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リーガルテック領域における水平的属性についての一考察、あるいはエゴの供養

「差別化」という言葉にいつも囚われ、求め、絶望してはまた求める人生を歩んでいる。

この言葉が語られる文脈として最も多いのは戦略立案の割と初めの方で、ビジネスの現場でPOD(Point of difference)という単語とほぼ同義と捉えられる。

あまり表には出さないが、誰かが「PODを明確に」「これがPODになる」と口にするのを聞くとどうしても何かのスイッチが入ってしまう。

学生時代から向き合ってきたテーマなだけに、この言葉の使い所にはどうしても敏感になってしまう。

「それは差別化じゃない」「だったら答えを言ってみろ」

「競合と同等の機能で¥10,000値下げしよう!」
(心の声)「それはコストリーダーシップの話であって差別化とは違う」

「AIで顧客からの一次問い合わせを自動化しよう!」
(心の声)「模倣困難性が低いので差別化とは見做さない」

こんな声を発してしまう(音声は発していない)。

偉そうに、だったらお前のPODは何だ?

お前の売っているプロダクト、お前の所属する会社、お前自身は、どういう製品差別化を図ってこの世の中に存在し得ているんだ?

アパレル企業のSVだった新卒時代、ショップスタッフ全員に無視されて鴨居河川敷で涙を流したあの時から今まで、この問いと戦い続けている。

プロダクト、会社のvalueはここにまとまっているので、今更自分から語ることはない。

まだまだ続く自分自身の差別化という戦いに終結の兆しは見えないものの、今ならその問いに、暫定解としてこう答えることができる。

「地道に続けられること」
「大切にしているコミュニティを身体を張って守れること」

これらは全て、水平的差別化にあたる。

製品・サービスの属性には垂直的属性水平的属性がある。

前者は客観的な指標で、後者は主観。

バッテリーが24時間のスマホと72 時間のスマホ。
どちらが良いかは評価が分かれないので、客観的な属性に即した垂直的な差別化。

黒一色のスマホとカラバリ豊富なスマホ。
どちらが良いかは消費者の好みによるので、主観的な属性に即した水平的な差別化。

地道に続ける、コミュニティを守る、このことに価値を見出すかは事業主の性格による。
だからこれらは水平的な属性。

ジョブ型で短期的な成果を求める人もいれば、仲間意識や愛社精神は不要と考える人もいる。

自分は、短期的な成果を求められると苦しいし、辞めた奴と飲むなと言われたら寂しい。

それが甘いと言われれば、まぁそうかもしれない。

でも実はこんな個人的な性格を、今所属しているリーガルテック(法務、契約業務のプロセスにテクノロジーを活用する分野)業界に共通点を感じている。

リーガルテックにおける水平的属性

企業の法務や契約業務の現場においては、長年に渡るブラックボックス化によって解決すべきポイントが分散し、凝り固まっている。

「法務の部署内で業務効率化したい」
「営業でも内容がわかる様に契約書を要約してほしい」
「とりあえず電子署名だけできれば良い」
「ナレッジを共有して契約情報を会社の資産として活用していきたい」

それぞれの課題を一つずつ抽出すれば数値化できる項目が多いが、その分散性によって「ここを解決すれば契約業務のDXは完了」という状態は生まれ得ない。

それぞれの集団の選好に即した水平的差別化を行わざるを得ないという状態になっているのだ。

どこにスポットを当てれば差別化になるのか?
その軸で差別化できたらどれくらいの問題が解決できるのか?

誰も、契約業務のベストプラクティスなど、本当はわからない。

暫定解とそこに対するフィードバックだけを頼りに、プロダクト改修と営業活動は続いていく。

展示会かもしれない

五里霧中の事業者の多くがそんな時、「まずは多くの顧客接点を持って、高速でPDCAを回したい」と考える。

実はそこで最もワークする可能性が高いマーケティグ施策が、展示会への出展だ。

自分はリーガルテックの領域で、マーケティングチームに所属し、主にオフラインイベント、とりわけ展示会に関する業務に従事している。

IT関連の展示会で会場となるのは、主に海沿いの埋立地に建つイベント施設。

お世辞にも交通の便が良いとは言えない場所に、グロテスクに佇むデカい箱。

用がなければ決して立ち寄ることのない場所に、私は今年度、約70回足を運んだ。

当社が出展する展示会の設営・運営のためだ。

会期である2~3日の間、会場内にブースを構え、来場者に自社プロダクトのプレゼンテーションを行い、最初の接点を作る。あるいはその場で商談を行い導入に向けた提案をする。

