目を閉じて君を想う
今よりも少し昔、僕は僕の存在価値について考えていたことがある。僕が僕自身で答えを出せるはずなんかないのに、なんて愚かなのだろう。
その気持ちは前触れもなく訪れ僕の心に棲みついた。棲みついたそいつは僕に「お前はなぜ生きているんだ」と問いかけた。何度も何度も問いかけてきた。もちろん当時の僕に答えなど出せなかった。誰にも見られていない、誰にも必要とされていない、そんな僕だったから。まるでハリーポッターの透明マントを被った人のように、僕は誰からも見られていなかった。いや、分からない。もしかしたら僕のことを見てくれていた人はいたのかもしれないけれど。
そんな頃に彼女に出会った。
なんというか、彼女は感情的だった。特に負の感情には素直に従う人だった。悲しいと泣き、怒ると泣き、昂ると泣いていた。彼女は僕にその感情をぶつけてきた。何度も何度もぶつけられた。
いつしか僕は、彼女のその感情を欲するようになった。彼女が僕に感情をぶつける瞳が、僕を必要としていて、彼女には僕しかいないのかもしれないという都合の良い解釈を生み出していた。僕は僕の存在価値を彼女にしてしまった。
朝、目を覚ました時に一番最初に考える人
夜、目を閉じて一番最初に浮かぶ人
夢で、会いたいと思う人
それは彼女ではなかった。
彼女が隣にいるのにそれは彼女ではなかった。あろうことか、早く帰ってほしい、とさえ思っていた。彼女とは朝を一緒に迎えたくはなかった。僕は僕を必要としてくれている彼女の心を利用してしまっていた。卑しくて浅ましくて愚かで破廉恥だ。そんな人間になってしまっていた。
彼女が不安定になると僕を頼る
彼女が悲しいと僕を頼る
彼女が、彼女が、僕を頼る。僕だけを。
そこに僕は僕の存在価値を見出して、僕が僕を保てるように彼女の心を利用した。マスターベーションだ。彼女の心を、必死の訴えを僕の欲望で汚してしまった。だから僕はあの時の彼女が僕をどう思っていたか分からない。あのときの僕は自分しか見ていなかったから。
彼女は恋とか愛とかそういう類ではなかった。
きっと彼女もそうだと思う。いや、そう思いたいだけなんだと思う。
彼女ではなく、僕は僕に恋をしていたのだろう。
僕を求める彼女越しに、僕は僕を見ていて、彼女を救うことができる僕に、自分に酔っていたのだろう。ただ当時はそれがないと僕は僕を守れなかった。
彼女は今、何をしているのだろうか。
きっと僕なんかに思い出されたくないだろうけど。
今晩、目を閉じるとき、僕は初めて彼女を思い出す気がする。