地域の資源を需要と繋ぐ ユネスコ世界遺産五箇山から学ぶ
岐阜県白川郷や富山県五箇山の合掌造りの家屋群は、ユネスコ世界遺産である。豪雪地帯という厳しい自然環境にあり、都会とは高い山々で隔離された地理的特色からか山間地域に他に類を見ない独特の集落を形成してきた。一つ一つの家屋は現存するほど頑強であり、立派である。およそ産業形成に縁遠かったと思われる山間集落に何故世界遺産に登録されるほどの立派な集落が形成されたのか?その秘密を紐解いてみたい。
飛騨高山地域もそうであるが、元来は養蚕業を基盤とする集落形成であったと思われる。高山市の古い街並みでは、二階の天井は低く、カイコが繭を作る飼育場として使われたこともあったと聞く。桑の葉を餌に与えることから、カイコは葉のセルロース(CO2同化産物)を生命エネルギーに代謝し、絹(シルク)という天然高分子繊維を生産する優れた生物として利用されてきた。葉にはRubiscoという大量の光合成タンパク質があることから、これを絹を構成するフィブロインとセリシンという長鎖タンパク質に変換している。それでも大量に発生する糞尿にはアンモニアなどの窒素とアミノ酸由来の硫黄が含まれ、それらは産業廃棄物として処理に困っていたであろう。
これに密かに目をつけたのが加賀藩であった。織田信長が火縄銃で快進撃を続けていた頃、地方の戦国武将はこれに対抗するために、秘密裡に大量の火薬を必要としていた。当時の火薬の原料は、硝酸カリウム(硝石・塩硝)、硫黄、炭だった。
五箇山では萱場という大量の草を刈る場が現存する。屋根を萱拭きするためである。萱にはたっぷりと土中のカリウムが吸い上げられ、堆肥や炭にするとカリウムが灰に含まれる。カイコの糞尿と萱の堆肥や周囲の広葉樹の炭を混ぜ合わせ、地下で醗酵させると、硝酸カリウムの結晶が出来上がったのである。
これに気づいた加賀藩は、五箇山を軍需機密基地として、手厚く保護した。機密が漏洩せぬよう庄川には橋もかけず、裏山はが切り立った五箇山は、幕府に悟られることなく硝石作りするには最高の場所だったのであろう。その甲斐あって、五箇山は軍需産業で潤ったのである。そのビジネスモデルは、世界遺産白川郷にも漏れ伝えられていったようである。
このストーリーを聞いた時に愕然とした。まさに今の日本が直面する中山間地域の過疎化再生モデルではないかと。地域には未利用な生物資源や天然資源が豊富にある。足りないのはこれらを繋ぐ知恵と技術と、大量の地域特産品を必要とする大口需要家(市場)を繋ぐ道筋(サプライチェーン)である。世界遺産五箇山にはとてつもないヒントが隠されていた。