会期前・会期中には主催者と出展場所の交渉、会社への稟議申請、施工会社との打ち合わせ、上長とのKPIの擦り合わせ、ブース装飾・販促物の決め込み、ブリーフィング資料の作成、搬入・搬出の手配、参加メンバーへオペレーションのインプット、集客をサポートしてくれるコンパニオンさんのアサイン、販促物の手配、インサイドセールスチームへリード情報の連携、ブース運営のマネジメント等を行う。

会期が終われば、創意工夫を凝らした木工ブースは取り壊され、次の会期に備えてそのブースは更地に戻る。

会期中に行った確度の高い商談数、次回につながるアポイント数をKPIに置いて、大成功に終わる展示会もあれば、参加してくれたメンバーに申し訳ないと打ちひしがれる展示会もあった。

思いを馳せれば果てしないメンバーの貢献と、グロースに向けて絞り出した会社の経費を掛け合わせて出展した展示会。

少しでも差別化を図って効果を最大化させたい。

その展示会に来場する顧客の属性を踏まえ、刺さりそうなタグラインを最も目立つ形でブース装飾に反映させる。

手渡す販促物も予算ギリギリまで特別感のあるものを選び、立ち止まる人を一人でも増やす。

集客にあたるメンバー、商談を担当するメンバーのオペレーションは分けつつ、全員で我々が提供するソリューションを訴える。

しかし、会期前にどれだけ装飾や販促物で創意工夫を凝らしても、オペレーションを練り込んでも、いざ始まってみれば足りないことばかりであることに気づく。

何をしても立ち止まってくれない、訴求する課題がフィットしない、販促物ばかりが減っていく、出展した場所が悪い、そもそも来場者入ってるのか?

積み上がらない数字に他責の念が湧き上がってくる。

会期中に現場でできる工夫は、本当に些細なことだ。
これを差別化などと呼ぶことはできない。

声がけを変えてみよう、この什器を別の場所に移そう、モニターにはデモ画面でなくロゴを映そう。

この会場ならポスターの印刷が1日でできるから今から差し替えよう、集客オペレーションを変えてそれに沿ったレイアウトに変えよう。

今から集客メンバーを一人増やせないか聞いてみよう。

いや、全然些細ではない。
この積み重ねこそが差別化だ。

事前に組み込めるマクロ的な戦略と、現場でできるミクロな創意工夫と、それぞれが合わさって展示会におけるPODが形成されるのだ。

ミクロとマクロを行ったり来たりしながら、その展示会における筋の良い水平的な属性を探る戦いは続く。

非代替的な選好を形成するために

この業務で自分がバリューを発揮できるのは長くてあと一年と思っている。
そうしなくてはいけない。

この泥臭く過酷で、しかし一瞬の煌めきがある仕事を誰にでもできる業務にするためのフローを一年かけて作り上げる。

その後に自分の新たなバリューを出せる仕事を作る。

お前のPODはどこにある?

強いて言えば、地道に続けられること、大事なコミュニティを守れること。

これらの客観性は問えないので、これは水平的差別化だ。

『消費者の非代替的な選好を形成している状態,あるいはそれを形成しようとする企業の行為』

「現代マーケティング論」(有斐閣アルマ,2008)において「製品差別化」はこの様に説明されている。

今の自分が、非代替的な選好を今の会社で持ち得ているのなら、力の限り、頑張る。

仕事は綺麗事ではない。
リーガルテックが世の中に無くたって人間は生きていける。

メガベンチャー、GAFAがこの領域に入り始め、今インフラ化しているツールの延長線上で契約業務も済ませてしまおう、リーガルテック専業の企業は不要、という世界線も十分にあり得る。

ただ、自分たちが信じるプロダクトだけが提供できる価値があり、そこに共感してくれた顧客が今確かにいる。

果てしない水平線の向こうにある非代替的な選好を求めて、この船を漕ぎ続けるのだ。

(書き遅れたが、これは担当業務における差別化についてと、少しだけ自分の方向性を探るための雑記である)

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