フロリーss(仮) その1 前半
※制作中のフロストリーフとドクターの小説、そのイチャイチャシーンです。
“約束“
Day 1
23:15:02
龍門郊外
ロドス本艦第1甲板 リフレッシュルーム
日付がそろそろ変わろうとする時刻。
テラの大地に立つ移動都市が、轟音と共にその地を駆けていく。
ロドスアイランドー一鉱石病の治療や研究を行い日々感染者と非感染者の隔たりを無くそうと努力する製薬会社。そんなロドスの一画にとあるバーがある。一日の疲れを酒で癒す者や締めの一杯を求める者が集う、憩いの場だ。近代的な施設と打って変わった木製の内装に年代物のから今風の酒瓶までもが奥に並んでいる。
そこに銀髪に赤い双眸の女性が座っている。誰かを待っているのか足をぶらつかせながら鼻歌を歌っている。
フロストリーフ。ロドスに所属する前衛オペレーター。元クルビア少年兵でロドスに来た時は戦闘しか知らず読み書きもできなかったが、今は普通の生活を送る、音楽が好きでクールでおしゃれな少女である。赤いジャケットを羽織っておりヘッドフォンを欠かさずかけている。クールながらも気遣いができる優しい女の子だ。
彼女のショートグラスがカウンターに置かれているもののすでに空いており、つまみも残りわずかだ。手持ちぶたさになったのかマニキュアが塗られた指をいじっているとベルが鳴った。ドアが開いた合図で、少女が振り返るとそこには男が立っていた。
「ドクター」
フロストリーフが男の名を呼んだ。
ドクター。ロドスの責任者で鉱石病の研究と戦闘指揮のエキスパート。どんな戦局であっても勝利を手にする。身元を隠すフードを装備しておりその正体を知るものはわずかな、謎の多い男である。
「待たせてすまない」
「私もさっき来たばかりだ、まあ座れ」
ドクターが隣に腰かけると、フロストリーフがバーテンに例の酒を注文する。二人は改めてグラスを手に取った。
「じゃあ改めまして、今日もお疲れ様」
「「乾杯」」
今日一日を頑張ったねぎらいに、乾杯。
芳醇な香りとワインのように少し喉に触るような飲み心地。
当たりだな。お互いの目線でそう思うのがわかった。
「今日のは甘めだけどしつこくない、こういうのもたまにはいいね」
「フフッ、そうだろう。私もそう思ってた」
自慢げに鼻を高くしつつ口元が上がるフロストリーフとドクター。
前回はパラスに相談して選んだので二人とも悪酔いした上に無事
二日酔いと散々だったが、今回はラ・プルマに聞いたものだから安心して飲める。おかげで今夜はゆっくり二人の時間を過ごせるだろう。
酒に今日の訓練や最近聞いた音楽と日々の雑多に花をさかせていると、フロストリーフがグラスを置き神妙な顔つきになった。
「そういえば、明日の作戦はドクターの指揮じゃないそうだな」
「うん。事務所設営の件で出張があってね。作戦プランは私で作ったけど心配かい?」
「いや。そういうことは何度も経験してきてる。最近はドクターの編成が多かったしな。たまには思い切り体を動かすのも悪くない」
フロストリーフはドクターが持つ4つの直属編成にいるオペレーターで、ここ数ヶ月はずっとそれに従事していた。重要な作戦に投入されているもののどういう訳か危険度の低いルートにしか任されておらず、色々思うことがあった。明日は欠員が出たチームに臨時で入る。廃都市の作戦はまだリスクがあるから久々に暴れられるかもしれないーーそんな不謹慎な希望を抱いてしまうほど最近は退屈だった。
「(戦わなくていいのは幸せなのかもしれないが、私はやはり傭兵だからな)」
