【アメリカ相続法①】被相続人の処分の自由の限界~アメリカに遺留分の制度はあるのか?~

導入

富裕層へのアドバイスを行う場合には、日本の相続税の問題に加えて、海外相続に関する質問もあわせて来るときがあります。そこで、アメリカの相続の仕組みを知っておくことは有用です。ここで、簡単にアメリカの相続の仕組みのもっともの骨の部分、Freedom of disposition(処分の自由)とその限界について触れておこうと思います。

Freedom of Disposition

アメリカの相続(Wills & Trust)の講義のテクストを開くと、まず最初に、"Freedom of Disposition"がデフォルト・ルールであると記載されています。これは、①遺言(will)等のdonative documentの解釈において最大に斟酌されるべきはdonor(被相続人。以下同様。)の意思である、という点と、②donorの意図は法律で認められる限り尊重されるべきである、という点の二つの局面で機能します。

Limits on Freedom of Disposition

②の意味における効果発生の法律の限界として、the Restatement (Third) of Propertyがあげるのが以下の例です。

Among the rules of law that prohibit or restrict freedom of disposition in certain instances are those relating to spousal rights; creditors' rights; unreasonable restraints on alienation or marriage; impermissible racial or other categoric restrictions; provisions encouraging illegal activity; provisions promoting separation or divorce; and the rules against perpetuities and accumulations. The foregoing list is illustrative, not exhaustive.

The Restatement (Third) of Property

講義では、①公序に反する場合(結婚を制限する条件や許されない事由による差別的な条件等々)、②生存配偶者の権利を侵害する場合、及び③税金の支払いを拒む場合という3つが挙げられていました。

この記事では、特に②の生存配偶者の権利を侵害する場合に着目してみようと思います。日本でいえば、遺留分にあたる制度といえます。なぜここで生存配偶者が出てくるのに、子供等のそれ以外の相続人が出てこないか、というのも注目すべき点になります。

前提として

このリンクの地図をまず見てください。
これはアメリカにおける二つの夫婦財産にかかる財産法の法体系の対立を描いたものです。

東海岸を始めとする多くの州は、Separate Property(地図にあるEquitable distribution)の制度を採用しています。
これに対して、カリフォルニア州(以下「CA」)をはじめとするメキシコ国境地帯にある州を中心とする9州では、Community Propertyの制度を採用しています。
前者は、イングランドのコモンローに由来し、後者は、フランスやスペインの大陸法に由来します。

前者の制度では、結婚後の収入は、(特に共有での所有を合意しない限り)それぞれの収入を得た者に帰属し、財産は別々のものと理解されます。これに対して、後者の制度では、結婚後の収入は、(両者が異なる扱いを合意しない限り)共有財産として帰属するものと理解されます。

Community Property Statesにおける権利保護

Community Propertyを採用する州における生存配偶者の権利保護は、Community Propertyという制度を導入したことで完了しています。つまり、配偶者のうち一方が亡くなると、共有財産であったcommunity propertyの半分は、生存配偶者に帰属するので、その分については、もうdonorの処分の権限はありません。Donorが処分できるのは、残り半分のcommunity property(CP)と婚姻前に所有していた財産や婚姻中に贈与・相続によって取得した財産を含むseparate property(SP)ということになります。そして、その残り50%のCPと100%のSPの処分については、donorが自由に処分できます。

ちなみに、処分の方法を決めるのが遺言(will)ですが、そうした遺言を残さずになくなってしまった場合をdie intestate(無遺言死亡)といいます。その場合に、どのように相続人に相続財産を分配するかは、州によって定められています。(日本の法定相続分の制度のようなものですが、CP制の州では遺留分の制限がない、ということです。)

たとえば、CAでは、被相続人の子供、親、兄弟、兄弟の子孫がいない場合には、100%を生存配偶者がとり、一人子供がいる場合・子供がいないが両親や兄弟等が生きている場合には、50%を生存配偶者がとり、二人以上子供がいる場合等では、1/3を生存配偶者がとることとされています。

Separate Property Statesにおける権利保護

SPを採用する州では、所得のない生存配偶者の保護が問題になります。したがって、elective share(生存配偶者に強制的に分配しなければならないシェア)があると法定されています。(ただ、ジョージア州だけは、SP州でありながら、elective shareが法定されていません。)

多くのSP州では、elective shareは、相続財産の1/3(+一定のnonprobate transfer(ここは説明すると長くなるのが割愛します。)とされています。

なお、SP州でも、アラスカ、フロリダ、ケンタッキー、サウスダコタ、テネシーの5州については、community property trustを使って、CP制度を利用することを選択できます。

その他の相続人の権利保護の有無

では、生存配偶者以外の子や子孫に関して、財産処分の自由の制約があるかというと、アメリカでは基本的にありません。したがって、有効な遺言で「子であるAには相続させない」などと書かれてしまうと、Aは戦う余地がない、ということになります。(肝は「有効な遺言」であればという点にあります。排除されたAは遺言能力等によって遺言の効力を争うことは可能です。)

なお、ルイジアナ州は、legitimeと呼ばれる23歳以下の子供等の法定相続人に対する法的な保護があります。ルイジアナ州は、フランス法の影響が強く、相続法の体系の中でも非常に特殊な位置にあります。

まとめ

まとめると、アメリカには夫婦財産法の体系として、community property statesとseparate property statesがあり、いずれにしても、(ジョージア州を除き、)生存配偶者に一定の財産が被相続人の死亡後に確保されているといえます(前者はcommunity propertyを通じて、後者はelective shareを通じて)。その意味では、アメリカのFreedom of dispositionにも限界があるということになります。ただ、生存配偶者以外の法定相続人の保護という制度はルイジアナ州にしかなく、日本より広くFreedom of dispositionが認められていることは間違いがないといえます。

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