広く確保した。そのことで、場所が開いてから、文化的にもオープンさを持つ人々のいろんな活動が担保されるんだな、とわかりました。
聞き手)だだっ広いラウンジと個室という構成は、いわゆるよく見るシェアハウス的なモデルですね。共用部(コモン)と個室(プライベート)がくっきり分かれています。
ポチエ)隠れているのか隠れていないのかわからないような場所をたくさん作りました。裏のミーティングスペースだったり、所々凹んでいて座れるスペースがあったり、そういうところはオープンでありながら、ひとりになれる状態も担保されています。そういう「まだらな空間」が重要です。
山下)その通りです。検討を始めた当初、個室を並べてみてこれでは普通のオフィスと変わらないと思って個室をばらけさせました。初期のプランからかなり変化したと思います。ユーザーの居場所は、クローズとオープンの二極化された状態ではなく、中間の開き具合を自分で選べることを意識して設計しました。
ポチエ)コネクテッドの量を自分で選べるのは重要なポイントですね。クローズとオープンの中間のグレースケールがあると思います。ラウンジの奥と手前で別々のことができる、そこは空間ではつながっているけれど場としては別々であるとか、広さがあるから実験できる。
「オープン」を実現するために具現化したサブコンセプトたち
聞き手)「オープン」がキーワードとして出てきましたが、「可視化する」「透明性」「予測不能なものに出会う」「まだ見ぬものに出会う」「繋がる仕掛け」などのコンセプトが、空間設計のプロセスの中ででてきたように思います。それらを実際に具現化しようとした時に、どんな設計、デザイン、意匠、になったのでしょう?思考プロセスを教えてください。
山下)透明さ、オープンさという中で、「どう繋げるか」というのは、意識したポイントです。
中村) 腰壁や植栽で、「繋げつつ柔らかく分散する」というアイデアがでてきて、今回の場のデザインに合うと思いました。一度植栽の話をしている時にモバイルグリーンというキーワードが出てきてたんです。ユーザーがそれぞれ植物を運び、自分の座席やその日作業をする場所に持っていき空間を作るというような可動式のものです。それで、非建築的な要素でつくり、その中に植栽や、本や、コミュニティの発信する情報などがあふれていくような場所づくりに、興味を持ちましたね。
ポチエ)植栽のアーティストの田中孝幸さんが入って、ダイナミクスが変わったというのもありますね。
地下なので通るのは光だけで、人、空気、音は流れない場所ということもあって、中に川を通すとかそういうアイディアもあり、流れを意識したオープンについてはかなり議論を重ねました。「入り口でふやふやの生まれたてのアイデアのようなものが、様々なブラッシュアップを経て、最終的にステージに上がっていく」というような建物全体がストーリーになる「回遊性」という話もありました。そういうストーリーのあるコンセプトは、完全になくなったわけではなくて、今でも通じるものがあるのではないかと思います。
聞き手)回遊性というのは、繋がる仕組みの一つですね。そういう形で建物内のあちこちに、フィロソフィーが随所残っていますね。
今回のデパ地下改装においては、もう一つの目玉がデパ地下ならではの「食べる」でしたよね。デパ地下だからという意味だけでなく、「食べる」というのは人が集まる場所では超重要ですよね。
山下)一番最初検討されていたのは、コワーキングスペースの真ん中にキッチンを置くことでした。でも、ここにキッチンがあると、仕事をしている人もキッチンでくつろいでいる人も、お互いに落ち着かない、と指摘されて気づいた。
中村)人は移動したいんですよね。自分もIHTを利用していてユーザーとしてそこで働いているからわかるんですけど、時に移動して本を読んだり、食べたり、気分転換を許容するのは大事かなと思ったんです。キッチンで人と交われることがこういう空間の魅力だと思い、ロングカウンターやコミュニケーションの為のあえて段差のあるデッキを配置するというアイディアも出てきました。
ポチエ)キッチンの配置っていうのは、大概、どの空間であっても、一番複雑なところになりますね。カフェ店舗を置くのかどうか、とか、そこからどれくらいコミュニティが集まる場所は離すべきか、などの互いの意味やコンセプトからの相関関係も重要です。だけど、水回りなので、配管の限界とか設備が影響するんですよね。また、大体が目立つところになるので、エントランスから入ってすぐ見える。その時の正面から入った時の絵をどう作るか、みたいな、コミュニティの出したいイメージとも連結するんです。
山下)セキュリティとかも難しいんですよね。人が集まるから。
ポチエ)キッチンとセキュリティの関係は、もうアートですね!笑(*これはアートすぎるので後述!)
聞き手)実は現在、この場の運営チームは、このキッチンの延長線上のテーブルに座っていることになっていますよね。通常「マネジメントルーム」みたいなところを別に設置することが多いのに、運営チームがどこに座るか、どう動くか、もコミュニティの中に埋め込まれた状態で設計の時点から予測されていて、コミュニティ・ビルディングをするための設計が随所にあります。
ポチエ)そうですね。長いテーブルはキッチンからずっと続いていて、荷物を置いて気軽に話せる場所というアフォーダンスが確保されています。なので、「止まり木」的な役割として機能しています。
ここは、情報のハブになるし、人が自然と集まるんです。映画「アバター」の中に出てくる「生命の木」みたいに全ての人たちの情報が蓄積していき、隣にいる人からいろんな話を聞けるようなそんな場所にしようとしています。
中村)地下だから窓がないってポチエさんが言って、最初からこだわっていたのが、窓みたいなスクリーンっていうアイデア。デパートの外の街並みをリアルタイムで写したスクリーンを入れました。目のやり場があるのかないのかで滞留時間が長くなるんだと思うんです。あれも人が集まる仕掛けですね。
ポチエ)単なる通路になってしまいがちな場所も、立ち話はあのスクリーンを見ながら行う人がほとんどです。遠くを眺めながらするような会話ってあるんですよね。目の前の人をみるんじゃなくて、窓をみながら、頭が動いている。
実際開所してみると、狙い通り、回遊性や人の集まる流れの仕組みの一つとして機能しています。ごちゃごちゃしている交差点が目の前にあったのもラッキーでした。
後編へ続きます