それを聞いたドクターは少し考えたのち困ったように苦笑いした。
「そうか......」
「.....ドクターにも、思うところがあるだろうからな」
「すまない、君にそんな思いをさせるつもりはなかった。でもそういってくれて嬉しいよ」
彼の声色がわずかに揺れた。ああ、ドクターはいつだってこうだ。一人で全部やろうとするし、廃人一歩手前の負荷をかけて責務を全うする。彼の歩みを止めるつもりはないしドクターは止まる人じゃない。
ならせめて。そう思うやいなや自然と体が動いた。
「気にするな。それに.....ふう、ほら」
フロストリーフは一息つくとドクターに手を伸ばし、彼のほおに触れた。顔を覗き込むとバイザーで隠れている目元がよく見える。
「やっぱりな。声色でもしやと思ったが......また徹夜しているのか?」
フロストリーフは静かに聞いた。
これは彼女が秘書だった頃にやっていた「健診」だ。
ドクターはロドスで1番不健康な生活を送っていると有名で、健康担当のフォリニックにもこれを改善するよう説教されていた。
しかし進展がなかったためフォリニックはフロストリーフにドクターが倒れる直前に出すクマをチェックするよう言った。それ以来こうして顔を覗き込むようになったわけだが、今日はやけに距離が近かった。それこそ、鼻が触れてしまうほどに。前もそうだったが今日はやけに鼓動がうるさい。呼吸も浅く目が潤む。
「(なんだ、この感覚は...?)」
「...フロストリーフは誤魔化せないか」
彼は困ったように目を逸らすと、バイザーの陰で隈がさらに黒くなったた。
「お前をずっと見てきたんだ、これくらい気づく」
事実を伝えたまでだが、彼女の体は耳の先まで熱くなっていた。
「フロストリーフ......」
くしゃりと笑う彼の顔。大きく脈打つ心拍。彼女の首はスカーフで隠れているが、真っ赤になっているのが自分でもわかるくらい熱くなっていた。誤魔化すようにアーツで冷やし手を引っ込めた。目を合わせれず喉が渇き言葉が出ない。
すると彼のごわついた手が耳に添い、ゆっくりと頭を撫で始める。
「お、おいっ...」
突然撫でられ驚くのも束の間、力が抜け抵抗もおざなりになっていく。
フロストリーフは意図せず体を預けていた。彼の固い手と彼女の柔らかい銀髪が触れ伝わらない鼓動だけがこの場に響いた。
子供扱いされるのはあまりいい気分ではないが、こうして撫でられるの
は嫌いではない。
ロドスでの療養後初めて戦場に立った時、私は泣いた。いつも手にしていた獲物は鈍く重く、命をかけることに恐怖し泣いた。わんわんと泣きじゃくった。少年兵だった過去が消えることはない。だが普通を知ったことは、私にとって大切なものになった。
こうして過ごせるのは心地がいいし、秘書になってからメテオリーテやジェシカ、執務室にくるオペレーター達と話す機会が増え、立場以上に信頼できる相手もできた。ドクターもその一人で、仕事終わりの一杯に誘い「健診」が始まって以来、特にプライベートな話をすることが多くなった。時折仲間から進展とやらを聞かれるようになったがそんな男女関係ではない。でもドクターとはお互い気遣うところ、音楽や酒の趣味が似てたりして一緒にいて.....充実感とはまた違う、安心できるような感覚になる。
これがどんな感情かわからないが、少なくともこうして触れ合うのは悪くない。ドクターと一緒にいたいと思う気持ちも、きっとこうして過ごしているからだろう。
撫でられるのはやはり慣れないが.....少し長くないか?
