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次の世代に想いを馳せながら伐りそして育てる 森林資源基盤型産業のリサイクル(1) 林業

オリンピックも閉会式を迎えた。野球はピッチャーのバトンが繋がりアメリカを零封して金メダルを成し遂げた。一方、400mリレーではバトンの受け渡しに失敗した。資源を基盤とする産業は、バトンの受け渡しに失敗すると事業の継続性をたちまち失ってしまう。

農業の歴史を考えてみよう。メソポタミア農耕文明は紀元前7000年前より始まり、灌漑を特徴として発展した。ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な土地は、塩分を含んだ地下水位の上昇とともに、次第にその生産性を失ってしまったと聞く。塩害である。降雨量と蒸散量の釣り合わない状況での灌漑は、土の持続性を失う。西オーストラリアでも過度な自然林の伐採と牧草地化により塩害地を見てきた(律速要因 世界のユーカリ物語(5))。フィジーやベトナムでも森林伐採の跡地を焼き畑農耕の繰り返しで、土壌の劣化からグラスランド化していた。「水」「土」「森」これらの資源は、無尽蔵にあるものではなく、使った分を元に返さなければ持続性が消滅することを肝に銘じなければならない。

「使った分を元に戻すこと」、これを「リサイクル」と呼ぶことにしよう。

林業は、森林資源を基盤とする産業である。伐った分は再植林するか天然更新させなければならない。

皆伐一斉造林とは、ある程度纏まった広さの面積の樹木を伐採して、ポット苗などを植えることである。苗が活着し、雑草などとの競合を排除して成林させるのは手間暇がかかる。ここでもポイントになるのは、「土」であった(森の土を未来へ繋ぐ)。土は固相のほかに気相と液相から成る。土の粒子の隙間がなければ、植物の根は呼吸できないし(深呼吸をしよう)、水を土中に含むことが出来ず、降雨は表層を流れて洪水を引き起こしてしまう。伐採時に重機で土を踏み固めると、苗を植えても育たないことを見てきた。

択伐とは、優勢木を抜き伐りすることである。石川県の能登ヒバは、択伐林業をすることで江戸時代から続く豊かな林業地を今日でも見ることが出来る。奈良の吉野林業や京都の北山林業は、法正林施業と言って、毎年の成長量に見合うだけの立木を伐り、50-100年後を見据えて植林することで持続可能な林業経営を代々送っている。丸太を日本建築の床柱として利用する特殊な日本建築文化があってこそ成立する林業である。「森」の持続性は「文化」の持続性とも関わっている。

飛騨市は、広葉樹林育成木施業に取り組んでいる。飛騨高山では、30年周期の小面積皆伐であれば、再植林せずとも、萌芽したり周囲から後継樹の種子が飛んできて天然更新する事例がある。しかし、できるだけ生態系を攪乱しないように、優勢木を残し、それと競合する木を間伐によって抜き伐りするのである。間伐木は薪やチップとして利用される。これだと「森」「土」「水」が途絶えることはないだろう。あとは、如何に経済性を担保するかが課題となっている。

「森」というバトンを未来へ渡していかなければならない。「森」は「土」そして「水」という資源を継続してくれる。次の世代に想いを馳せながら伐りそして育てる。林業は悪者ではない。木という資源を使うことは、森のリサイクルを担保していけば、継続的な事業と成り得ると思う。

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