サンリオ展で泣いた
サンリオ 展に行ってきた。
客はほぼいなかった。
私(ひとり)の他に、親子連れひと組、女の子のお友達同士ひと組、以上。
私が「なつかしい!」と目を潤ませたのは、絶対他の二組よりずっと手前、最初の方だ。そういう年頃だからね。
よく、日本の文化は幼稚だとかいうし、私もそう思う。
が、「かわいいもの」については「だからどうした」という気持ちになる。
我々は、キティとともに、キキララとともに、生きてきたのだ。
こんなの、歳をとってもずっと愛してしまうに決まっている。卒業する必要もない。
展示のパネルに書かれていたが、「田舎から出てきた女の子が、勤め先から自分の部屋に買ってきたとき、ちゃぶ台の一輪挿しの花を見た時に頑張ったなと思う、そういう気持ちになるものをつくりたい」というようなことを当時イラストレーターの田村セツ子さんはおっしゃっていたそうだが、つまり、単なる子どものおもちゃ的な商品としてのファンシーグッズではなかったということだと思う。もしくは、子どものおもちゃ的な商品としてのファンシーグッズは奥が深かったということになるのか。
小さな頃、持っていたものを見ただけでどうしてうるっときてしまうのかはわからないが、大人になってしまえばちょっとした金額のものを、買ったり持ったりすることをとっても大事に思っていたし文字通り宝物だったんだろうと思う。買ってもらって、それをずっと眺めてる、気がつけばそれ見てるなんてことはよくあった。
このハンカチも持ってたし、手前の、なんか異常に小さいメモ帳と鉛筆も持っていた。
こんな小さいメモ帳で何するんだよ!と突っ込みどころ満載だが、特に書いても意味のないこと、大好きなお友達とか、自分の誕生日とか血液型とか、ペットの名前とか、そういうのをなんだかすごく重大な情報のようにして書いて、大事に持っていた。
うーん、意味がない!
でも、ギュッと手のひらにしまうような気持ちで小さなものを所有する、こういう気持ちって本当に一体なんなんだろう。
このハサミも持っていた。
ケースをなくしたらただの持ち手が赤いハサミになるので、無くさないようにちゃんと、使ったらケースにしまう!と心掛けていたのを覚えている。
ごく初期のこの苺の食器群は、湯呑みが確実に、家にあったことを覚えている。
買ってくれと言った覚えも、買ってもらった覚えもない。母の趣味か、母が私に買ったのか、いずれにせよ私はお茶を飲むのが嫌いだったので使っていなかった。家族の誰かが使っているのも見たことがないが、食器棚にあった。
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原画的なものもいくつか展示してあり、すばらしいの一言だった。
パソコンがない時代だったので、全て手書きという注釈のとおり。
このジミィとパティのハンカチ(お弁当包みのようなしっかりした生地だったがサイズが小さかった)、書かれている文字は変えられているけど、手書き手塗りで、出来上がりとまんま同じじゃないか…。当たり前なんだが、感動する。
子どもの頃、こういうのをどうやって描いたんだろうとか、「手で描いてる」以外なかっただろうし当然そうだろうと疑いもしないのであまりそういうことを考えたりしなかったなあ。それ自体を尊く思う。
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正直、もうちょっと当時の商品の展示の数多いのかなあと思っていたが、貴重なものが並んでいることに変わりはなく見応えがあった。
個人的にめちゃくちゃ気に入ってたキキララの洗面器は展示されてなかった。あれを見たら多分泣き崩れたと思う。笑
新しい時代のキティなんかは「これは私たちのキティとは違う」みたいに思っているのだが笑、年代で並べてみるとなかなかに面白かった。
ミッフィー展なんかでも、現代作家のミッフィー作品が並んでおり、割と楽しみにしているのだが、今回はその影は霞んでいた。
自分が幼女、少女、女性として一緒に歩いてきたキャラクターへの想いはなかなかに新しい表現となじみにくい。
最後のあたりに並んでいた作品はそれでもけっこうおもしろかったが、はっきりいう、入ってすぐ、最初の展示としてのアート作品には呆れた。私の一番嫌いなアートの類。私には、愛や思い入れが全く感じられなかった。
それも含め、ものに対する愛情についていろいろと感じた展示だった。
あれだけ大事に持っていて、持っていたことや、持っていた時の気持ちをしっかり覚えてる、思い出したいくつのものものを今は持っていない。
物に対する役割とか、それを思うと不思議な気持ちになる。
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できれば母と見たかったが、名古屋の真ん中まで出てきてもらうほどのことでもなかったので一人で観に行った。
懐かしさだけじゃなく、こういう可愛いものをたくさん買ってもらっていたことも、私を泣かせたのだと思う。
あまりあれを買ってこれを買って!というタイプではなく、むしろ物で釣られない面倒な子どもだった。家も全く裕福ではなかったが、一人っ子だったことも影響するのか、素敵なもの、可愛いものをたくさん買ってもらっていた。子どもの頃、たくさんのお気に入りがあった。
なつかしかった〜と母に写真を見せた。
これ家にあったよね、持ってたよね、といろいろ書いたが、「たのしかった?よかったね」と。多分母は、覚えていないんだろうな笑
緊急事態宣言が解除されたら、また久しぶりに母と一緒に食事でもいこう。