ぼうっとする彼女をよそにドクターから触れてくれた今この瞬間がしっぽにすら気持ちを溢れさせる。椅子の革と尻尾の擦れる音がうるさい。もっと呼吸が浅くなり瞳が潤い出す。彼の気持ちに気づいて何かが壊れそうになる前に、手のひらを重ねた。
「ドクター......撫ですぎだ......」
フロストリーフから湯気が出ているくらい体が熱くなっていた。
彼女のか細い声を聞いたドクターが慌てて手を引っ込めた。
「すまない」
その言葉と共に熱と感覚が惜しむ間もなく失われていく。
気まずい。でも逃げたい気持ちは二人になかった。
もう少し、もう少しだけ。それだけだった。
そんな甘酸っぱい空気を誤魔化すようにフロストリーフは努めていつも通りに話し出す。
「っ.....ったく。また理性が飛んでセクハラしたら、今度こそクビになるぞ」
「はは、ぐうの音も出ないな」
ドクターが笑った。フロストリーフの目線がまた泳ぎ、行き場をのない感情でマニキュアをいじり始めてしまったのは言うまでもなかった。
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ポタッ。
ドクターが最後の一滴を注いだ。
「今度はどんなのにしようか」
フロストリーフは名残惜しそうにするドクターにつまみを渡しながら尋ねた。こうしてお互い最後の一杯を前に次に飲む酒を決めるのが、二人の約束だ。
「今日のはオレンジの風味が強かったから、次は喉越しが少しキツめのやつとかどうかな?先月のアレとかどうだい?」
今日は珍しく甘めたっぷりの酒だった。二人は喉越しがそこそこ焼ける類のものが好きでたまにはということで選んだわけだが、やっぱり辛めの酒が恋しくなってきた。どんな酒でもドクターと一緒に飲めるならいい時間になるとはいえ、やはり好きなものが一番楽しい。
「ふむ......」
フロストリーフは少し考えると、この前友人とテイスティングしたものを思い出した。舌触りはスッキリしているが喉越しはしっかりして、彼女のお気に入りになった酒一一名はフローズンワード。
氷のように溶けて変わっていく味わいと普通の割りでも変わらないが風味や喉越しの良さが由来だそうだ。
「! ドクター、私に任せてくれないか?」
フロストリーフの口ぶりが思わず高くなった。
もう数日でこの集まりを始めてから半年が経つ。せっかくならお祝いしたい彼女はサプライズでそれを飲みたいと考えた。
「え?一緒に選ばなくていいのかい?」
ドクターが目を見開く。どちらかが酒を持ってくるのは最初の頃だけで、普段は二人で購買部に選びに行っているからだ。
「ああ、お前と飲みたい酒があるんだ。たまには私のチョイスも悪くないだろう?」
フロストリーフの口元は緩み、ドクターの顔を覗き込むように自然と体が傾いた。
「じゃあ......久しぶりのフロリーのチョイス、楽しみにしてるよ。ありがとね」
静かながらもほおが持ち上がり子供のように喜ぶドクター。
「フフフ、楽しみにしててくれ」
そう言い終わると、フロストリーフはグラスの液体をゆらゆらと揺らし香りを嗅いだ。それに混じってドクターの匂いが鼻に入る。そしてドクターの喜ぶ顔。ゾクゾクと背中に電流が走り多幸感が彼女を包む。それを誤魔化すように指をいじり始めた。
「(本当は違う理由だがな.......)」
ドクターを一杯に誘って以来色々な酒を飲み、一緒にご飯を食べたり音楽ブースでライブを聴きに行ったり、夜の甲板で星を眺めて語り合ったりもしてきたフロストリーフとドクター。
彼女は秘書外され普段からドクターと会えなくなっているが、それでもドクターと一緒にいたい気持ちは変わらなかった。会えない間はその想いが燻りどうしようもなくなる時もある。
ドクターの交流は広い。自分とずっと一緒にいられるわけではない。それでも時間を作ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。
「(また一緒にいられる)」
フロストリーフの体は酔いが回っている以上に火照っていた。
「さて、そろそろ帰ろう。今日はありがとね。楽しかったよ」
「私も楽しかった」
ドクターがそういうと二人は席を立とうとした。するとフロストリーフの視界が歪み倒れそうになり、ふらついた彼女をドクターが咄嗟に支えた。
「あっ......」
「フロストリーフ、大丈夫かい?」
ドクターの胸に飛び込むかのように、彼の細くも硬い体に包み込まれた。近い。心臓の音がうるさい。
「送るよ。今日は少し量が多かったからね」
そう言ったドクターはフロストリーフにおんぶするようにしゃがみこんだ。今彼におんぶしてもらったらこの鼓動を聞かれるかもしれない。それに、迷惑をかけるわけには。そんな思いと裏腹に彼女の体はすでに背中に預けられていた。暖かさが伝わってくる。いつも見ていた大きくて頼もしい背中。
「す、すまない」
フロストリーフはカラカラになった喉とか細い声で、いっぱいいっぱいになった頭で言葉を発した。
「大丈夫。こんなことくらいしかできないからね」
ああ、この男は。どうしてこんなにも優しいのだろう。
フロストリーフの体からゆっくりと力が抜けていき、眠気も相まってまぶたが沈んでいく。
「(ドクター...........)」
背中に揺られながら、彼女の意識が闇に落ちていった。