漫画『チーズ・イン・ザ・トラップ』に見る強烈なリアリティ
『チーズ・イン・ザ・トラップ(著:soonkki)』という韓国漫画をご存知だろうか。
NAVER運営の漫画サイトWEBTOONで連載され、世界累計11億ページビューを記録した大人気作品である。本国韓国では2016年に実写ドラマ化(後に映画化)され社会現象になったほどで、その人気の高さが窺える。日本でも多くのファンに愛されており、2018年には映画の公開とともに日本語版の単行本も発売された(既刊10巻)。
私は去年の春頃、この作品にはまり込んだ。
・丁寧な心理描写
・緻密な構成
・魅力的なキャラクター
・先の読めない展開
・テンポの良い会話劇
・示唆に富んだ台詞
・レイアウトや色遣いの美しさ
・場面に適した完璧な構図
好きなポイントを挙げ始めるとキリがないのだが、今回はこの作品を「フィクションの中のリアリティ」という観点から取り上げたい。
※ネタバレ含む
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『チーズ・イン・ザ・トラップ(以下チートラ)』の特徴の一つは「現実味を帯びたしつこさ」にあると思う。
周りの歪んだ人々はいつまでも改心せず、主人公二人(青田淳, 赤山雪)がすれ違う原因も結局のところは毎回同じ。同じところを旋回していたり前進したように見えて実は後退していたり。停滞したままの環境や心情をしつこく提示するのである。
([雪が胸に抱いた不信感や不満を伝える→淳は物分かり良く対応しその場は何となく収束→根本的な解決に至らず消化しきれていないため後から余計にフラストレーションが募る]という堂々巡りな感じ)
よくある少女漫画ならば、目の前の困難を次々と乗り越えつつ順調に成長していき、既に克服・改善した課題や人間関係に悩まされることは少ない。
しかし、実際は人間の本質的な部分や周囲の状況は容易く変化しないはず。チートラ世界のやるせなさや不透明さは現実世界を限りなく反映していると言える。
一直線でなく、円状にぐるぐると中心に向かっていくように物語が展開するイメージと表現すれば伝わるだろうか。いわば蚊取り線香が燃える様である。
一度現れた問題は、一旦の解決に至るものの後に形を変えて再発する(雪の「まるで私たちはメビウスの輪のごとく何かを繰り返しているのだろうか」にも表される通り)。
そういう過程を、敢えて"フィクションの"ストーリーに組み込もうとした発想や視点自体が革新的である。
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また、そこから生まれる不快感や理不尽さを読者に味わわせることを厭わず、むしろ綺麗に消化することなくまざまざと見せつける点も特筆に値する。
この作品は、「第三者である作者(や世間)の倫理観」を反映させるのではなく、あくまで「当事者である登場人物それぞれの倫理観」を主軸に物語を展開させている。だからこそ、フィクションにもかかわらずシビアな現実味が濃厚なのである。
キャラクターに話を進めるための駒としての役割を与えるのではなく、一人一人が不安定な内面を抱えて悩みながら生きているのを丁寧に描いているからこそ生まれる強烈なリアリティ。
妄執、偏見、正義、常識……読むと色々なキーワードが思い浮かぶ。主人公二人の恋愛をテーマとしつつも、衝突と葛藤を何度も重ねて人間社会の核(相互理解や善悪など)を突き詰めていく作品と見ることができるのではないだろうか。